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第44話 学園祭の王子様① ~七宝焼き体験~

 再び学園祭へと繰り出す。

 さっきまでと何ひとつ光景は変わっていないのに、隣に瀬李部長がいると言うだけで、心なしか模擬店の看板や店構えまで、輝き数割増しで見える。


(これってデート……だよね)


 女同士で何言ってるんだって話でもあるけど、隣に居るのは男装の令嬢なわけで。

 気分的には、そう認識してしまうのも仕方ないというか。


 となれば、今までは単なる興味の対象だったあのお店もこのお店も、立派なデートスポットに様変わりする。

 輝きの正体は、それか。


「ミスコンの投票お願いしまーす」


 廊下の向こうから、大きなボードを手にした生徒たちが練り歩いてくる。


「ミスコンですって。そんなのあったんですね?」

「ああ、アレか」


 クラスで、誰が出るとかそんな話出てたっけ?

 私がクラスの出し物の会議に、ほとんど顔を出してないせい?


「一体誰が――って、セクシー野菜!?」


 近づいてきたボードを目にして、すべての疑問は貼れた。

 ボードに貼られた写真に写っていたのは、人の形をした大根やら、ふたコブにたわわに実った南瓜だったり――要するに、えっちな形に成った農作物たちだった。


「農産科の恒例イベントだ。ウチの高校でと言えば、セクシー野菜コンテストを指す」

「あはは……そうなんですね」

「良かったら投票してってくださーい」


 にこやかな笑顔の女生徒に、丸いシールを渡される。

 流石に「いらない」と言うのもなんなので、足を組んだ格好の大根にペタリと張り付けておいた。


 アピールワードは、『〝氷の微笑〟を湛えるミステリアス美女♡』らしい。

 そう言われてみれば……そういう風に見えなくもない、かな?


