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第36話 錬成大会

 錬成大会は、市内(くり返すが山形県民は市内と言えば山形市内のことを指す)の体育館で行われた。

 県内すべての高校が集まる新人戦と違い、沢産を含む村山地方の高校を中心とした小規模の、文字通り錬成――練習としての大会だ。

 スポーツの日に合わせて行われて、市のスポーツ振興の催しの一環ということになっている。


 新人戦との大きな違いは、優勝しても上位大会が無いということと、各校出場チームに制限が無いこと。

 各校一、二チーム。

 女子校なんかで選手層が潤沢なら三チーム。

 そして我らが左沢産業高等学校剣道部は、ABCDEの五チームという王者の貫禄を見せつけている。


 このチーム分けが面白い。

 普通ならAチームがレギュラーメンバーで固めた最強チーム――と思われがちだが、今回は新人戦レギュラーの五人がそれぞれ各チームにひとりずつ散っている。

 ポジションはそのままだが、他のメンバーはいわゆる二軍以降の下部メンバーが担う形になる。


「レギュラー陣、バラバラになるんだね?」

「新人戦優勝メンバーでチーム組んだら、優勝間違いないもんね!」


 私の問いに、すずめちゃんがあっけらかんとして答える。


「流石に自惚れが過ぎると思いますが、理由としてはその通りだと思います」

「歌音さん?」

「村山地方だけで考えたら、沢産に対抗できる実力ある高校はそう多くありません。今のレギュラーメンバーなら、優勝まで五人全勝ということもあり得ます」


 歌音さんの言葉に、私は改めてウチが強豪校であることを思い出す。


「それじゃあ、大会が面白くないってこと?」

「というよりも、ポジションごとの役目を意識しないまま何となく勝って終わってしまうのが問題です。錬成大会なのですから」

「ハンデというか、より厳しい状況に身を置くことで、レギュラー陣にもを得て欲しいってことだね。うんうん」

「それ、自分たちが足かせだって言ってるようなものだけど、大丈夫?」

「事実だから仕方ないよ~。同じくらい、私たちも学ばせていただきます。うんうん」


 歌音さんに同意するすずめちゃんは、卑屈なんだが前向きなんだかよく分からない意気込みを見せている。

 一年生たちにとっては、今日が高校はじめての公式戦だ。

 先輩たちの胸を借りる気持ちなんだろう。


 そういう意味ではこちらの三人も――


「まずは、先輩たちの脚を引っ張らないように。そのうえで、私たちの存在を県下に知らしめよう」

「あたしらだって、中学じゃ各県のトップクラス張ってるんだかんね。先輩相手だろうと、気持ちで負けらんないよ」

「わ、わたしは……まずは、一勝を目標に頑張る」


 亜利沙さんたちも、大会を前に集まって意気込みを語り合っている。

 応援するばかりだったインターハイ予選や新人戦と違って、自分たちのこととなれば向き合い方も変わる、か。

 そういう意味では、応援が仕事である私は、いつでもどの大会でも全力で頑張らなくっちゃ。


「クーラーボックスに沢山用意してあるので、試合の合間に食べてくださいね~」

「あ、今欲しい!」

「私も!」

「はいはい、ちょっと待ってくださいね」


 殺到する部員たちにタッパーを差し出して、私はひとりずつ「頑張ってください」を口に出して伝えた。


 それから、大会は粛々と進行していく。

 予選リーグから決勝リーグ、そして優勝決定戦と続く新人戦と違い、錬成大会は各予選リーグの勝利点上位半分が上位リーグ、下位半分が下位リーグへ進む。

 そして上位リーグに進んだチームの中から、最終的な勝利点が多い順に大会の優勝、準優勝、三位が決まるというしくみになっている。


 下位リーグは、特に賞レースに絡むことは無いが、負けても最後まで試合があるという役割が大きい。

 市のスポーツ振興イベントらしい、地域全体のレベルアップを目的とした大会というわけだ。


 沢産剣道部は、当然すべて上位リーグへ――かというと、そうでもない。

 レギュラーシャッフルがハンデとして十二分に効いているのか、上位に上がれたのはABDの三チームで、CとEは下位リーグとなった。


 それぞれAチームには、瀬李部長と亜利沙さん。

 Bチームには、はー子先輩と歌音さん。

 Dチームには、鈴奈先輩と晴海さんが属している。


 Cチームの大仏先輩とすずめちゃん、Eチームの安芸先輩と星来さんは残念な結果ではあったけど、気を取り直して下位リーグでは猛威を振るっている。


