目抜き通りを行くと、すぐに辺りの屋台から呼び込みが掛かる。
街じゃ条例だなんだで呼び込みが禁止される地域が多くなってるけど、そういう点で言えば学園祭は無法地帯だ。
「真っ白どろどろぶっかけ放題のどんどん焼きで~す!」
え、なにそれ……って、マヨネーズか。
そう言えば、すずめちゃんがどんどん焼き食べたいって言ってたな。
帰りにお土産で買って行ってあげよう。
「練乳ぶっかけかき氷! どうですか~!?」
「おっぱいプリンにもぶっかけ放題!」
ぶっかけ好きすぎない? ねぇ?
高校の学園祭のノリってそういうもん?
男子生徒たちの悪ノリに、立ち寄るのは若干気が引けるけど、そう言えば朝から試食以外何も食べてないんだよなってのを思い出す。
少し摘まんで行くか、それともいっそ学科の
「うーん……あ、そうだ」
ひとつ、いい案を思いついて、私は野外の目抜き通りから校舎の方へと歩みを進めた。
校舎の中も、外と変わらず色とりどり(かつお手製)の装飾で、賑やかに飾り立てられている。
違いがあるとすれば、テントではなく教室そのものが模擬店スペースとなっていることで、
その中でも私の目的地である商業科二年の模擬店――ひときわ異彩を放つ、二年フロアのエントランスへと足を踏み入れた。
「わっ、すご」
そこに広がっていたのは、さながらシンデレラの舞踏会だ。
壁に白幕を張った広いエントランスに、丸テーブルがそこかしこに設置され、上に
その合間を、昔のヨーロッパの貴族が着ていそうなスーツやドレスに身を包んだ男女が闊歩し、料理に舌鼓を打ちながら、和やかに談笑していた。
商業科二年全コース合同出店――貸衣装喫茶「ルネッサンス」。
私たち一年の催しが、店員が衣装を着て本格中華空間を演出するお店なのに対して、二年生はお客に衣装を着せて疑似体験空間を提供するお店だ。
「あれ、なづなちゃんじゃん」
「あ、鈴奈先輩。お疲れ様――って、わぁ」
声をかけてくれた彼女の姿を見て、思わずため息が零れる。
先輩が身に着けていたのは、可愛らしいフリルがついたブラウスに、パリッと折り目がついた黒のパンツ。
髪の毛も後ろでシニョンにまとめて、ちょっぴり男装テイストのシュッとした立ち姿だった。
「すご、すご。それは、どういう衣装で?」
「一応、仕立て屋さんって設定。教室をスタッフやお客さんの更衣室にしててね、美容コースはそっちで着付けが主な仕事なのだよ」
お茶らけた様子で笑いながら、彼女は肩にかけた巻き尺を摘まみ上げる。
なるほど、着付けの瞬間からすでに疑似体験は始まってるってことか。
これは、思った以上に手の込んだ出店だね。
「二年生って、毎年
「そ。美容コース二年の課題にパーティー用の着付けとヘアアレンジがあってね。その実践を兼ねての出店」
「衣装ってどっから?」
「これは工業科の作品。二年の被服コースの課題でドレス作りがあるらしくって、講評が終わった後の作品を有志に融通して貰ってるの。それで毎年新作が増えてって、今ではこの品ぞろえ」
「へぇ~」
定番の出店ってことで、来年は自分たちがこれをやるわけだ。
その意味でも、すごく興味深い。
調理コースの役割は、言わずもがな立食の軽食作りだろう。
ビュッフェ用の
そして美容コースが着付け、調理コースが料理となれば、商業コースは――
「あ、ちょうどいいところに。おーい、瀬李。マネージャーちゃんが来てるよ」
「ん? ああ」
「ぶっは!」
突然のことに、変な咳が漏れた。
手にしていた料理のトレーをテーブルにサーブし終え、にこやかな笑顔でこちらにやってきた瀬李部長が身に着けていたのは、真黒な燕尾服だった。
ジェルで綺麗な毛束にまとめられた髪を揺らして、恭しく頭を下げる。
「ようこそ、お越しくださいました、お嬢様」
「おじょ――えー、やば、やばば! なんですかこれ、なんですかこれ」
「ねー、破壊力やばいっしょ? あたしが着つけました、執事の瀬李
「やばすぎですこれ!」
鈴奈先輩とふたり、すっかり語彙力を失ったミーハーなアイドルファンみたいになって、キャッキャと黄色い声をあげる。
これは、いや……もう、なんていうか、言葉は不要!
