再び学園祭へと繰り出す。
さっきまでと何ひとつ光景は変わっていないのに、隣に瀬李部長がいると言うだけで、心なしか模擬店の看板や店構えまで、輝き数割増しで見える。
(これってデート……だよね)
女同士で何言ってるんだって話でもあるけど、隣に居るのは男装の令嬢なわけで。
気分的には、そう認識してしまうのも仕方ないというか。
となれば、今までは単なる興味の対象だったあのお店もこのお店も、立派なデートスポットに様変わりする。
輝きの正体は、それか。
「ミスコンの投票お願いしまーす」
廊下の向こうから、大きなボードを手にした生徒たちが練り歩いてくる。
「ミスコンですって。そんなのあったんですね?」
「ああ、アレか」
クラスで、誰が出るとかそんな話出てたっけ?
私がクラスの出し物の会議に、ほとんど顔を出してないせい?
「一体誰が――って、セクシー野菜!?」
近づいてきたボードを目にして、すべての疑問は貼れた。
ボードに貼られた写真に写っていたのは、人の形をした大根やら、ふたコブにたわわに実った南瓜だったり――要するに、えっちな形に成った農作物たちだった。
「農産科の恒例イベントだ。ウチの高校で
「あはは……そうなんですね」
「良かったら投票してってくださーい」
にこやかな笑顔の女生徒に、丸いシールを渡される。
流石に「いらない」と言うのもなんなので、足を組んだ格好の大根にペタリと張り付けておいた。
アピールワードは、『〝氷の微笑〟を湛えるミステリアス美女♡』らしい。
そう言われてみれば……そういう風に見えなくもない、かな?
「シールの台紙は、そのままラストの競りの参加券になってるので、失くされないようにお願いしまーす」
「競り?」
「ミスセクシー野菜が決まった後に、エントリー野菜の競売をやるんですよ。十六時くらいから開催の予定なのでぜひ!」
女生徒は、満面の笑みで去っていった。
「思えば、農協のお祭りとかもセクシー野菜大人気でしたね……」
「そうなのか? まあ、みんな楽しんでるなら良しとしよう」
「そうですね」
部長とふたり苦笑しあって、また練り歩きを続ける。
「そう言えば、部長は行きたいところとか無いんですか?」
「いや、今年は出店にかかりきりになるつもりだったから。なづなは、無いのか?」
「私も似たような感じで……まあ、ぶらっとひと通り見て回りたいなとは思っていましたけど。敵情視察を兼ねて――」
言いながら、持ってきたパンフレットを広げてみる。
「大きそうな出店はこことかですね~。工業科三年のリアル脱出ゲーム」
「ああ、仕掛けから装飾から、全部手作りで手が込んでるって聞いたな。行ってみるか?」
「私、謎解きとかそういうの苦手なんですよね……あとは、農産科三年の貸しBBQとか」
「芋煮会と併設してるという話だ。一年が農産や畜産の直売をしてて、それを焼いて食べるスペースを貸し出すのがメインだってな」
「はー、学年を越えて連携してるんですね。よく考えてるなぁ」
しかし、売り上げの計上自体は出店ごとだ。
強いライバルではあるが、圧倒的ではないはず。
「他には……って、そもそもこの辺ってどこなんでしょう」
「工業科棟だから、ええと……ここだな」
パンフレットを覗き込んだ部長が、地図の一角を指さす。
「工業科二年のワークショップか」
「へぇ、アクセサリー作り体験」
「ちょっと覗いてみるか?」
「そうですね。通り掛けですし」
工業科二年のワークショップは、教室それぞれを半分ずつブースで区切って、簡単な工芸体験ができるようになっていた。
「アロマキャンドルに、刺繍、和紙作りとかもありますね~」
「石鹸なんてのもあるぞ。石鹸って、作れるのか?」
「ベースの石鹸があって、そこにアロマ練りこんだりとか、色つけたりとかするみたいです」
「なるほど」
どこもチケット数枚のリーズナブルな値段で体験できて、作ったものはお持ち帰りもできるようだ。
ただ、こういうのって時間かかっちゃうから、次のシフトのことを考えると冷やかすだけかなぁ。
「七宝焼き体験、今ならすぐ入れますよ~」
そんな時、教室の入り口で客引きをしているブースがあった。
「七宝焼きって、なんだっけ?」
「確か、ガラス細工じゃなかったでしたっけ? 色とりどりのガラスで、ブローチとかペンダントとか作るやつです」
「ああ、道の駅とかで見たことがあるな」
「良かったらどうですか!」
ふと足を止めてしまったところを、呼び込みの生徒に捕まってしまった。
手には小さなトレーを持って、その中に完成品の七宝焼きがいくつか並んでいた。
青や緑、赤、色とりどりのガラスでできたアクセサリーが、宝石のような輝きを放っている。
綺麗だなぁ。
「あ……でも、時間かかりますよね?」
