森を抜けて、開けた場所に出た。大きな丸テーブルがあり、シルクハットの男と小さなネズミが茶と茶菓子を囲んで談笑している。
白うさぎは椅子に座れないあたしをテーブルの上に乗せた。ネズミも椅子ではなくテーブルに乗っている。
あたしの体の半分くらいの大きさのチェッカークッキーがすごく美味しそうに見えて、誰に断りもせず、ひと口齧ってみる。バターの風味とココアの苦みが絶妙だ。
すると、みるみるうちにあたしの視線は高くなっていく。白うさぎやシルクハットの男の頭上を越えて、やがては森を見下ろせるようになった。
下から何か聞こえてくるので顔を寄せてみると、白うさぎが怒っていた。
「何をやっているんだい、マナシア! 危うく全員潰されるところだった!」
見れば、あたしのお尻はテーブルをぐちゃぐちゃに踏み潰していた。シルクハットの男がかろうじてティーポットだけを持っていて、あとのカップやソーサーやお菓子は草の上に散らばっている。
「大丈夫、お茶を飲めば縮むから」
とネズミが言い、シルクハットの男が「ぜんぶきみのでいい」と言ってティーポットを差し出す。
あたしはそのポットを慎重に指先で摘まんだ。そして上を向いて口を開け、ポットを傾ける。
雨粒のような一滴が、舌の上に落ちた。口を閉じて味わってみる。
カップ焼きそばの中に入っている、ソースをかける前の小さいキャベツと同じ味がした。
あたしの体は風船が萎むように小さくなっていき、やがて元の人間サイズに戻った。
「さあマナシア、怒られる前に逃げるよ」
白うさぎは、近くの木の幹についていた扉を開けて入っていく。あたしは『誰に怒られるの?』という疑問を飲み込んで白うさぎのあとを追う。
シルクハットの男とネズミが手を振って見送ってくれる。
扉の向こうには、美しい庭園が広がっていた。トランプに顔と手足がついた格好の兵士たちが、白いバラをペンキで赤く塗っている。
ハート柄の真っ赤なドレスを着た神経質そうな女がやってきて叫んだ。
「この娘と白うさぎを我のチームに加えよ!」
女に引っ張られて連れていかれたのはグラウンドだった。トランプの兵士たちがあちこちに散らばってスタンバイしている。
あたしはカモノハシが寝そべっている場所の横に立たされて、頭にアルマジロを被せられ、ピンと棒のように直立したフラミンゴを手渡された。
「さあ、構えて球を打て!」
これは野球だ、と気づいた時にはマウンドのトランプ兵士が何かを投げていた。あたしの下にいるトランプ兵士が、ミット代わりのムササビでそれを受け止める。投げられたボールは――ハムスターだった!
「えっ、これ打つの!? 無理でしょ! 痛いでしょ(ハムちゃんもフラミンゴも)!」
と焦っている間に二投目が来る。
「ストライーク!」
「三振したら死刑だ!」
ハート柄の赤いドレスの女が後ろで叫ぶ。あたしは仕方なく、三投目をバントで転がした。
アルマジロを頭から脱ぎ捨てて一塁へ走る。走りながら、うわ、と思う。
そうだ、ベースはカモノハシだった。踏めないでしょ!
踏まずに二塁まで走る。送球の気配がない。見ると、トランプ兵士たちがフィールドを走るハムスターを追いかけていた。よし、いける。
二塁を回って三塁へ。まだハムスターは捕まらない。
三塁を回ってホームへ走る。ようやく捕球したらしいトランプ兵士が、ホームベースの手前であたしを捕らえようと駆けてくる。
トランプ兵士の伸ばした手の下をくぐり、上半身からホームへ滑り込む。
指先がカモノハシのくちばしに触れた。
「セェェェーフッ!」
「この娘の首をはねよッ!」
「ええっ!?」
ハート柄の赤いドレスの女のひと言で、トランプ兵たちが集まってきてあたしの両腕を拘束した。
「なんで!? あたし三振してないし、ホームランじゃん!」
「罪状を述べる」
と聞こえてきた方向を振り向くと、白うさぎだった。何かの紙を読み上げている。
「マナシア、きみは昨夜、ハートの女王の寝室に忍び込み、女王の楽しみにしていたレッドベリーのタルトを盗み食いしたね?」
「してない! あたしじゃないよ!」
「いいや、きみが食べたという証拠は残っている。それがこれだ」
白うさぎの手には、バレッタがあった。モフモフの親指が動き、シュンッ、と薄刃が現れる。
「これがハートの女王の寝室に残されていた。こんな危険なバレッタを持っているのはきみだけだ。さあマナシア、罪を認めるかい?」
白うさぎは刃の出たバレッタを、あたしの目の前に立つハート柄の赤いドレスの女に手渡した。ハートの女王、というのは彼女のことなのだろう。
「認めない。だって本当にあたしじゃないもん」
「往生際の悪いことよ」
女王はバレッタを逆手に持ち、刃をあたしのドレスの胸の谷間に差し入れた。
シュバッ
ドレスの胸元が切り裂かれ、下着があらわになる。
トランプ兵たちが好奇の眼差しを向けてくる。
「ちょ、ちょっとやめてよ」
女王は冷たい笑みを浮かべて、刃を下へずらしていく。ドレスは簡単に切り開かれて、やがてあたしは大勢の前にブラとパンツを晒す格好となった。トランプ兵たちが色めき立っている。
刃が今度はあたしのブラの中央に差し入れられる。
冗談じゃない!
「いいかげんにしろ! あんたたちなんか、ただのトランプのくせに!」
叫んだ瞬間、女王やトランプ兵を含む、あたしの周りにいたすべての生物が姿を消した。あたしは広いグラウンドにひとり、半裸のまま取り残される。
ふと、嗅いだことのある香の匂いが鼻をくすぐる。
これはセラディス? ……いや、違う。セラディスの香じゃない。
「マナシア、もう大丈夫だよ」
背後で声がして、振り向いた。
そこには、あの夜に見たのと同じ、ローブを着て長い黒髪を後ろで括ったユダリスク司教が立っていた。彼はあたしのそばまで歩いてくると、両腕を広げてあたしを抱き締める。
唯一無二の香の匂いと、温かな体温。嫌いな相手のはずなのに、何故かとても心地いい。
あたしは彼の背に腕を回した。