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第28話 威風堂々 ~カツサンド~

 山形県高等学校新人剣道大会は、二日間の日程で行われる。

 一日目は、個人戦の予選と団体戦予選リーグ。

 二日目は、個人戦の決勝トーナメントと団体戦の決勝リーグ。


 自然と、予選を勝ち上がれなかった高校は一日目で大会が終了となるわけだが、我らが左沢産業高等学校剣道部は、難なく団体戦の予選リーグCブロックを全勝一位で突破し、個人戦も部長と大仏先輩が決勝トーナメントに駒を進める快進撃を見せた。


 なによりも目覚ましいのは、大仏先輩の活躍だ。

 実力さえ出せれば部長たちを凌駕することもあるというのは、どうやら本当のことらしい。


「早い段階で鶴南つるなん遊佐ゆざと当たるとか、運がないわぁ」

「九条サン、延長二回の大健闘じゃないすか。負けてないすよ!」


 沢産三強(勝手に名付けた)の一角、はー子先輩は、他校の優勝候補とトーナメントの早い段階で当たってしまい、惜しくも敗北を喫した。

 もし組み合わせが良かったら、三強全員が決勝トーナメントに残る快挙もあり得たのかな。


「今日が夏でなくてよかったわ。まだ機会チャンスはある」


 そう柔らかい笑顔で語る先輩だったが、立ち姿にはかすかに闘志がみなぎっているようにも思えた。


 夏――とは、言わずもがな「三年の夏=最後の大会」ということだ。

 負けたら終わりの退路のない戦い。

 涙の引退式を思い出すと、今なら胸が痛む気持ちも分かる。


 そして二日目――


「――勝負あり!」


 審判の赤い旗が上がって、アリーナがわっと沸き立った。

 背中に赤い識別をつけた瀬李部長が、コートを後にして、ひと息天井を見上げる。


「マジかよ! やりやがった!」

「部長、おめでとうございます!」

「すげ~!」


 歓声だかヤジだか分からない声が、沢産メンバーの集まった客席からあがった。

 個人戦決勝トーナメントの

 予選ではー子先輩を下した鶴ヶ岡つるがおか南高校の遊佐選手を相手に、一進一退の激闘を繰り広げた瀬李部長が、試合終了数秒前で見事な一本をあげ、勝利を勝ち取った。


 客席の他校のゾーンからも、驚きと期待に満ちた声が広がる。


「西川は本物だな」

「これ、来年は沢産の復権あるかも」

「団体戦も残ってるだろ。今回だって分かんないよ」


 おそらくは、大会が始まるまでは期待されていなかったからこそ出てくる感想だ。

 ムッと思う気持ちもあるけど、それを引き出した選手たちの頑張りが、自分のことみたいに嬉しい。


 マネージャー特権で、客席ではなくコート傍での観戦を許された私は、いの一番に部長に駆け寄って彼女を見上げた。


「おめでとうございます!」

「ああ、ありがとう」


 面の向こうで、部長が汗だくの顔に笑顔を浮かべる。

 短いやり取りだけど、それだけで心が熱く満たされていくのを感じた。


「――というわけで、瀬李の個人戦優勝を祝して……と言いたいところですが。二日目もまだ半ば。このあと、団体戦の決勝リーグが残ってます」


 お昼休憩の時間がやってきて、客席の沢産の陣で鈴奈先輩が、スポドリの入ったカップを手に音頭を取る。


「部長の優勝で勢いづく気持ちは分かるけど、気を引き締めていきましょう。それはともかく、瀬李、おめでとう!」

「おめでとう!」


 会場内ということもあり、部員一同で控えめな乾杯が行われた。

 礼儀を重んずる剣道という競技は、勝った方こそ品性を問われるのだとも言われる。


 勝利を鼻にかけることはもちろん、過去には、勝利に思わずガッツポーズした選手が、その場で勝ち星を取り消しになった――なんて、都市伝説じみた例もあるという。

 それでも、華の女子高生に嬉しい気持ちを隠すことはできず、こうしてと、ささやかな内輪の祝勝会が急遽執り行われているわけである。


「ありがとう。いつも稽古を積んでくれるみんなのおかげだ」

「そないに謙遜せんで。堂々と実力を誇るのも、部長の務めよ?」

「そうだな。でも、嘘偽りのない本心だ。九条もありがとう」

「ほんま、部長はんにはかなわんわ……ところでマネージャーはん、お弁当は?」

「あ、はいっ!」


 はっとして、私は慌ててクーラーボックスの中身を取り出す。

 そこには、寮中のものを書き集めた、大量のお重が積み重なっていた。


「また、えらい豪勢やなぁ。祇園ぎおんはんのお祭りやないんやから」

「行楽弁当に比べたら見劣りしちゃうかもですが……その、名誉挽回になればと思って」


 ぱかりと開いたお重の蓋。

 そこには、真っ白なパンに挟まれた厚切り肉の豚カツ――カツサンドがぎっしりと詰め込まれていた。


「わー! カツサンドだ!」


