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第48話 劉循

 劉備軍は李厳軍を撃破したが、まだ益州侵攻は緒についたばかり。

 敵地にあり、兵糧に不安があった。

 龐統は法正と降将の李厳を呼んで、相談した。

「わが軍の弱点は兵糧です。いまはまだ余裕があるが、このまま補給できないと苦しい。なにかよい策はありませんか」

「すみやかに占領地を広げ、現地調達すべきでしょう」と法正は言った。

「葭萌城と梓潼城は小城です。さほど苦労せずに落とせるはずです。問題は涪県とその先。綿竹城、雒城と堅城がつづきます。雒城を陥落させれば、成都は目と鼻の先ですが……」

 むずかしい顔で話を聞いていた李厳が、涪県と聞いて、顔を上げた。

「涪県令の費観は友人です。劉備様に降伏するよう交渉してみたいと思いますが……」


 龐統はすぐに劉備に話を通した。

「やらせてみよう」

 李厳が涪城へ行くことになった。


 涪城で李厳は費観に会った。

「劉備様に負け、あの方に仕えることになった」

「そうなるんじゃないかと思っていたよ」

 費観はにやりと笑った。

「で、なにをしに涪城へ来た?」

「降伏勧告だ。費観、劉備様に降伏しろ。劉備軍は強い。戦えば、涪城の兵は皆死ぬことになる」

「前と言っていることがちがうぞ、李厳。戦いもせずに降伏するのは、だめな人間ではないのか?」

「立場が変わった。いまは劉備軍の一員として動いている。降伏すれば、とりなしてやる」

「私の妻は劉璋様の娘だ。降伏などすると思うか?」

 李厳は唖然とした。

「おまえの方こそ、言っていることがちがうぞ」

「正直に言え、李厳。劉備軍は兵糧に困っていて、涪県が欲しいのではないか?」

 李厳は大きく息を吐いた。

「おまえにはかなわんな。実はそのとおりだ」

 費観は正直になった友人を見て微笑んだ。

「降伏しよう。もともとおれの考えは法正殿に近いんだ。益州の主は、劉備殿であるべきだ」


 李厳は吉報を持って、劉備軍に戻った。

 劉備はすでに葭萌県と梓潼県を占領して、梓潼城にいた。

「費観は殿に降伏します。彼は優秀な男です。活用するべきだと思います」

「そなたの友人は、おれに仕官する気はあるのか?」

「あります。殿が益州牧にふさわしいという考えの持ち主です」

「では費観殿には、引きつづき涪県令をつとめてもらおう」


 劉備軍は広漢郡の北部を占領した。

 龐統はとりあえず兵糧の不安がなくなって、ほっとした。

 占領地の慰撫と行政を任された馬良は、白水県、葭萌県、梓潼県、涪県を巡った。県令や県の役人たちと話し合い、各地の長老と会い、多忙を極めた。


 その頃、成都城では劉璋が弱り切っていた。

「わが軍の主力を授けたのに、李厳は負け、降伏してしまった。もうだめだ。私も降伏するしかないだろうか」と弱音を吐いた。

 総帥がそんな状態では、部下の戦意が高揚するはずがない。

 成都城は重苦しい雰囲気につつまれていた。


「僕がなんとかしてみせます」

 そう言ったのは、劉璋の長男、劉循だった。

「おまえはまだ若く、戦の経験などないではないか」

「死ぬ覚悟はできています。死ぬ気でやれば、なんでもできるのではないですか。父上、僕を信じてください」

「循……」

「僕に兵権を与えてください。必ず劉備軍を押しとどめてみせます」

「わかった。やってみよ」


 劉循は、益州の別駕従事張任と成都にいた有力な武将劉璝と相談した。

「成都を守りたい。僕は死んでもいい。どうすればいいか、助言してほしい」

 劉循の真摯な目を見て、張任と劉璝は感動した。

「劉備軍は涪県まで迫っており、成都との間にある要害は綿竹城と雒城しか残っていません。綿竹城で敵軍を消耗させ、雒城で滅ぼしてやりましょう」と張任は言った。

 劉璝はうなずいた。

「私もそれしかないと思います」

「そうしよう。ふたりとも僕を助けてくれるか」

「若君のために働きます」と張任と劉璝は声を合わせた。


 彼らは作戦を練った。

 劉璝が綿竹城へ行って時間を稼ぎ、その間に雒城を難攻不落にしよう、ということになった。


 劉循と張任は兵と兵糧をかき集めた。

 一万の兵と一年分の食糧が集まった。

 劉循が指揮して、成都から雒城へ行軍した。


「この城で劉備軍を止める。益州を守るんだ。みんな、力を貸してくれ!」

 兵の前で、若き将軍劉循は叫んだ。

 おお、と兵士たちは応えた。

「堀を深くし、城壁を補修する。矢や石も集める。皆の者、働け!」

 張任が具体的な指示をした。

 劉循軍はいきいきと活動し始めた。 

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