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第46話 ラストスパート ~どんどん焼き~

 学科のシフトを終えて、私は剣道部の屋台に戻る。

 途中、工業科のスペースに寄って、出来上がった七宝焼きを受け取った。

 可愛らしくラッピングしてくれた心遣いが嬉しい。


 お花柄の赤い七宝焼きペンダントと、ステンドグラスのように色をちりばめた青いペンダント。

 あの時担当してくれた生徒が言っていた通り、結構スカスカに並べたつもりだった花柄のガラス細工ミルフィオリは、大きく花咲くように広がって、ぎゅうぎゅうの花束――というより、いっそお花畑のようになっていた。


「もうちょっと加減してよかったかな? まあ、可愛いしいいか」


 青空に掲げるようにして持つと、独特のガラスの質感がきらりと光る。

 学園祭のいい思い出になったかな。

 部長と一緒に、学園祭を回った思い出――


 そう思うと、なんかむずがゆいような、襟足が熱いような、妙な気分になる。

 熱を振り払うように、ぶるぶる頭を振ると、見慣れたのぼり旗が目に入る。


「そう言えば、お土産買ってこうって思ってたんだっけ」


 私は、ふらふらっと気の向くままに、露天に歩み寄った。




「お疲れ様です」

「あ、なづなちゃんお疲れ様!」


 剣道部の屋台では、すずめちゃんが鉄板に向かって、大量の焼きそばと格闘していた。

 チャイナ服で大きな両コテを振るい、登り龍にも似た蕎麦の束を相手にする姿は、この上なく様になっている。

 すごい、背後に見えないはずの炎が立ち上るのが見える。


「……って、見とれてる場合じゃないや。はい、これお土産」

「えー、なになに? わー、お好み焼きだ!」

「そう。これが、前言ってた


 袋に入っていたのは、パックに詰まったロール状のお好み焼きだ。

 ひとつひとつが箸に巻かれていて、焼き鳥とかチーズハットグみたいに手で持って齧るように食べるのが特徴的な、芋煮に次ぐ山形のソウルフード。

 どぼんと、ソース壺に浸したように全体にまとわりついたソースの色と香りが、このうえなく食欲をそそる。


「ノーマルと、チーズ入りとあったから、ふたつずつ買って来たよ。すずめちゃんは、好きなの1本どうぞ。みんなも、良かったら分けて食べてください」

「わーい、どれにしようかな?」


 ノーマルとチーズ入りは、見た目だとあまりよく分からないが、よく見るとロールのすき間から溶けたチーズが垂れている。

 どんどん焼きとしては邪道だけど、これはこれで美味しそうだから仕方ないよね。


「うーん、迷うけど初めてだからノーマルにする! なるほど……クレープより厚いくらいの生地に、具は魚肉ソーセージと、青のりと、紅ショウガだけ? シンプル―!」


 一本を手に取ったすずめちゃんは、物珍しそうに全体を眺めてから、あーんと大きな口でかぶりついた。


「あ、思ったよりもちもち系だ! でも、ふわふわもする?」

「たぶん、生地に山芋入ってるんじゃないかな?」

「あー、美味しいよね! 薄い生地だけど、くるくる巻いてあるから噛み応えはすごいボリューム。口の中いっぱいに、ソースを頬張ってるみたい!」

「気に入ってくれたみたいで、何よりだよ」


 これは、ちょっと早めにシフトを代わってくれたお礼みたいなものだ。

 喜んでもらえたなら、それだけで嬉しい。


 見てると、お腹空いてくるな。

 私も、切って貰ったチーズ入りの方をひと切れ口にする。


「あ、結構甘い系のソースだ。でも、チーズのコクとしょっぱさが甘いソースに絡みついて、これはこれでアリだね」


 思いっきりカロリー爆弾だから、頻繁に食べるのは女子としてはばかられるけど、たまに食べたくなるジャンクさ。

 この感じが、子供のおやつであるところのって感じがしていい。


「ごちそうさま、なづなちゃん。じゃあ私、学科の方に帰るね」

