あたし……どうなっちゃうんだろう。
手足を縛られ、ベッドに横向きに転がったまま、向こうの壁際にある机の上の蠟燭の炎をぼうっと見つめる。
途中で聞こえた男たちの会話から、お金目当ての誘拐であることは違いなさそうだった。けれど、なぜあたしなのか。
あたしは貴族じゃない。豪商の娘でもなければ、有力な信者の跡取りでもない。夫のセラディスだって主任司祭とはいえ、お金持ちというわけじゃない。あたしをさらって、何になるというのだろう。
悶々と考えていると、男の言葉がよみがえる。さっき来た大男の、連れの男の方だ。
『騒ぐな。暴れるな。いいか、こっちは腕の一本くらいなら折ってもいいと言われてんだぜ』
言われている、という表現。つまり、彼らは誰かの指示を受けて動いている。背後に、別の誰かがいる。
組織ぐるみの誘拐? 少なくとも、あたしを運んだあのふたりの他に、もうひとり以上はいる。
そう考えるとなおさら不可解だ。6,000セルク――約90万円は、三人以上で分けて満足できる金額だろうか。
気になっていることはまだある。ここがどこか、ということ。
大男に担がれて階段を下りる前に聞いた会話。
『合言葉は?』
『オイ、俺らだぜ、よく見ろよ』
合言葉が必要な場所。男たちのアジトだろうかと最初は思ったが、階段を下りた先の雰囲気はまるで市場だった。
巨大な地下施設? いや、地下街?
そんなものがあるなんて話、セラディスも誰もしていなかった。
タブーだから?
東方地区の中心都市、聖都アウレリアの闇。触れてはいけない裏側。悪の巣窟。
……違う。あの開けた場所では赤ん坊の声もしていた。世話をする母親もちゃんといた。彼女たちは悪なんかじゃない。
貧民窟? つまりはスラム街。そのほうがしっくりくる。
ここはスラム街の中にある、誘拐犯のねぐら?
カチャン
音がして、体が強張る。
扉を開けて、先ほどの大男が入ってきた。手に持っているのは、透明な液体が入ったガラスのコップ。中身は水だろうか。
男は無言で歩み寄ってきたかと思うと、片手であたしの二の腕を掴み、ぐいっと引き起こした。
「いっ……!」
掴まれた二の腕もさることながら、急に体勢を変えられて引き伸ばされたわき腹と腰に、鋭い痛みが走った。筋がピキッとなるような痛み。
そのあたしの声に反応したのか、男の掴む力が僅かに緩められた。だが、目的を遂行する意思は変わらないようで、男はベッドの上で上体を起こしたあたしの背を壁に押しつけるようにして座らせる。
後ろ手に縛られているから、あまり押されると背中と壁に挟まれた腕が痛い。くそう、乱暴者め。
男は短く言った。
「飲め」
そしてあたしの顎を掴み、唇にコップの縁を押し当てて傾ける。
飲んでなんかやるものか!
というか飲めない。何が入っているか、わからない水なんて。
そもそも水かどうかすら怪しいのに。
閉ざした唇に阻まれた液体が、ぱたぱたと流れ落ちていく。
すると突然、コップの角度が急になった。
液体が鼻に流れ込み、あたしはむせる。
「っ、げほっ、ごほっ……!」
呼吸が乱れるあたしの顎を、男の手がもう一度掴む。
開いた口に太い親指をねじ込まれ、閉じられなくなった上下の歯の間に残りの液体が注がれた。
「ん……っ、ごほっ、んむ……!」
吐き出すこともできず、半ば溺れるようにして、それを飲み下す。
あたしの喉が動いたと見るや、男の手は離れていった。
液体だけでなく、息苦しさによる生理的な涙と鼻水で顔を濡らしながら、ぜえぜえと呼吸を整える。
男を睨み上げる目にもいっそうの恨みがこもる。
けれど、布袋に空いた穴から見える男の目は、無感情にあたしを見下ろすだけだった。何も言わずに背を向ける。
このままでは、またさっきと同じ。
「待って」
思わず声を掛けると、男はドアノブにかけていた手を止めてこちらを向いた。