曹操は、呂布が野戦に撃って出ることを警戒していた。
呂布が率いる騎兵隊は強く、まともにぶつかると、数倍の歩兵が蹴散らされてしまう。
しかし、怖れていた野戦は勃発しなかった。
呂布は兗州で激闘をくり返した曹操を大敵と見て、下邳城で迎撃することにしたのである。
曹操軍は大きな戦いを経ることなく城に到着し、包囲した。
「今度こそ簡単には落とせないだろう。長期戦を覚悟せよ」
曹操は軍議で言った。
季節はすでに秋。冬将軍が忍び寄ろうとしていた。
曹操軍は何度か総攻撃を行った。
高い城壁にかけるはしごや城門を破る衝車も使って、攻めに攻めた。
だが、呂布軍はよく守り、陥落させることはできなかった。
ときには呂布が先頭に立って、騎兵隊が城門から出撃することもあった。
そんなとき、関羽と張飛が馬に乗っていきいきと飛び出し、撃退した。
ふたりの活躍は、曹操をうならせた。
「劉備殿は器量が大きいだけでなく、すごい豪傑をふたりも従えている。なんという男だ……!」
曹操は城を落とせず、呂布は敵を退却させることができないまま、初雪が降った。
その夜、陳登の密使が曹操の天幕を訪れた。
「曹操様と劉備様にお伝えしたいことがあります」
曹操は、劉備を呼び寄せた。
密使は「明日、総攻撃をしてください。北門を開けます」と告げた。
「わかった。期待しているぞ」と曹操は答えた。
「わが主から劉備様への伝言です。琅邪国にいた私の息子は、あなたに救われました。恩を返します」
「そうか。こちらこそあなたの助力に感謝している、と伝えてくれ」
劉備は微笑んでいた。
翌日、曹操軍は激しい総攻撃をかけた。猛攻。
城兵はしっかりと守っていたが、ふいに北門が開いた。
「ゆけ! いまこそ呂布を倒すのだ!」
曹操が叫んだ。
開いた門をめがけて、兵が殺到した。
城内に曹操の兵が満ちた。
呂布軍は大勢の死者を出した。
東、西、南の門も開き、下邳城は陥落した。
呂布はついに降伏した。
縛られた呂布が、曹操の前に引き出された。劉備はその隣に立っていた。
「曹操殿、わしはもうあなたには逆らわない。わしを部下として使ってくれないか。どんな戦場にでも行こう。役に立つぞ」
呂布の言葉に、曹操は魅力を感じた。
この豪傑を使ってみたい……。
「呂布が丁原と董卓にしたことをお忘れですか」と劉備が言った。
「黙れ、でか耳野郎!」と呂布はわめいた。
「劉備殿の助言は適切だ」
曹操は、呂布を縛り首にした。
次に、陳宮、高順、張遼、陳登といった呂布の部下たちが連れられてきた。
「私に従うと誓うなら、命は助けよう」と曹操は言った。
陳宮と高順は首を振り、呂布に殉じた。
張遼は曹操に従うことにした。
陳登は「私は呂布様を裏切りました。死刑にしてください」と言った。
「あなたのおかげで、わが軍は勝てたのだ。死刑になどできようか」
「では、私は農民になります」
「なにを言う。私の配下となれ。将軍の地位を与えよう」
陳登はうなずかなかった。
「一度でも主を裏切った私に、人に仕える資格はありません」
「陳登殿、あなたは素晴らしい人格者だ」と劉備は言った。
「その言葉だけで、私は救われました」
陳登はたったひとりで去っていった。