「うん、ありがとう。お互い、ラストスパート頑張ろう」

「うん! 売って売って、売りまくるぞ~!」


 えいえいおー、と拳を振り上げて、すずめちゃんはソースの匂いを棚引かせながら校舎へと戻っていく。

 ほんと、体力あるなぁ……それこそ、日ごろの鍛え方が全然違うんだろう。

 あの体力は、料理人としても立派な長所だよね。

 私も負けてらんないなって、元気を分けて貰った気持ちになった。


「学園祭も残りちょっとです。こっから先は、帰る人も増えるので、お土産用を押し出していきましょう」

「売り切りセールとかする?」

「いえ、値段は変えずで。サービスするなら量でいきましょう。食材は、少し多めに用意してあるので」

「おっけー」


 屋台の部員たちも、すっかり手馴れた様子で動きに淀みがない。

 一日かかって、立派なお店の戦力に成長してくれた。

 今では、調理で貢献できない私のほうが、この狭いスペースでお荷物かもしれない。


「はぁ~、えらい肩凝るわ。焼きそばパン、在庫はあといくつ?」

「わ、はー子先輩」


 屋台の後ろから、ドカッと番重を作業台に置いて、はー子先輩が現れた。


「外回り、ひとりですか?」

「安芸とやってたけど、あの子、自分の学科のシフトすっぽかしてたから怒って向かわせたんよ」

「ええっ!? それで、ひとりで……お疲れ様でした」

「それで、売り上げは?」


 先輩は、私の労いに答えることもせず、業務連絡的に溜息をつく。


「焼きそばパン、あとこれだけです。お店でお土産に包む分も考えたら、番重の出番はもう終わりで大丈夫ですよ」

「そ。ならよかったわ~。あとはよろしゅう、おたのもうします」


 言いながら、先輩はふらっと屋台から立ち去ろうとした。


「あ、先輩。そう言えば――」

「うん?」


 思わず呼び止めてしまった。

 私が店番をしていた時に、ご家族らしい人が来ましたよって伝えようと思ってのことだった。


 でも、思えばやっぱり本当にご家族かどうかなんて分からないわけで。

 呼び止めたのはいいものの、掛ける言葉が見つからずに伸ばした手が宙を泳ぐ。


「あの……何でもないです」

「はあ、なんなん? タイムイズマネーやで~」


 抑揚のない声で口走りながら、先輩もどこかへと行ってしまった。

 そこは、の方じゃ無いんだ……なんて思いながら、遠ざかる背中を見つめる。

 すると、入れ違いに瀬李部長が屋台へと顔を出す。


「お疲れ様」

「お疲れ様です……って、部長、服が」

「ああ、学科のシフトは終わったから着替えて来た。こっちのほうが動きやすいしな」


 部長の服装は、さっきまで一緒に学園祭を回っていた時の燕尾服ではなく、いつもの道着姿になっていた。

 瀬李様モード終了かぁ……ちょっぴり残念だけど、あのまま学校中の女子の視線を集められても困る。

 それに、いつもの見慣れた格好の方が目のやり場にも困らずに済むかもしれない。


 ……それでも、残念は残念だけど。


「あと少しだな。みんな、疲れてると思うが頑張ろう」

「はい!」


 部長のひと言で、疲れ始めていた場の空気がピリッ引き締まった。

 こういうところは、学園祭の場であってもいつもの部活と変わらない。

 むしろ、いつもと変わらないからこそ彼女の――部長という存在の言葉には、大きな意味と価値がある。


 それが、左沢高校女子剣道部というもの。

 私ももう少しだけ、限界いっぱいまで頑張ろう。


「剣道部の焼きそばで~す! 今夜の晩御飯に、お持ち帰りいかがですか~!」


 テントの中で役に立てないなら呼び込みを頑張ろう。

 呼び込みも不向きなら、その時は……えーっと……とにかく、何か頑張ろう!


 閉会まで、あと二時間――

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