王宮の夜は静かだった。
けれど、その静寂の裏で、一人の内査官が動いていた。
カーティス・ヴェルナー。
彼は"内査官"としての権限をフルに活かし、エリアスが閉じ込められた件について独自に調査を進めていた。
だが、それが"王の目"に留まるのに、そう時間はかからなかった。
「ふむ……エリアスを救おうと、内査官の職務を越えた動きをしていた、と?」
玉座の間。
エドワルド王がカーティスを見下ろしていた。
カーティスは片膝をつきながらも、余裕の笑みを崩さない。
「いーえ。内査官としての調査ですよ。ただ、少し……個人的な関心が強すぎたかもしれません」
エドワルドはくつくつと笑った。
「ほう……個人的な関心、か。そこまでエリアスが大事か?」
「……僕の唯一の親友ですから。てか、エリアスは関係な……くもないですけど!事件の方なんですってば。まあ、エリアスとは話をしたいですけど。陛下の弟君が閉じ込めちゃうから悪いんですけど」
カーティスはさらりと言い放った。
エドワルドはしばらく彼を見つめていたが、やがて顎に手を添えた。
「なるほど。だがな、カーティス・ヴェルナー。お前は少し気が急いているな」
「……どういうことでしょう?」
エドワルドは、まるで戯れのように言う。
「お前がエリアスと会いたいなら、一つだけ方法がある」
カーティスは眉をひそめる。
「……方法?」
「簡単なことだ。お前が私の妃に──婚約者になればいい」
──一瞬、カーティスは言葉を失った。
「お前はヴェルナー侯爵家の子息。元々はレオナードに打診をしていたようだが……なに、兄の私でも問題ないだろう?今なら、まだ唯一、だぞ?」
面白そうに提案をするエドワルド。
その様子は恐らく冗談のつもりなのだろう。要するに、カーティスを揶揄っているのだ。
けれど、カーティスが考えるように首を傾げた。
そして、彼の口から出たのは、予想外の言葉だった。
「……ちょうどいいですね。それなら確かにエリアスと会い放題ですし」
エドワルドの瞳が驚きに細められた。
「本気で言っているのか?」
カーティスは真剣な表情で頷く。
「ええ。今更陛下も冗談でした~とか言いませんよね?」
エドワルドは、しばらくカーティスを見つめていたが、やがて苦笑した。
「……まさか、本気で受け入れるとはな」
「やっぱり冗談だったんですか?」
「半分、いや……四割くらいか?」
「残りの六割は?」
「試しに口にしてみただけだ。2割くらいはお前を可愛いな、と」
カーティスは唖然とした。
「……なんて適当な……」
「だが、気に入った」
エドワルドがふっと微笑む。
「ならば、今日からお前は私の婚約者だ。すぐにヴェルナー侯爵に使いを出そう。これからどうぞよろしく。私の可愛い婚約者殿」
「え、なんですか、その呼び方……絶対に人前では言わないでくださいよ⁈」
──こうして、カーティスは王妃になる道を歩み始めた。