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第52話 天下三分

 劉備が益州攻略を行っている頃、曹操は中国北西部の涼州で戦っていた。

 涼州には馬超と韓遂という二大有力者がいて、同盟を締結し、曹操に対抗している。

 馬超は稀に見る剛の者で、曹操をあわや戦死というところまで追いつめた局面もあった。

 曹操は策を練り、離間の計で馬超と韓遂の仲を裂いた。

 その結果、涼州軍は敗北し、馬超は従弟の馬岱とともに逃走した。


 一方、雒城を陥落させた劉備軍は、広漢郡から蜀郡に向かって進軍した。

 劉循軍を吸収し、その軍勢は三万五千に膨らんでいる。

 郡境を越えると、すぐに成都城が見えてくる。

 巨大な城だが、もはやそこを守る有能な武将はおらず、兵力も払底していた。


 214年春、劉備軍は成都城を取り囲んだ。

 ほどなくして張飛軍と趙雲軍も到来し、劉備軍は四万五千の勢力になった。

 それだけでなく、涼州から逃れてきた馬超と馬岱が劉備に庇護を求め、その傘下に入ったのである。

「絶対絶命だ……」

 城内で劉璋は頭を抱えた。


「誰か、劉璋殿に降伏を勧めに行ってくれ」

 劉備は軍議で言った。

 劉循が挙手した。

「劉備様、父上の命は保証していただけますか?」

「命は取らぬ。だが、益州牧からは降りて、荊州で余生を過ごしてもらう。それなりの生活は送れるように取り計らおう」

「では、僕に行かせてください」


 劉循が成都城に入った。

「父上、このような形での再会になったこと、申し訳なく思っております。全力を尽くしましたが、劉備軍に敗れました」

「おまえはよく戦った。私は誇りに思っている……」

「もはや降伏以外に道はありません。益州を劉備様にゆだねましょう」

「わかっておる……」

 劉璋は城門を開け、降伏した。

 彼は公安城へ行くことになったが、息子の劉循は成都にとどまり、劉備配下の武将となった。


 劉備はついに、益州と荊州の主になった。

 天下三分が成ったか、と彼は感慨深く思った。

 かつて新野の小さな勢力でしかなかった劉備に、孔明が天下三分の計を語った。

 成都を落とし、それが現実のものとなった。

 中国の北半分を領有する曹操が頭抜けて強大だが、それに次ぐ存在となった。

 いまや天下は、曹操、孫権、そして劉備の領土に分けられている。

 次の段階に進まなければ、と劉備は思った。


 彼は張飛と趙雲を呼んだ。

「ご苦労だった。おまえたちのおかげで、益州を取ることができた」

 張飛はへへっと笑い、趙雲は誇らしげに微笑んだ。

「兄貴、やりましたね」

「殿、益州制覇、おめでとうございます」

「うむ、おれたちはひとつの目標を達成した。これからのことを孔明、関羽と相談したい。ふたりは荊州へ戻り、あの地を守ってくれ」

 張飛と趙雲は公安城へ帰り、孔明と関羽が成都城へやってきた。


 劉備は孔明、関羽、龐統、魏延を集めた。

「我々は天下の三大勢力のひとつとなった。ここまでになれたのは、皆のおかげだ。この劉備、心から礼を言う」

 総帥がそう言うと、四人の部下は微笑んだ。

「しかし、荊州の一部はいまも曹操の支配下にありますし、益州の漢中郡は張魯のものです。我々は弱体です」と孔明が言った。

「そのとおりだ」

「加えて益州南部は異民族が多く暮らし、反乱が絶えない地域です。益州を治めるのは、容易ではありません」と龐統が話した。

「それもわかっておる」

 劉備はうなずいた。

「だが、おれたちは次の戦いに踏み出さねばならない」

 義兄の言葉を聞いて、関羽の表情が明るくなった。

「孔明殿の天下三分の計は成就しました。しかし、我々のめざすところは、三国が相争う世界ではありません。天下平定こそ、めざすべきものです」と彼は発言した。

「そうだ。乱世を終わらせることこそ、わが真の望み……」

 魏延は落ち着かなかった。壮大な話だ。私などがここにいてよいのだろうか……。


「魏延、おれは曹操を倒したい。どうすればよい?」

 急に話を振られて魏延は驚いた。しかし彼は、すらすらと答えることができた。

「孫権様との同盟を強化し、益州軍、荊州軍、揚州軍の三軍をもって、曹操と戦います。益州軍が司隷を、荊州軍が豫州を、揚州軍が徐州を攻め、曹操を北へ追い詰めれば、おのずと活路は開かれます」

 彼の献策に龐統は慣れていたが、孔明と関羽はあっけにとられ、まじまじと魏延を見つめた。

 劉備は満足そうに笑った。

「魏延の策は面白い」

「そう簡単にはいきません。孫権様は、殿が益州を取られたことを快くは思っていないのです。赤壁の戦いの利益をすべて奪われたと考えておられます。あの方は最近、荊州の一部を割譲せよと言ってきているのです」と孔明は言った。

「すみません、私は荊州の情勢をよく把握していないのです」と魏延はあやまった。

「魏延の方針は、まちがってはおらん。大筋はそれでよいと思う」

 劉備はそう言った。関羽はうなずいた。

「なるほど、魏延殿は曹操と戦うために必要な人材のようだ」

 関羽に認められて、魏延はうれしくなった。


「おれの方針を伝える。孔明と龐統は、それぞれ荊州と益州の行政を担当し、繁栄させてくれ。関羽と魏延は軍事を担当し、曹操と戦えるような軍隊をつくってくれ」と劉備は告げた。

 そして「少し待っていてくれ」と言って、席をはずした。


 劉備は孫尚香を連れて、部屋に戻ってきた。

「孫権殿との同盟強化は、曹操と戦うために必要不可欠だ。江夏郡を彼に譲る。そのかわりに曹操の版図へ圧力を加えてもらおうと思う。孔明、関羽、それでよいか」

「一郡を割譲するのは、やむを得ません」と孔明は言った。関羽は不満そうだったが、反対はしなかった。

「わが妻は、孫権殿の妹だ。尚香、たまには揚州へ帰って、兄に顔を見せてあげたらどうだ? 手みやげは江夏郡。おれと孫権殿との同盟強化のために働いてくれ」

「はい」と尚香は答えた。


 孔明、関羽、龐統、魏延が去った後も、劉備と尚香は部屋に残っていた。

「玄徳様、ひとつだけ教えてください。もし曹操を倒し、天下にあなたと兄が残ったとき、どうするのですか?」

「孫権殿と戦う」と劉備は即答した。

「そうでしょうね。すみません、あたりまえのことを聞きました」

 孫尚香は妖艶に微笑んだ。それでこそ英雄だ、と思った。

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