ベッドへ放り投げられて、間髪入れず、男が上から伸し掛かってくる。両手首を頭の上で押さえつけられ、下半身は男の重みで動けない。
くそっ、くそっ。
「離せ、変態! 触んなっ!」
体をよじって必死に暴れた。けれど動くたびにTシャツが捲れ上がり、下着や腹が
「いいねぇ、いいねぇ……」
心拍数が上がっていく。逃げたい、嫌だ、誰か助けて。
助けなど来ない、そう都合よく。現実は映画やドラマじゃないんだから。
この世界にトウマはいない。
セラディスが愛しているのは、あたしであって、あたしじゃない。
男の手がTシャツの裾から潜り込み、無遠慮に腹を這い上がってくる。冷たくざらついた手のひらが、生き物のように皮膚の上を動き、嫌悪感が全身に走る。
その手が胸元へと移動し、ブラ越しに胸を揉む。そこに情緒や愛情はない。ただ物理的に形を確かめるような触れ方。それでいて、動物的な性のにおいが色濃く感じられる動き。
指先が、ブラの下に潜り込む。
「ッ……」
鳥肌が立った。硬い指が先端を転がすように弄ぶ。きゅっと強く摘ままれて、痛みと屈辱で涙が滲んだ。
「どうだい、旦那はまだこんなのしてくれねぇだろ」
これが愛撫のつもりなのか。得意げにも聞こえる声が心底不快で、反吐が出る。
笑わせるな。トウマの手はもっと優しくて、気持ちがよかった。
「この下手くそ」
あたしの言葉に、男が一瞬怯んだ。その隙を突いて、渾身の力で脚を動かし、男の横っ腹に踵の一撃を入れる。
「うぐっ……! こっ、のテメェ」
男の手があたしの首に掛かる。グッと絞められて、意識が白く飛びかけた。
駄目だ。ここで気絶したら最後までやられる。
男の手を両手で掴み、爪を立てる。すると、締める力が少し緩んだ。けれど引き剥がすまでには至らない。
喉が圧迫されてまともに空気を取り込めない。酸素不足の脳が朦朧としてくる。必死で爪を立てる手から力が抜けていく。片手がぱたんとベッドに落ちた。
瞬間、首を絞めていた男の手が離れる。
あたしは喉をヒュウヒュウ鳴らしながら咳き込んだ。生理的な涙が溢れてこめかみを伝い、鼻水が人中を垂れる。
「ああ、苦しかったなぁ。ごめんなぁ」
どこか嬉しそうに男は言う。気持ちの悪いサディストめ!
頬を包むように触れたその汚い手を、あたしは掴んだ。そして、親指の付け根に思いっきり噛みつく。
鉄の味が口の中に広がった。
「ぐあっ……クソッ!」
男がのけぞるようにしてあたしを振りほどく。
カチィン、キィン、という金属音が床を転がった。
バシッ!
噛まなかった側の手で頬を張られた。衝撃音に遅れて、じんじんとした痛みがやってくる。けれど大人しくなんか、なってやらない。
あたしはがむしゃらにもがき、男の下から下半身を引き抜いた。仰向けの体をうつ伏せに返し、逃げようと足でシーツを蹴る。
後ろ髪をグッと掴まれた。
「こりゃ、おイタどころじゃねぇぞぉ。なあ?」
髪を引っ張られて頭皮が痛む。あたしは男の手を逃れようと頭を振った。
シーツを握りしめた手の横に、ぽとりと何かが落ちてくる。
薄暗い視界の中、見覚えのある金属光沢――
聖都ルミナスを出発する朝にエリオードにもらった、隠しナイフ仕込みのバレッタだ。
あたしはそれを掴み、ボタンを押した。
薄く鋭い刃が、シュンと一瞬で表れる。
その刃を、髪を掴む男の手に、渾身の力で突き立てた。
「ぎッ……ああああッ!!」
手の拘束が解け、あたしはベッドから転がり落ちるように逃げ出した。
床に手をついたとき、指先に何かが触れた。鍵だ。
さっき男の手を噛んだときに聞こえた金属音は、これだったのだ。
視線を向ければ、ベッドの上で男が手首を押さえて呻いている。
その手の甲には、バレッタの刃が深々と突き刺さっていた。
「このっ、クソアマ……!」
怒りに震える声。男の目が、布袋の奥でぎらぎらと光る。
あたしは鍵を握りしめ、扉に飛びついた。
震える手でなんとか鍵を差し込む。回す。開く。
そして、外へ駆け出した。