 すずめちゃんが目を輝かせるのを微笑ましく見届けて、私は残りのお重もどんどん開けていく。

 大半は同様のカツサンドだが、一部は勢いで作ったから揚げやら、卵焼きやら、ウインナーやら、ちょっとしたおかずの重もある。


「昨日準備したものじゃないよな? こんなに……ずいぶん、早起きしたんじゃないのか?」

「そういえば、朝から揚げ物の匂いしてたね。朝ごはんには無かったから、何だろって思ってたけど」


 部長の言葉に、他の部員たちも同調する。


「今日は、大事な日ですから。試合中は何もできない分、ちょっとでも頑張るきっかけになればと思って」

「ありがとう。そういうことなら、ありがたく頂こう」

「いただきまーす!」


 部長の笑顔に、部員たちの食欲が続く。

 あっという間にカツサンドの争奪戦になった。


「うまー! トンカツって揚げたてザクザクも良いけど、時間経ってしっとり&ソースが染み染みになったのも良いよね」

「わかるー。冷食のミソカツとか大好き」

「食パン、ふわふわのままなんだ? 実家だと、トーストしちゃうな」

「私は、柔らかい方が好きー」


 口々に飛び交う感想を聞きながら、私もひと切れ取り上げて口に運ぶ。

 手に持っただけで分かる、ふわふわの食パン。

 香ばしい麦の香りが広がるその奥に、肉厚ジューシーな豚ロースがガブリと存在感を主張する。


 噛めば噛むだけ豚の旨味が広がる中に、爽やかなウスターソースの酸味、パンに塗ったのツンとした辛味、そしてパンの甘みが混然一体となって――これは、旨味の爆弾だ。


 お弁当として冷めているからこそ、豚の油が肉汁として流れ出さずに、分厚いカツの中にぎゅっと閉じ込められている。

 肉汁たっぷり諸手で包み込まれるような、トロトロとは対照的な、固い拳でノックアウトされる、質実剛健な素材のストレートパンチだ。

 マウントポジションから、ノーガードでタコ殴りにされるよう。


「うますぎる……」


 どんな創作分野でも、お料理ほど自画自賛が許されるものはない。

 だから私は、声を高らかにして言おう。

 美味しい――と。


「なづなちゃん。なづなちゃん」

「ひゃい?」


 カツサンドにTKOを食らいかけていたところに名前を呼ばれて、変な声が出た。

 視線を向けると、大仏先輩がちょいちょいと私に手招きをしていた。


「どうしたんですか?」

「午後の補給」

「うわっ」


 突然、大仏先輩に後ろから抱きしめられて、思いっきりうなじのあたりに顔を突っ込まれた。


「すぅーはぁー、すぅーはぁー」

「あの……防具が痛いんですけど」


 午前中も試合に出て、午後からも試合を控えている大仏先輩は、道着の上にをつけたままだ。

 それが背中とお尻にゴリゴリ当たって、痛い。


「い、いたたたっ。あと、ちょっと、くすぐったい!」

「大仏、その辺にしといてやれ」

「……はふぅ」


 瀬李部長に諫められて、大仏先輩はようやく手を放してくれた。

 なんでも試合の前にをすると、調子がいいらしい。

 昨日から続く先輩の快進撃も、それによるところが大きいとかなんとか……真偽は、当事者にしか付けられない。


「大丈夫か? 上級生の頼みだからって、嫌だったら断って良いんだぞ」

「嫌ってわけではないんですけども」


 かといって、嬉しいわけでもない。

 それで調子が出るって言うなら、これくらい安いものではあるけど。


 でも、これからずっとってなると、私、先輩が卒業するまでシャンプー変えられないなぁ。

 新発売のやつ、ちょっと試してみたいなって思ってたんだけどなぁ。


「まあ、なづなが良いなら良いんだが」

「いじめられてるわけでもないので、大丈夫です」

「わかった」


 そう言って、部長はちょっぴり寂し気に笑った。

 どうしたんだろう、個人戦の激闘で疲れた出ちゃったのかな。

 カツサンド食べて、午後にはまた元気になってくれると嬉しいな。


 やがて午後――


「――メンあり! 勝負あり!」


 ワッ――午前中同様、アリーナを歓声が包み込んだ。

 団体戦決勝。

 宿敵(?)・鶴ヶ岡南高校を前に決戦を挑んだ左沢産業高等学校は、副将まで一勝一敗二引き分けの激戦の中、大将の部長が個人戦でも戦った遊佐選手を相手に、二本を先取するストレート勝ちで、見事に新人戦団体優勝を果たした。


「沢産だ! 今年は沢産だ!」

「常勝不敗の左沢産業高校が帰ってきた!」


 個人戦の時以上のどよめきに包まれる会場で、五人の選手陣が試合後の礼を終えて頭を上げる。

 そこにあったのは、威風堂々たる王者の貫禄。

 他者を寄せ付けないカリスマ的オーラ。


 これが、私たちの剣道部だ。

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