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第26話 オーダーはコチラです

 体調が回復したあとの大仏先輩は、ほとんど別人のように目覚ましい活躍を見せた。

 稽古中の模擬試合では連戦連勝。

 部長やはー子先輩相手でも物怖じしない、素人目に見ても分かる。

 あれは、強者の貫禄というやつだ。


「なづなちゃん。はい、これ」

「え、なんですか? グミ?」

「購買で新しく入荷したんだって……あげる」

「あ、ありがとうございます」


 稽古の休憩時間にカラフルなグミの袋を手渡して、先輩は満足したように去っていく。

 ほとんど別人というか……なんか懐かれた。

 入れ違いに、安芸先輩が肩を怒らせながら私に詰め寄る。


「てめー、どうやって懐柔しやがった」

「懐柔って……強いて言えば猫、ですかね」

「はぁ? わけわからん」

「安芸、後輩を脅かしちゃいかんよ?」

「九条サン!」


 はー子先輩に呼びかけられて、安芸先輩はびしっと背筋を伸ばす。

 変わり身と言えばこちらも一流だ。


「理由はどうあれ、大仏はんの調子が戻ったのは良いことやろ。これで、新人戦にも身が入るわぁ」

「それはそうですけど……くそ、九条サンに免じてこれくらいにしといてやる」

「仕事の邪魔して堪忍な。ほな」


 そう言って、はー子先輩は安芸先輩を連れ去っていった。

 本当に、引き抜きとかそういう話じゃないのに、変に目を付けられてしまったような気がする。




「それでは、新人戦のオーダーを発表します」


 その日、稽古を終えたあとのミーティングで、赤江先生が部員たちに向かってそう告げた。

 途端に空気がしんと静まり返り、音もなく誰もが息を飲む。


先鋒せんぽう、安芸」

「うす」


 安芸先輩の、闘争心に溢れた返事が響く。


次鋒じほう、名取」

「あ……はい!」


 鈴奈先輩の、ちょっと驚いたような、でも喜びを隠しきれない声。


中堅ちゅうけん、大仏」

「……はい」


 大仏先輩の、眠そうな声。


副将ふくしょう、九条」

「はい」


 はー子先輩の、たおやかで自信に満ちた声。


「そして大将たいしょう、西川」

「はい」


 締めくくりに、瀬李部長の力強く頼もしい声。


「補欠は、遠野と黒石」

「はい」

「はい!」


 寮外の二年生の先輩に、すずめちゃんの元気のいい声が続く。


「以上のオーダーで、新人戦を戦っていきます。全員、残りの調整に余念なく」

「はい!」


 ミーティングが終わり、選手たちの緊張が解ける。

 喜ぶ者、悔しがる者、応援する者、十人十色の反応の中で、承認レギュラーを得た五人はいつもとは違うひりついた覇気を感じる。


「鈴奈、おめでとう」

「ありがと。足引っ張んないようにしなきゃね」

「くそ、大将は九条サンじゃないのか」

「うちは、副将くらいが気楽でええよ。後ろに部長はんが控えてるってのは、安心やわ」

「期待に応えられるよう、勤めを果たすよ」


 そんな先輩がたのやり取りを、大仏先輩が一歩引いたところからぼーっと眺めている。

 これが左沢産業高校剣道部、現在の最強メンバーである。


「すずめちゃん、補欠おめでとう」


 私は、一年生ながら補欠に名の挙がったすずめちゃんに声をかける。


「ありがとう、なづなちゃん。でもくやしい~! 夏までだったら、レギュラーかなぁって期待してたのに」

「流石に、先輩たちの追い込みがまさったね」

「ねー。私も、まだまだがんばらなくちゃ」


 彼女は、笑顔で力こぶを作ってみせた。

 無事に先輩たちがレギュラーを手に入れて良かったと思う反面、同級生の活躍を応援したかったなという気持ちも、なくはない。

 ただ、私たちはまだ一年なのだから、来年も再来年も、まだ機会はあるだろう。

 ここは、先輩たちの花道と思って精一杯のサポートをしていこう。


「ところで……剣道のオーダーって、あれ、どういうこと? 先鋒とかなんとか」

「そのまま、試合の順番かな。先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の順で相手の同じオーダーの人と戦うの」

「なるほどね。後ろに行くにつれて、強い人になってくって感じ?」

「うーん、そういう組み方をするチームもあるけど、もうちょっとポジションごとに役割があって――」




☆☆☆すずめちゃんの団体戦オーダー講座☆☆☆


【先鋒】

チームの勢いを作るために、元気と勢いのある選手が担うことが多いよ!

「まずは一勝」を勝ち取るために、強い人が入ることが多いかも。


【次鋒】

先鋒が作ってくれた勢いを、後ろのメンバーに繋いでいくよ!

もし先方が負けてたら是が非でも勝たなきゃいけないから、強い人がいいな。


【中堅】

エースポジションのひとつだよ!

ここまで二勝してたら中堅でチームの勝利が決まるし、二敗してたらチームの負けが決まっちゃうこともある。

だから、絶対に勝てるって自身を持って任せられる強い選手が担当するよ!


【副将】

ここまでの勝敗によって、フレキシブルな対応が求められるよ!

中堅以降は、チームの勝敗を直接担うことになるから、当然強い人がいいね!


【大将】

絶対的エース!

勝つことが仕事と言ってもいいよ!

チームのリーサルウェポンだね!




「結局、全員強いほうが良いんだね」

「そうだね!」


 ためになったのかどうかわからない、すずめちゃんの剣道講座を受けながら、私は先ほど発表されたオーダーを振り返る。

 大賞と中堅には、チームでも指折りの実力者である部長と大仏先輩が。

 先鋒には、特攻隊長の安芸先輩が。

 器用な戦いが求められる次鋒と副将に、鈴奈先輩とはー子先輩が。


 なるほど、言われてみればイメージはしっくりくるかも。

 その点で言えば、すずめちゃんは先鋒かな?

 それとも中堅……もしくは、一年の中じゃ抜群に強いから大将?


 うーん、わからない。


「団体戦はレギュラーに入れなかったけど、個人戦は出られるから頑張るよー」

「うん。応援してる」


 新人戦まであと少し。

 選手たちの気合は十分だ。

 私もマネージャーとして、いや料理長として、できることで応援したいな。




 ――ということで、大会前日の夕飯は、ずばりトンカツで決定!

 ……なんて、ありきたりなゲン担ぎだけど、こういうのは分かりやすさが大事なものだ。

 お正月に初詣に行って、向こう一年なんか頑張れそうな気持になるのと同じこと。


「……あれっ!?」


 その日、業者が寮に届けてくれた食材を見て、私は愕然とする。


「注文した豚ロースが、全部……薄切り」


 しかも、生姜焼きとかで使う多少なり厚みのある薄切りじゃなくって、しゃぶしゃぶ用のぺらっぺらの薄切り。

 あれ!?

 どうして!?


「ああー! 注文番号がズレてる!」


 ロースはロースでも、薄切りのほうにチェックつけてた!

 値段もグラムも変わらないけど、こんな凡ミスをしてしまうなんて……ショックすぎる。


「……どうしよう」


 今さら注文を取り消すわけにもいかず、私は大量のしゃぶしゃぶ肉を前にして途方に暮れるしかなかった。

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