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14‐2

王宮の大広間に重い沈黙が落ちる。

ロベルトの母――アメリア・ヴァレントが、ゆっくりと中央へと歩み出た。

元王族の彼女は優雅な足取りで王へと一礼し、堂々と口を開く。


「このような場を設けていただき、感謝いたします、陛下」


エドワルド王が静かに頷く。


「本日は、新たな政策について意見を求めるため、諸君を招いた。議論に入る前に、何か発言したい者がいれば、今ここで申し出るがよい」


アメリアはわずかに笑みを浮かべた。

その表情には、余裕と確信が漂っている。


「では、一つだけお尋ねいたします」


会場の空気が張り詰める。


「──もし、この王家の中に、王位を簒奪せんとする者がいるとしたら、陛下はどのように対処されるのでしょう?」


その瞬間、貴族たちがどよめいた。

彼女の視線が、ゆっくりとレオナードへと向けられる。


(やはり……)


エリアスは静かに彼女の目論見を見抜く。

これはレオナードを"王位を狙う危険な存在"として陥れるための策略。


「疑惑の提示」

「まさか……王弟殿下が?」


ある貴族が低く呟く。

アメリアは、芝居がかった口調で続けた。


「もちろん、確証はございません。しかし、近年の王弟殿下の動向を見れば、

いささか不審な点が多いことは事実です」

「何が不審だと言うのか?」


レオナードが冷静に問いかける。

アメリアは微笑み、会場を見渡しながら言葉を続けた。


「例えば、王弟妃殿。あなたの側近であったエリアス殿の存在」


貴族たちの視線が、一斉にエリアスへと向けられる。


「建国以来の家系であるとはいえ、子爵家の生まれでありながら、王弟殿下の妃に迎えられた。さらに最近では、王宮のあらゆる決定に深く関与し、政治的な発言権を持つようになっているとか」


エリアスは言葉に目を細めた。


(それ、どこの俺だよ……専ら閉じ込められてましたけどね……)


けれど今それを言ったところで仕方ないので、口を噤み、アメリアを見遣る。


「……まるで、王弟殿下が独自の勢力を築いているかのように」


明らかに悪意を込めた声が、大広間に響いた。


「王家の婚姻には、歴史的に重要な役割があります」


アメリアは更に、今度は自分の言葉を説明するかのように続ける。


「代々、王家は貴族派との関係を維持するため、高位貴族との婚姻を重視してきました。

しかし、王弟殿下はそれを無視し、あえて"外交官の家柄"の王弟妃を迎えました。さらに、王弟妃殿下は王宮の決定に深く関与し、政治的な発言権を持つようになっている。これはつまり、王弟殿下が王家内における独自の基盤を築こうとしていることを意味するのでは?」


アメリアは手に持っていた扇をぱちん、と慣らす。


「王弟妃の家柄を考えれば、王弟殿下が貴族派と距離を取り、王族主導の政治を目指していることは明白。つまりこれは、王弟殿下がいずれ王の座を狙う準備を進めている証拠ではありませんか?」


会場が静まり返る。

貴族たちは、この言葉にどう反応すべきか判断しかねているようだった。


「一つよろしいですか?私が王宮の決定に深く関与し、政治的な発言権も持つようになっているとのお話はどこからお聞きに?私が公式の場に出たのはつい最近です。それまではレオナード殿下のご意向もあり東の宮殿に控えておりましたから。朝議に参加することもなければ、現在はレオナード殿下の側近も辞しております。どなたが侯爵夫人のお耳に届けたのでしょうか?」


静かに響いたのは、エリアスの声だった。

貴族たちが一斉に彼を見る。

アメリアがわずかに眉をひそめた。


「王弟妃殿下、あなたが王弟殿下とお話する場はそれだけではないのでは?」

「なるほど。では私が個人的に、王弟殿下に対して過剰な影響力を持っていると仰るのですね?」

「そういう噂を聞いた、だけですわ」

「そうですか。私はその出所をお聞きしているだけですが?」

「それは……」


アメリアはエリアスから目を逸らし、扇で口元を隠した。

言えるはずもない。出所などない噂なのだから。

ふ、と小さくレオナードが笑い、息を吐く。


「では、次は私の話になるが……」


今度はレオナードが低く言葉を重ねた。


「私が独自の勢力を築いていると?」

「……その可能性がある、ということです。」


アメリアが微笑む。


「王弟殿下が王位を狙うつもりがないと証明できるのであれば、それを示していただきたいものですわね」

「その証拠ならば、私が示しましょう」


会場に響いたのは、ロベルトの声だった。

彼が堂々と前に進み出る。

アメリアが僅かに表情を曇らせた。


「ロベルト……?」


彼は己の母を見据え、

「この場ではっきりさせておきます。王弟殿下が王位を狙っているという噂を流したのは、ヴァレント侯爵夫人……貴女です」


はっきりと言った。


「……!!」


会場が大きくざわめく。

アメリアの表情が一瞬、歪んだ。


「……何を言っているの?」


「全てを知っています、母上。」


ロベルトが静かに言葉を続ける。


「王家を揺るがせ、貴族派を煽動し、"王位簒奪説"を広めたのは貴女だ」

「違う……!そんな事実、ないわ……!」


アメリアが声を震わせる。


しかし、その時。


「証拠もございます」


エリアスが、静かに書類を掲げた。


「すでに逮捕された関係者たちの供述記録です。彼らは全員、貴女の指示で動いたと証言しました」

「……っ」


アメリアの手が小さく震えた。

エドワルド王がゆっくりと立ち上がる。


「──アメリア・ヴァレント」

「……っ」

「お前を、国家反逆罪により拘束する」


その瞬間、衛兵たちが進み出る。

会場がどよめき、貴族たちは一斉にざわめき始めた。


「まさか、ヴァレント侯爵夫人が……?」

「王弟殿下が狙われていたというのは事実だったのか……?」


貴族たちの間に広がる動揺をよそに、アメリアは茫然と立ち尽くしていた。


「……私が……?」


彼女はロベルトを見た。


「ロベルト……あなた……」


ロベルトはゆっくりと息を吐き、目を閉じた。


「もう無理です。母上……お諦め下さい」

「違う……!」


彼女は必死に言葉を紡ぐ。


「私は……私は、ただ王家のためを思って……!あなたのためを思って!」

「王家のため?」


レオナードが低く呟く。

アメリアはハッとして彼を振り返る。


「お前のしたことは、王家を揺るがせ、兄上の治世に楔を打ち込むものだった。

それを"王家のため"と言うのか?」

「……っ!」


アメリアは言葉に詰まる。


「貴族派を煽動し、王弟妃を貶め、さらには王弟を排除しようと画策した。

それを"正義"とは呼ばない」


レオナードの金の瞳が鋭くアメリアを射抜く。


「それはただの……私怨だ。ましてや自分の子のせいというならば、お前はもう……母でもない」

「!!」


アメリアの体が震えた。

その場にいた貴族たちが、何かを悟ったように息を呑む。


(終わった……)


エリアスはそっと息を吐き、ロベルトを横目で見た。

彼は母親を静かに見つめている。


「お連れしろ」


エドワルド王の命令とともに、衛兵たちがアメリアの腕を取る。

彼女は、もう何も言わなかった。

足元がふらつきながらも、毅然とした態度を崩さぬまま、彼女は静かに王宮の大広間を後にした。

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