「シールの台紙は、そのままラストの競りの参加券になってるので、失くされないようにお願いしまーす」

「競り?」

「ミスセクシー野菜が決まった後に、エントリー野菜の競売をやるんですよ。十六時くらいから開催の予定なのでぜひ!」


 女生徒は、満面の笑みで去っていった。


「思えば、農協のお祭りとかもセクシー野菜大人気でしたね……」

「そうなのか? まあ、みんな楽しんでるなら良しとしよう」

「そうですね」


 部長とふたり苦笑しあって、また練り歩きを続ける。


「そう言えば、部長は行きたいところとか無いんですか?」

「いや、今年は出店にかかりきりになるつもりだったから。なづなは、無いのか?」

「私も似たような感じで……まあ、ぶらっとひと通り見て回りたいなとは思っていましたけど。敵情視察を兼ねて――」


 言いながら、持ってきたパンフレットを広げてみる。


「大きそうな出店はこことかですね~。工業科三年のリアル脱出ゲーム」

「ああ、仕掛けから装飾から、全部手作りで手が込んでるって聞いたな。行ってみるか?」

「私、謎解きとかそういうの苦手なんですよね……あとは、農産科三年の貸しBBQとか」

「芋煮会と併設してるという話だ。一年が農産や畜産の直売をしてて、それを焼いて食べるスペースを貸し出すのがメインだってな」

「はー、学年を越えて連携してるんですね。よく考えてるなぁ」


 しかし、売り上げの計上自体は出店ごとだ。

 強いライバルではあるが、圧倒的ではないはず。


「他には……って、そもそもこの辺ってどこなんでしょう」

「工業科棟だから、ええと……ここだな」


 パンフレットを覗き込んだ部長が、地図の一角を指さす。


「工業科二年のワークショップか」

「へぇ、アクセサリー作り体験」

「ちょっと覗いてみるか?」

「そうですね。通り掛けですし」


 工業科二年のワークショップは、教室それぞれを半分ずつブースで区切って、簡単な工芸体験ができるようになっていた。


「アロマキャンドルに、刺繍、和紙作りとかもありますね~」

「石鹸なんてのもあるぞ。石鹸って、作れるのか?」

「ベースの石鹸があって、そこにアロマ練りこんだりとか、色つけたりとかするみたいです」

「なるほど」


 どこもチケット数枚のリーズナブルな値段で体験できて、作ったものはお持ち帰りもできるようだ。

 ただ、こういうのって時間かかっちゃうから、次のシフトのことを考えると冷やかすだけかなぁ。


「七宝焼き体験、今ならすぐ入れますよ~」


 そんな時、教室の入り口で客引きをしているブースがあった。


「七宝焼きって、なんだっけ?」

「確か、ガラス細工じゃなかったでしたっけ? 色とりどりのガラスで、ブローチとかペンダントとか作るやつです」

「ああ、道の駅とかで見たことがあるな」

「良かったらどうですか!」


 ふと足を止めてしまったところを、呼び込みの生徒に捕まってしまった。

 手には小さなトレーを持って、その中に完成品の七宝焼きがいくつか並んでいた。


 青や緑、赤、色とりどりのガラスでできたアクセサリーが、宝石のような輝きを放っている。

 綺麗だなぁ。


「あ……でも、時間かかりますよね?」

「そうですねぇ。凝る方は、時間がいくらあっても足りないようですけど、簡単なものなら十分から十五分くらいでいけますよ」


 おっと、絶妙に断れない時間。

 どうしようか。

 なんにせよ、私の一存では決められないし、瀬李部長に視線を送る。


 部長は、サンプルをまじまじと見つめてから、何か納得したように頷く。


「いいな。せっかくだし、やっていこうか」


 笑顔でこちらを向いた部長に、私も特に異論はなかった。

 客引きの生徒にチケットを渡して、教室の中へと案内してもらう。


 学習机をくっつけて作られたワークスペースの一角に腰を下ろすと、担当の工業科の生徒がすぐにやってきた。


「よろしくお願いします。あんまり時間が無いって聞いてますが?」

「そうなんです。次の模擬店のシフトがありまして」

「じゃあ、シンプルコースで行きましょうか」


 言いながら、彼女は手のひらサイズの円盤状の金属板を取り出す。


「七宝焼きは、この銅板に釉薬ゆうやくと呼ばれるガラスの素を塗布して焼くことで、独特のツヤツヤした仕上がりになります。釉薬は、絵の具みたいなものです。絵を描いたり、敷居の金属板を置いてステンドグラスみたいに色を分けることもできます。ただ、時間が無いということなので、今回はシンプルに単色の塗布にしてみましょう。お好きな色を選んでください」


 そう言って、机の上に色とりどりの釉薬が並んだ。

 よく見る水彩絵の具よりもした印象で、言い方は悪いけど色付きの泥みたいだ。


「焼くと、色が少し暗くなるのでそれを加味して選ぶと良いですよ。例えばこのピンク色ので、焼き上がりは臙脂えんじ色になります」

「へぇ。じゃあ、私、それにします」


 臙脂ってようはワインレッドだよね。

 私の好きな色。


「じゃあ、私はこっちの水色にしよう。焼くと、紺色になるのかな?」

「そうですね。そちらは、綺麗な瑠璃色になります」

「いいな。じゃあ、それでお願いします」


 部長は、青っぽい釉薬にするようだ。

 なんか、対の色っぽくていいね。


「それじゃあ、釉薬を塗っていきましょう。まずは、銅板の真ん中に、山になるように乗っけます。それを端の方に向かって、伸ばしていくイメージです。この時、真ん中から端に向かって、どんどん釉薬が薄くなっていくのをイメージしてください」

「ええっと、こういう感じですか?」

「そうです。お上手ですね!」

「これ、釉薬が足りない時は、また真ん中から足せばいいのかな?」

「はい。無理に薄く延ばすよりは、足しちゃってください」


 ふたりで黙々と、銅板に釉薬を塗り込む。

 なんか、楽しいな。

 延々と餃子を包む時の感覚に似てる。


「釉薬を塗り終えたら、その上にお好みでガラス片フリットガラス細工ミルフィオリを載せていきましょう。それが七宝焼きの模様になっていきます」

「どのくらい載せると良いんですか?」

「本当にお好みで良いですよ。ただ、フリットもミルフィオリも焼くと膨らんで広がるので、あまりぎゅうぎゅうにはしないほうが良いと思います」


 なるほど、だとしたら何をどう乗っけるか考えていかないとね。

 実は、こういうのは結構得意だ。

 絵を描くのはあんまり得意じゃないけど、パッチワークっていうか、モンタージュっていうか、そういうの。


 料理の盛り付けと同じなんだよね。

 お皿の上に、どういう風にメインの料理や付け合わせを載せていくか。

 ぎゅうぎゅうに沢山置いたからと言って良いものでもない。

 余白もまた、芸術のひとつなり。


「――こんな感じかな?」


 ピンク色の釉薬の上に、お花柄のミルフィオリを中心に、辺りに色とりどりのフリットをパラパラパラ。

 花束をイメージした、オリジナルの七宝焼きだ。


「部長は、どうですか?」

「ん? ああ、こんな感じだな」


 見せてくれた部長の七宝焼きは、水色の釉薬の上に、色とりどりの大きめのフリットが、テトリスのピースみたいに綺麗に組み合わさって並んでいた。


「ちょっとした、ステンドグラス風味ですね」

「モザイクタイルとか好きで。そのイメージで作ってみたんだ」

「あ、分かります。綺麗ですよね~」


 談笑している間に、工業科の生徒が完成品をそっとトレーに取る。


「他のお客さんのと順番に焼成しているので、焼きと冷ましだけ、ちょっとお時間いただきます。こちら整理券になるので、小一時間ほどしたら、こちらまでお持ちください」

「分かりました。よろしくお願いします」


 作品を預けて、私たちはワークショップを後にした。


「焼き上がりが楽しみだな」

「そうですね。作るのは初めてだったので、いい経験になりました」


 時間にして二十分ほど。

 本当に、サクッとできてしまった。


「そろそろ、娘娘ニャンニャンの方に行きましょうか」

「ああ。なづながシフトに遅れるのも申し訳ないしな」

「ありがとうございます。でも、ちょっと残念だなぁ」

「うん?」


 キョトンとして見つめる部長に、私は苦笑で返す。


「せっかく部長と学園祭回ってたのに。もうちょっと、ゆっくりしたかったです」


 思ったより素直に、そんな言葉が口から零れた。

 部長は、ちょっぴり驚いた様子で目を丸くしたあと、すぐにいつもの笑みを湛えた。


「そうだな。だが、まだ学園祭自体が終わったわけじゃないぞ」

「はい。残りの時間も頑張ります!」


 彼女の言う通り、学園祭はまだまだ終わらない。

 売り上げ一位を目指して、ここからが踏ん張りどころだね。

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