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第45話 魏王

 曹操は、自分が皇帝になるつもりはなかった。少なくとも、天下平定が成るまでは。

 もしなろうとすれば、なれたはずである。

 董卓は皇帝を交代させた。袁術は仲の皇帝になった。

 ふたりよりも遥かに実力があり、天下の半分以上を領有していた曹操がその気になれば、帝位簒奪は困難ではなかった。


 天下統一を成し遂げたときには即位してもよいが、それまでは控えよう。

 漢王朝の権威を利用し尽くす。利用価値がなくなるまで。

 国内に敵がいるうちは、劉協に皇帝の座を預けておいた方がよい。

 曹操はそんなふうに考えていた。


 しかし、劉王朝は腐り切っており、いずれは曹王朝を開かねばならないとも思案していた。

 じわりと皇帝の座に近づいておき、後継者はすんなりと即位できるようにしておきたい……。


 212年、荀彧が死去した。

 その年、曹操は魏公の位に昇り、九錫を与えられた。

 九錫とは、普通は皇帝にしか使用が許されないものである。


 一錫の車馬。

 二錫の衣服。

 三錫の虎賁。 

 四錫の楽器。

 五錫の納陛。

 六錫の朱戸。

 七錫の弓矢。

 八錫の鈇鉞。

 九錫の秬鬯。


「荀攸、私はこんな特権がほしくて、魏公になったと思うか」

 曹操は、荀彧の後任の尚書令、荀攸に問いかけた。彼は首を振った。

「閣下は、飾り立てたものより、実質的なものを愛されていると思います。野を駆ける狩り、気の置けない者との酒、真に芸術的な文学……」

「そのとおりだ。ではなぜ荀彧を殺してまで、魏公にならねばならなかったか」

「先の先を見据えてのことでしょう。天下をどう治めるべきなのか、王朝はどうあるべきなのかを考えておられる」

「力ある者が治めねば、戦乱はいつまでもつづく……」 


 曹操は、天下平穏のために、いずれは曹王朝をつくらねばならないと考えていた。

 だが、単なる名誉欲で皇帝になりたいなどと思ったことはない。

 後年、曹王朝が弱体化し、司馬王朝に取ってかわられるのだが、曹操が天国か地獄でそれを知ったら、「やむを得ぬ」とつぶやいたにちがいない。 


 216年、曹操は魏王になった。


 王位についたことに対して、いくつかの反発があった。

 耿紀の許昌での蜂起、魏諷の鄴での反乱。

 なによりも大きな反発は、劉備が漢中王と称したことである。

 これにより、魏、呉、蜀の三国戦争時代が本格的に始まっていく。

 動乱の時代はまだまだ終息の気配を見せない。

 次世代へと引き継がれる勢い。

 曹操は、漢中王のことを知ってつぶやいた。

「荀彧、私はまちがっていたのだろうか……」


 218年、呂蒙に討たれた関羽の塩漬けの首が、孫権のもとを経由して、曹操に送りつけられた。

 かつて配下にしたいと熱望した男の変わり果てた姿を見て、曹操はふいに戦争の虚しさを感じた。

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