「そうですねぇ。凝る方は、時間がいくらあっても足りないようですけど、簡単なものなら十分から十五分くらいでいけますよ」
おっと、絶妙に断れない時間。
どうしようか。
なんにせよ、私の一存では決められないし、瀬李部長に視線を送る。
部長は、サンプルをまじまじと見つめてから、何か納得したように頷く。
「いいな。せっかくだし、やっていこうか」
笑顔でこちらを向いた部長に、私も特に異論はなかった。
客引きの生徒にチケットを渡して、教室の中へと案内してもらう。
学習机をくっつけて作られたワークスペースの一角に腰を下ろすと、担当の工業科の生徒がすぐにやってきた。
「よろしくお願いします。あんまり時間が無いって聞いてますが?」
「そうなんです。次の模擬店のシフトがありまして」
「じゃあ、シンプルコースで行きましょうか」
言いながら、彼女は手のひらサイズの円盤状の金属板を取り出す。
「七宝焼きは、この銅板に
そう言って、机の上に色とりどりの釉薬が並んだ。
よく見る水彩絵の具よりも
「焼くと、色が少し暗くなるのでそれを加味して選ぶと良いですよ。例えばこのピンク色ので、焼き上がりは
「へぇ。じゃあ、私、それにします」
臙脂ってようはワインレッドだよね。
私の好きな色。
「じゃあ、私はこっちの水色にしよう。焼くと、紺色になるのかな?」
「そうですね。そちらは、綺麗な瑠璃色になります」
「いいな。じゃあ、それでお願いします」
部長は、青っぽい釉薬にするようだ。
なんか、対の色っぽくていいね。
「それじゃあ、釉薬を塗っていきましょう。まずは、銅板の真ん中に、山になるように乗っけます。それを端の方に向かって、伸ばしていくイメージです。この時、真ん中から端に向かって、どんどん釉薬が薄くなっていくのをイメージしてください」
「ええっと、こういう感じですか?」
「そうです。お上手ですね!」
「これ、釉薬が足りない時は、また真ん中から足せばいいのかな?」
「はい。無理に薄く延ばすよりは、足しちゃってください」
ふたりで黙々と、銅板に釉薬を塗り込む。
なんか、楽しいな。
延々と餃子を包む時の感覚に似てる。
「釉薬を塗り終えたら、その上にお好みで
「どのくらい載せると良いんですか?」
「本当にお好みで良いですよ。ただ、フリットもミルフィオリも焼くと膨らんで広がるので、あまりぎゅうぎゅうにはしないほうが良いと思います」
なるほど、だとしたら何をどう乗っけるか考えていかないとね。
実は、こういうのは結構得意だ。
絵を描くのはあんまり得意じゃないけど、パッチワークっていうか、モンタージュっていうか、そういうの。
料理の盛り付けと同じなんだよね。
お皿の上に、どういう風にメインの料理や付け合わせを載せていくか。
ぎゅうぎゅうに沢山置いたからと言って良いものでもない。
余白もまた、芸術のひとつなり。
「――こんな感じかな?」
ピンク色の釉薬の上に、お花柄のミルフィオリを中心に、辺りに色とりどりのフリットをパラパラパラ。
花束をイメージした、オリジナルの七宝焼きだ。
「部長は、どうですか?」
「ん? ああ、こんな感じだな」
見せてくれた部長の七宝焼きは、水色の釉薬の上に、色とりどりの大きめのフリットが、テトリスのピースみたいに綺麗に組み合わさって並んでいた。
「ちょっとした、ステンドグラス風味ですね」
「モザイクタイルとか好きで。そのイメージで作ってみたんだ」
「あ、分かります。綺麗ですよね~」
談笑している間に、工業科の生徒が完成品をそっとトレーに取る。
「他のお客さんのと順番に焼成しているので、焼きと冷ましだけ、ちょっとお時間いただきます。こちら整理券になるので、小一時間ほどしたら、こちらまでお持ちください」
「分かりました。よろしくお願いします」
作品を預けて、私たちはワークショップを後にした。
「焼き上がりが楽しみだな」
「そうですね。作るのは初めてだったので、いい経験になりました」
時間にして二十分ほど。
本当に、サクッとできてしまった。
「そろそろ、
「ああ。なづながシフトに遅れるのも申し訳ないしな」
「ありがとうございます。でも、ちょっと残念だなぁ」
「うん?」
キョトンとして見つめる部長に、私は苦笑で返す。
「せっかく部長と学園祭回ってたのに。もうちょっと、ゆっくりしたかったです」
思ったより素直に、そんな言葉が口から零れた。
部長は、ちょっぴり驚いた様子で目を丸くしたあと、すぐにいつもの笑みを湛えた。
「そうだな。だが、まだ学園祭自体が終わったわけじゃないぞ」
「はい。残りの時間も頑張ります!」
彼女の言う通り、学園祭はまだまだ終わらない。
売り上げ一位を目指して、ここからが踏ん張りどころだね。