「勝たなきゃ安芸先輩に殺される……勝たなきゃ安芸先輩に殺される……」

「だ、大丈夫だよ星来さん。流石にそんなことは無い……と思うよ」


 下位リーグに落ちてしまったことで、実質チームリーダーである安芸先輩の視線を怖がっていた彼女だったが、個人戦績自体は実は悪くない。


 先鋒の安芸先輩に続く次鋒を任され、彼女の勝利を後ろに繋ぐという重要な役目を担いながら、勝ち星こそ少ないものの負けはない。

 全部がという、大健闘を見せている。


 これがまた、普段は大人しくて内向的なのに、試合になると吹っ切れた……というかヤケクソみたいに前のめりになるんだ。

 それが功を成しているのは言うまでもない。


 一方で、同じく下位リーグ落ちのすずめちゃんは、悔しがることは悔しがっていたものの、単に試合に出れること自体が嬉しいようで生き生きとしている。


「下位リーグは全勝が目標! なづなちゃんも応援しててね~!」

「うん、頑張って――わっ」


 試合場に向かうすずめちゃんに手を振り返そうとしたところで、突然後ろから抱き着かれて驚いた。

 大仏先輩だった。


「今日は充電不足……力、出ない」

「あ……ご、ごめんなさい。試合に出る選手が多いせいか、私もてんてこまいで」

「大仏、なづなが困ってるだろ」


 私の背中に張り付いて深呼吸をする彼女の首根っこ――もとい、胴の結び紐を掴んで、瀬李部長が引きはがしてくれた。


「充電中だったのに……」

「今日のマネージャーは忙しいんだ。勘弁してやってくれ。行っていいぞ、なずな」

「はい、すいません」

「充電器~」


 離れていく私の背中に、大仏先輩が名残惜しそうに手を伸ばす。

 実際、あっちこっちスコアや備品を回収しに試合場を駆け回らないといけないので、申し訳ないけど今日は大仏先輩ひとりの相手をしてる暇はない。

 流石は、瀬李部長。

 助かりました。


 次いで向かった上位リーグの会場では、BチームとDチームの試合が行われている真っ最中だった。

 経過は副将戦。

 先鋒は、お互いに一本ずつで譲らずの引き分け。

 次鋒はDチーム・鈴奈先輩が勝利を決めて、中堅はBチーム・歌音さんが勝利。


 一勝一敗一引き分けのイーブンの状況で、副将戦――Bチーム・はー子先輩vsDチーム・晴海さん。


「――コテあり! 勝負あり!」


 私には、未だに何が起きているのか分からない一瞬の攻防を経て、ここは副部長の貫禄ではー子先輩が勝利を収める。


「届かなかったー! くやしー!」


 悔しそうに声をあげるが、晴美さんの様子はどこかサッパリした笑顔だった。


「でも、時間ギリギリ。もうちょっとで引き分けだったよ」

「あたしとしては、勝ちに行ったつもりだったんだけどね~。流石に、はー子はんには敵いまへんなぁ」

「あはは、ちょっと似てる」


 後半、はー子先輩のモノマネをして見せた彼女に、思わず釣られて笑みがこぼれた……けど、はっと視線を感じてコートの向こう側を見れば、面を外し終えたご本人がニコニコと笑顔でこちらを見ていた。

 き、聞こえたなんてことないよね……?

 とりあえず、そそくさとその場を離れる私である。




 そして、一日で数多の試合が終わり表彰式が執り行われる。


「第一位、左沢産業高等学校、Aチーム」

「はい!」


 チームを代表して瀬李部長と副将を担当した二年の先輩が、市のお偉いさんから優勝楯と賞状を受け取り、会場の拍手を浴びる。


「亜利沙さん、おめでとう」

「なづなちゃん、ありがとう」


 Aチームで次鋒として貢献した彼女に、労いの言葉をかける。


「なづな飯、マジで効いたね」

「前も言ったけど、みんなの頑張りの結果だよ。それに、ほんとに効くなら全チーム優勝になってもらわなきゃ、私が納得できない」

「それもそっか」


 実際、そのくらいの気持ちはあった。

 だけど、決して叶わない願いだ。


 勝者が居れば、敗者が居る。

 それが競技スポーツで、大会――ひいてはというものだ。


「ところで、今日はこのあと寮で全員で打ち上げ――もとい、懇親会なわけだけど、ご飯は?」


 亜利沙さんの問いかけに、私はふんと鼻を鳴らして胸を張る。


「山形の秋と言ったら、をやらなきゃ嘘でしょ」

「アレ……ああ、アレね!」


 同じ東北出身である彼女は、ちょっと考えたらピンと来たようだ。

 せっかくの大人数だし、アレ、やっとかないとね。


 みんなで、大きな鍋を囲もう!

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