体調が回復したあとの大仏先輩は、ほとんど別人のように目覚ましい活躍を見せた。
稽古中の模擬試合では連戦連勝。
部長やはー子先輩相手でも物怖じしない、素人目に見ても分かる。
あれは、強者の貫禄というやつだ。
「なづなちゃん。はい、これ」
「え、なんですか? グミ?」
「購買で新しく入荷したんだって……あげる」
「あ、ありがとうございます」
稽古の休憩時間にカラフルなグミの袋を手渡して、先輩は満足したように去っていく。
ほとんど別人というか……なんか懐かれた。
入れ違いに、安芸先輩が肩を怒らせながら私に詰め寄る。
「てめー、どうやって懐柔しやがった」
「懐柔って……強いて言えば猫、ですかね」
「はぁ? わけわからん」
「安芸、後輩を脅かしちゃいかんよ?」
「九条サン!」
はー子先輩に呼びかけられて、安芸先輩はびしっと背筋を伸ばす。
変わり身と言えばこちらも一流だ。
「理由はどうあれ、大仏はんの調子が戻ったのは良いことやろ。これで、新人戦にも身が入るわぁ」
「それはそうですけど……くそ、九条サンに免じてこれくらいにしといてやる」
「仕事の邪魔して堪忍な。ほな」
そう言って、はー子先輩は安芸先輩を連れ去っていった。
本当に、引き抜きとかそういう話じゃないのに、変に目を付けられてしまったような気がする。
「それでは、新人戦のオーダーを発表します」
その日、稽古を終えたあとのミーティングで、赤江先生が部員たちに向かってそう告げた。
途端に空気がしんと静まり返り、音もなく誰もが息を飲む。
「
「うす」
安芸先輩の、闘争心に溢れた返事が響く。
「
「あ……はい!」
鈴奈先輩の、ちょっと驚いたような、でも喜びを隠しきれない声。
「
「……はい」
大仏先輩の、眠そうな声。
「
「はい」
はー子先輩の、たおやかで自信に満ちた声。
「そして
「はい」
締めくくりに、瀬李部長の力強く頼もしい声。
「補欠は、遠野と黒石」
「はい」
「はい!」
寮外の二年生の先輩に、すずめちゃんの元気のいい声が続く。
「以上のオーダーで、新人戦を戦っていきます。全員、残りの調整に余念なく」
「はい!」
ミーティングが終わり、選手たちの緊張が解ける。
喜ぶ者、悔しがる者、応援する者、十人十色の反応の中で、
「鈴奈、おめでとう」
「ありがと。足引っ張んないようにしなきゃね」
「くそ、大将は九条サンじゃないのか」
「うちは、副将くらいが気楽でええよ。後ろに部長はんが控えてるってのは、安心やわ」
「期待に応えられるよう、勤めを果たすよ」
そんな先輩がたのやり取りを、大仏先輩が一歩引いたところからぼーっと眺めている。
これが左沢産業高校剣道部、現在の最強メンバーである。
「すずめちゃん、補欠おめでとう」
私は、一年生ながら補欠に名の挙がったすずめちゃんに声をかける。
「ありがとう、なづなちゃん。でもくやしい~! 夏までだったら、レギュラーかなぁって期待してたのに」
「流石に、先輩たちの追い込みが
「ねー。私も、まだまだがんばらなくちゃ」
彼女は、笑顔で力こぶを作ってみせた。
無事に先輩たちがレギュラーを手に入れて良かったと思う反面、同級生の活躍を応援したかったなという気持ちも、なくはない。
ただ、私たちはまだ一年なのだから、来年も再来年も、まだ機会はあるだろう。
ここは、先輩たちの花道と思って精一杯のサポートをしていこう。
「ところで……剣道のオーダーって、あれ、どういうこと? 先鋒とかなんとか」
「そのまま、試合の順番かな。先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の順で相手の同じオーダーの人と戦うの」
「なるほどね。後ろに行くにつれて、強い人になってくって感じ?」
「うーん、そういう組み方をするチームもあるけど、もうちょっとポジションごとに役割があって――」
☆☆☆すずめちゃんの団体戦オーダー講座☆☆☆
【先鋒】
チームの勢いを作るために、元気と勢いのある選手が担うことが多いよ!
「まずは一勝」を勝ち取るために、強い人が入ることが多いかも。
【次鋒】
先鋒が作ってくれた勢いを、後ろのメンバーに繋いでいくよ!
もし先方が負けてたら是が非でも勝たなきゃいけないから、強い人がいいな。
【中堅】
エースポジションのひとつだよ!
ここまで二勝してたら中堅でチームの勝利が決まるし、二敗してたらチームの負けが決まっちゃうこともある。
だから、絶対に勝てるって自身を持って任せられる強い選手が担当するよ!
【副将】
ここまでの勝敗によって、フレキシブルな対応が求められるよ!
中堅以降は、チームの勝敗を直接担うことになるから、当然強い人がいいね!
【大将】
絶対的エース!
勝つことが仕事と言ってもいいよ!
チームのリーサルウェポンだね!
「結局、全員強いほうが良いんだね」
「そうだね!」
ためになったのかどうかわからない、すずめちゃんの剣道講座を受けながら、私は先ほど発表されたオーダーを振り返る。
大賞と中堅には、チームでも指折りの実力者である部長と大仏先輩が。
先鋒には、特攻隊長の安芸先輩が。
器用な戦いが求められる次鋒と副将に、鈴奈先輩とはー子先輩が。
なるほど、言われてみればイメージはしっくりくるかも。
その点で言えば、すずめちゃんは先鋒かな?
それとも中堅……もしくは、一年の中じゃ抜群に強いから大将?
うーん、わからない。
「団体戦はレギュラーに入れなかったけど、個人戦は出られるから頑張るよー」
「うん。応援してる」
新人戦まであと少し。
選手たちの気合は十分だ。
私もマネージャーとして、いや料理長として、できることで応援したいな。
――ということで、大会前日の夕飯は、ずばりトンカツで決定!
お正月に初詣に行って、向こう一年なんか頑張れそうな気持になるのと同じこと。
「……あれっ!?」
その日、業者が寮に届けてくれた食材を見て、私は愕然とする。
「注文した豚ロースが、全部……薄切り」
しかも、生姜焼きとかで使う多少なり厚みのある薄切りじゃなくって、しゃぶしゃぶ用のぺらっぺらの薄切り。
あれ!?
どうして!?
「ああー! 注文番号がズレてる!」
ロースはロースでも、薄切りのほうにチェックつけてた!
値段もグラムも変わらないけど、こんな凡ミスをしてしまうなんて……ショックすぎる。
「……どうしよう」
今さら注文を取り消すわけにもいかず、私は大量のしゃぶしゃぶ肉を前にして途方に暮れるしかなかった。