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エピローグ

王宮の至るところで、侍従たちが忙しく動き回っていた。

廊下を歩けば、貴族たちが談笑し、料理人たちが最終確認をしている。


「ハルト様、落ち着いてください!袖を引っ張らないで!」

「だ、だって!ついにこの日が……ううっ、俺は感動してるんだよおぉ!エリアス様あああああああああああ」

「あなた様も祝福授けるんですよね⁈用意をしてくださいよ!」


泣きながら神官たちに抱きつこうとするハルトを、周囲が慌てて引き剥がしていた。

エリアスはそれを遠目に見ながら、肩をすくめる。


(朝から大変だな……)


そんな中、カーティスが隣でため息をついた。


「ねえ、エリアス。僕、やっぱり実感わかないんだけど」

「何が?」

「"王妃"になるってこと。まだ婚約者って気分だし、なんなら逃げ出したい気もする」

「お前、昨日"まあ、嫌いじゃないしね"って言ってただろ」


カーティスは苦笑しながら肩をすくめる。


「……それはそうだけどさ。でも、こうやって祝福されると、妙にそわそわするんだよね……ねえ、それに初夜があるよ、初夜が……どうしようどうしよう……!」

「ああ……うん、頑張って……健闘を祈る」


エリアスがクスッと笑うと、カーティスはむくれた顔をした。


「……お前はどうなんだよ」

「俺?俺は……」


少し考えて、エリアスは窓の外を見た。

そこには、王宮の庭園が広がっている。

そして、その奥には……レオナードの姿があった。

いつ見ても視界に入る、愛しい男の姿。


「まあ、俺はもう覚悟決めてるからな」

「ふーん。意外と腹を括るのは早かったんだね」

「そりゃあ……」


エリアスは小さく笑った。


(だって、俺はもう"捨てられるかもしれない"なんて考えていないから……)


「あら⁈お二人ともこんなところにいらしたんですか⁈早くご移動ください‼」


一人のメイドが二人の姿を見つけて驚いたように声を上げた。

二人は顔を見合わせて、やば、と声を上げて立ち上がる。


「聖堂へ!お急ぎくださいな!」


声に急かされるように、二人は共に走った。



王宮の大聖堂に静かなパイプオルガンの音が響く。

壮麗な装飾が施され、厳かな雰囲気が漂う。

招待された貴族たちが見守る中、王家の者たちが壇上へと進む。


──エドワルドとカーティス。

──レオナードとエリアス。


二組の新郎たちは、それぞれ格式高い衣装を纏い、その姿を披露する。


エドワルドは王としての威厳を漂わせる深紅のローブを纏い、

胸元には王家の紋章が刻まれた黄金のブローチが輝く。

隣に立つカーティスは、王妃としての気品を纏った純白の礼装を着ているが、

どこか落ち着かない様子でエドワルドを横目で睨んでいた。


「……王妃らしく、もう少しおしとやかにしたらどうだ?私の可愛いカーティス」

「やめてよ、その言い方……!」


そんな囁きが交わされる中、もう一組の新郎たちが向かい合う。


レオナードは漆黒の刺繍が施された紺碧の軍服風の礼装を纏い、

肩には王弟を示す銀の装飾が施されたケープがかかっている。

彼の隣に立つエリアスは、深い青を基調とした王弟妃の正装を纏い、腰には細かい刺繍が施された白銀の帯が巻かれていた。

互いの胸にはあの時の銀色のブローチが光っている。


レオナードは静かにエリアスを見つめる。


「よく似合っている」

「……ありがとうございます。レオ様もお似合いですよ」


エリアスはわずかに頬を染めながら、小さく礼をする。

王宮の司祭が、静かに誓いの言葉を紡ぎ始める。


「ここに、王と王妃、王弟と王弟妃が結ばれる」


荘厳な雰囲気の中、誓いの言葉が交わされる。

エドワルドはカーティスの手を取ると、静かに微笑んだ。


「私は、そなたを妻として迎え、永遠に共に歩むことを誓う」


カーティスはわずかに頬を染めた。


「……うん。……あれ?これ、僕も言わないといけない?」


戸惑ったように目を瞬かせるカーティス。

エドワルドは楽しそうに笑いながら、彼の手を握る力を少し強めた。


「誓わないのか?」

「誓うよ!!……誓います!!」


場が微笑ましい雰囲気に包まれる。

一方、エリアスはレオナードと向き合っていた。

レオナードは静かに、しかし力強く言う。


「私は、そなたを妻として迎え、永遠に共に歩むことを誓う」


エリアスは一瞬、目を伏せる。

そして、ゆっくりと顔を上げ、レオナードを真っ直ぐに見つめた。


「……私も誓います」


その言葉を聞いたレオナードの表情がわずかに緩む。

そして──

誓いの口づけが交わされる。

貴族たちが祝福の拍手を送る中、ハルトは大号泣していた。


「うぅぅ……良かった……本当に良かったぁぁ!!エリアス様ああああああああ!! なんてお美しいんだあああ!! 俺は感動してるんだよおぉ!!」

「ハルト、落ち着きなさい……!」


セオドールが呆れたようにハルトの背中を叩く。

一方、その様子を陰から静かに見つめる男がいた。

──ロベルト。

彼は言葉を発することなく、ただ微笑んでいた。



式も宴も終わり、レオナードとエリアスの二人はその部屋にいた。

東の宮殿の一室──レオナードの私室だ。

今まではレオナードが一人で使っていた部屋だったが、エリアスと共に過ごすために色々と改築をしていたのだ。

それも漸く終わり、エリアスは今まで与えられていた部屋から改めて移動してきた。

本来であればレオナードも王宮を出て屋敷を構えても何ら支障がないのだが、エドワルドがそれを止めた。そして、結果として東の宮殿ごとレオナードのものとなった。

といっても、ここに居るのは夫が一人とその伴侶が一人。

そして今は結婚式の夜──初夜だ。

窓辺で二人は向かい合い立っていた。


「……いつかレオ様とは別れが来るのだと……ずっと捨てられるのだと思っていました。それがこの部屋に一緒にいれる日が来るとは……」


エリアスがぽつりと呟く。


レオナードは、苦笑を浮かべつつ目を細めた。


「……だろうと思っていた。捕まえても捕まえても逃げていたしな」


レオナードは手を伸ばし、エリアスの頬に触れる。


「が、誤りだな……私はお前を一目見た時からずっとこうしたいと思っていた。

誰にも渡す気などない」

「一目?」

「アカデミーでお前を見た時だ」


え、とエリアスは声を上げた。


「……あの時ですか⁈」

「ああ。あの時だ」


エリアスの心が静かに満たされていく。


「でも……」


ふと、エリアスは微妙な表情を浮かべた。


「いつも執務室だったじゃないですか……その、色々と……」


エリアスがわずかに頬を染め、目を逸らしながら言葉を選ぶ。

レオナードはふっと微笑む。


「私は何度も聞いたし、言ったぞ?」

「……?」

「ここ以外でもいい、とな。まあ、あれはあれで悪くないが」


エリアスは数秒固まり、考えた。


(……そうだっけ?……じゃあ俺は何に悩んで……?)


「……ふふっ」


思わず、エリアスから笑いが漏れた。


「何がおかしい?」

「いえ、ただ……俺は本当に、余計なことばかり考えていたんだなと」


エリアスはレオナードの手をそっと取る。


「でも、もう迷いません。ずっと傍にいます」


レオナードは満足げに微笑んだ。


「上出来だ、エリアス。迷わず私に閉じ込められていろ」


【終】

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