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第48話:紳士と花売り

 絢爛けんらんな広間では、身なりの整った紳士たちと、肌を惜しげもなく露出した女たちが談笑していた。一見ただの立食パーティーだが、圧倒的に異なるのは、女の尻に男の手が回っていることや、人目をはばからず舌を絡ませ合い、体をまさぐり合う男女がいること。


 あたしが扉から入った瞬間、数人の男の目がこちらに向いたのを感じた。今も、あちこちから露骨な視線が寄越されている。まるで品定めされているようで居心地が悪い。

 あたしは扉から離れ、目立たない壁際へと逃げ込むように移動した。


「お飲み物はいかがですか?」


 通りがかったウェイターがトレイを差し出してくる。何の酒かわからないグラスが並ぶ中から、あたしは脚の長いグラスをひとつ手に取った。ただぼんやり立っているだけでは、さすがに体裁が悪い。


 グラスを片手にしばらく室内を観察した。だが、見れば見るほどうんざりしてくる。

 なんのことはない、ここは昔の遊郭の張見世はりみせだ。張見世のほうがまだ上品だ。格子越しに遊女を見るだけで、触ることはできないのだから。


 紳士なのはその恰好だけ。女の腰を抱き、尻を撫でるばかりでなく、広く開いた胸元に手を滑り込ませる不届き者もいる。


 向こうの角では、壁に背を預けた女のロングスカートが、男の差し入れた腕により大きくたくし上がっていた。軽く脚を広げた状態の内腿が丸見えで、差し込まれた男の腕は、女の脚の付け根の中心で小刻みに動いている。

 女の頬が赤いのは、羞恥のせいだけではないのだろう。


 そこかしこで簡単に唇が合わさり、痴態が繰り広げられていく。

 あたしが見ている間にも、そうして数組の男女が熱を高め合い、最終的に女が男の腕に絡みつくようにして、奥の扉を出ていった。


 女たちは選ばれようと必死だ。選ばれなければ、媚びの売り損、体の撫で回され損になってしまう。


 男女比は女の方が多かった。ひとりきりで手持ち無沙汰な女もいるが、女主人が「人手不足」と言ったからには、これでも少ないのだろう。


 それはそうか。男女比1対1では、あとにいくにつれて金を払う男側の選択肢が減っていく。最後は残り者同士、なんていうのは男からしたら不満だろう。選べる女は多い方がいい。そこが女主人の腕の見せ所ということなのかもしれない。だから売られてきたばかりらしいあたしまで、急いで着飾らせて放り込んだのだ。


 やってられないなと思った。売られたとか、そんなのは知ったことじゃない。どうしてあたしを、あたし以外の人間が値段をつけて売り買いするのか。


 女をなんだと思ってるんだ。

 理不尽な世界に腹が立ち、あたしはグラスの中身を一気に飲み干した。

 大して強い酒じゃない。雰囲気だけの、まるでジュースじゃないか。

 そうか! 酔っぱらって男が立たなくなったら困るもんな!


 空になったグラスをウェイターに返すと、あたしは広間の中央にいくつか並ぶ円形テーブルのひとつに向かった。テーブルの上にはセルフサービス形式の豪華な料理が並んでいる。あまり減っていないのは、男も女もそれどころじゃないからだ。


 けど、あたしは違う。別に今夜、体を売って稼ごうなんて思っていない。今夜は散々なのだから、少しぐらい慰めがあってもいいでしょ?


 各円形テーブルを回り、取り皿に山盛りに料理をとった。立食パーティーで皿を山盛りにするのは品のないことだという知識はあるが、関係ない。

 そしてまた壁際へ引っ込み、黙々と料理を口に運ぶ。正直美味しかった。布袋の男たちの部屋で出された質素なパンとスープの何倍も。


 腹が立つのでこのまま広間中の料理を食べ尽くしてやろうかと思った。無理だけど。


 壁際で山盛りの料理をかっ食らう姿が異様だったのか、紳士――皮肉だ――たちはチラチラ見るだけで、あたしに近づこうとはしなかった。ちょうどいい。このまま頭のおかしい女を演じていよう。


 そうして三度目のお代わりに手をつけようとしたときだった。

 フォークでローストビーフを刺しながら、視界の端に男が立つのが見えた。あたしが顔を上げると、男は人懐っこそうな笑みをにこりと浮かべる。


「美味しそうですね」

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