曹操軍が徐州琅邪国に入ると、住民は動揺した。また大虐殺が起こるかと思ったのである。
「曹操殿、今回は人民殺戮はなさいませんな」と劉備はたずねた。
「むろんだ。あのときは父が殺され、頭に血がのぼっていたのだ。もう無辜の民を殺したりはせぬ」
「では私が先行して、こちらには害意がないことを町や村の長老に伝えましょう。無用な戦いを起こさないようにいたします」
「頼む、劉備殿」
劉備は関羽と張飛とともに、琅邪国を巡った。
「曹操殿には侵略の意図はない。ただ、乱暴者の呂布を捕らえたいだけなのだ」
「曹操は信じられませんが、劉備様には従います」
長老たちは、劉備のいる曹操軍に協力し、食糧を差し出したり、宿泊地を提供したりした。
劉備はかつて徐州で善政を敷き、荒れ果てた琅邪国の再建に尽くした。住民たちはそのことを憶えていたのである。
彼は人々から慕われていた。
曹操軍は、琅邪国では敵に出会わなかった。
「たいしたものだ」
曹操は感心した。
「曹操殿の威厳の前に、皆ひれ伏したのです」
劉備は頭を低くし、功をまったく誇らなかった。
「いや、すべてはあなたの徳のおかげだ」
曹操は、劉備の低姿勢に舌を巻き、内心ですごい男だと思っていた。
わが腹心としたい。もし彼が敵になれば、恐るべき事態になるかもしれん……。
東海郡の郯城には、さすがに敵軍がいた。
呂布配下の陳登が、一万の城兵を率いて守っていた。
「この城は堅いぞ。かつてあなたが守り、私は陥落させることができなかった」
曹操が劉備を見つめながら言った。
「確かに堅城です。落とすには時間がかかるかもしれませんね」
高い城壁を見て、劉備も同意した。
ところが、陳登からの密使が来て、「降参します」と曹操と劉備に告げたのである。
「わが主陳登には、劉備様と戦う気はありません。この城を明け渡し、下邳へ撤退します」
曹操は驚いた。
「無血開城すると言うのか。そんなことをすれば、陳登殿は敵前逃亡とみなされて、呂布に殺されるのではないか?」
「そのとおりです。ですから明日、総攻撃のふりをしていただけませんか。わが軍は戦うふりをし、折を見て退却します」
「わかった。では呂布に見抜かれないよう、全力で攻めよう。だが、南門だけは攻撃しないでおく」
密使はうなずき、城へ戻った。
翌日、曹操は五万の兵に総攻撃の命令をした。
「郯城を攻撃せよ。しかし、南門は攻めるな。完全に包囲すると、敵は死に物狂いとなり、こちらの被害も大きくなるであろう。南門から逃げる敵は放っておけ。城を奪うことが目的だ」と指示した。
午前中は、死者も出る真剣そのものの戦いとなった。
正午頃、陳登軍は南門から撤退した。曹操は追撃戦を行わなかった。
陳登は下邳城で呂布に申し開きをした。
「曹操軍の勢いがすさまじく、抗し得ませんでした。敵兵は五万。一万の城兵では、守り切れなかったのです」
呂布はうなずいたが、陳宮は激しく責めた。
「あの堅城をわずか半日の抗戦で明け渡すなど、完全に裏切り行為です。殿、こやつは曹操に内通しているにちがいありません。斬首すべきです」
正しく言い当てられて、陳登はひやりとした。軍師陳宮の目は鋭い。
「内通はしておりませんが、城を守れなかった責任はあります。この首を斬られても、文句はありません」と開き直って言った。
呂布はいさぎよい陳登の物言いに感服した。
「殺さぬ」
「殿、陳登は裏切り者ですぞ」
「証拠はなかろう。戦って敗れ、撤退した者をいちいち殺していたら、この呂布に従う者はいなくなる」
呂布はだまされ、陳登は命を失わずに済んだ。
郯城が落ちたと聞いて、東海郡の県令たちは、次々に曹操軍に降伏した。曹操陣営に劉備がいたことが、降伏への心理的な抵抗を少なくしていた。もとの主なのである。
琅邪国につづいて、東海郡も曹操のものとなった。
すべては劉備の功績だ、と曹操は思った。
「郭嘉、徐州を征服したら、劉備殿の功に報いるため、この州を彼に差し出さねばならないだろうか?」と彼は信頼している参謀に相談した。
「それはなりません、殿。劉備様は漢の高祖劉邦のようなお方。あの方を優遇したら、天下を取られてしまいますよ」
「ふむう。そなたもそう思うか」
郭嘉の意見は、曹操と考えと同じだった。
劉備は素晴らしい男だが、もっとも警戒すべき人物でもある、と思うようになっていた。
曹操軍は下邳国に侵攻した。
下邳城には、呂布軍三万がいる。