似合ってるとかどうとかの話じゃない。
ほとんど、歩く兵器だよ。
「剣道部の屋台はもう落ち着いたのか?」
「え、あ、は、はい。ようやく落ち着いて、交代で休憩を貰いました」
「そうか。すまないな。午前中は、こっちにかかりきりで、全然顔を出せなくて」
「いえいえ。この盛況っぷりを見れば、理解できます」
執事モードから、いつもの部長モードに戻った瀬李部長だったが、格好が格好なので何気ない笑顔が破壊力抜群だ。
頭に血が上ってくらっとしてしまいそうになるのを、鼻を抑えてどうにか押しとどめる。
「それで、寄ってく? 貸衣装だけなら、着付け三〇分でチケット五枚。プラスでビュッフェが三〇分ごとに五枚って感じだけど」
「あ~……売り上げに貢献したいのはやまやまですけど、私このあと学科のシフトが入ってて。そんなに長く居られないんですよね。それに、
「そっか、残念。せっかく、可愛くしてあげようと思ったのに……あっ、そうだ!」
苦笑する鈴奈先輩だったが、不意に思い出したように声をあげる。
それから、隣に居た瀬李部長の背中を、どんと押した。
「瀬李、休憩取れてないからさ、連れてってあげてよ」
「え、私がですか?」
「鈴奈、私は休憩なくても、このまま剣道部の方に行くだけだから」
「休憩は、ぶっちゃけどっちでも良いんだけど、いい機会だから」
「いい機会?」
尋ねると、鈴奈先輩が私に顔を寄せながら、エントランスの方を後ろ手に指さす。
「瀬李、
「あ……ああ、そういう」
ちらりと盗み見るようにエントランスを見ると、何人かのドレス姿の子たちが、熱い視線を瀬李部長の背中に送っている。
確かに、理由もなく「時間なので、はいサヨナラ」ではカドが立ちそうな勢いだ。
「まあ、部長がそれでいいなら」
「一年の出店も見ておきたかったし、手間じゃなければお願いしようかな」
「決まったね。じゃあ、よろしく!」
善は急げというか、ほとんど追い出されるように部長とふたり、模擬店から追い出されてしまった。
男装執事とチャイナ娘という、奇妙な取り合わせで半ば途方に暮れた様子だったが、気を取り直して部長を見上げる。
「じゃあ、娘娘に行くんで良いですね?」
「ああ……あー、いや」
頷きかけた部長が、言葉を取り消して首を横に振る。
「なづなは、すぐシフトに入らなきゃいけないのか?」
「いえ、すずめちゃんが時間を作ってくれたので、あと三、四〇分くらいはありますけど」
「だったら、私も、店から出られなくて、全く回れてないんだ。少し、見て回らないか?」
言いながら人差し指をくるくるする先輩に、私は、驚きながらも食い気味に頷く。
「はい! ぜひ!」
「うん。じゃあ、ここは――」
部長はその場に
「参りましょう、お嬢様……なんて、真面目にやると少し恥ずかしいな」
そう言って、ちょっぴり恥ずかしそうにはにかんで見せた。
また立ち眩みがしそうになって、ぎゅっと太ももを
一緒に回るなんて、ちょっと早まったかな。
私の気力……シフトの時間まで持つだろうか。