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第47話 はじける

「間もなく、閉会となります。17時になりましたら、全生徒はグラウンドに集合してください」


 校内にアナウンスが流れるころには、剣道部のテントはすっかり意気消沈して、みんなが真っ白に燃え尽きたように項垂れていた。


 気持ちは分かる。

 すごい疲れたし。

 ただ、マネージャーとしては選手に発破をかけるのも仕事なわけで、私はなけなしの体力を振り絞って手を叩いた。


「完売おめでとうございます! 目標達成です!」

「お、おお~」


 できるだけ溌溂とした声で言ったつもりだったけど、帰ってきたのはヘロヘロの返事だった。

 無理もない。

 目標売上のチケット千枚達成のために、いつもならもっと早く完売して、残りの学園祭の時間をのんびり楽しんでいるであろうところを、閉会ギリギリまで焼きそばを焼き、呼び込みをして、売り歩いたんだ。

 苦労もひとしお、だからこそもう少し余韻を楽しんでくれると、すごくありがたいんだけどなぁ……なんて。


「三年間で、一番大変な学園祭だった……」


 とりわけ疲れ切っているのが、三年生の引退した先輩方だ。

 先輩方と言えば、部の出店だけでなく学科の出店も、人によっては実行委員としてそれ以外の祭り中のイベントも、右へ左へ大わらわな人が多い様子だった。

 それもこれも、今回が高校生活の学園祭だからという気概が大きい。


「でも、めっちゃ楽しかったー!」

「お昼のピークマジでヤバかったよね」

「焼きそばパン追い付かなかった。ヘルプ来なかったら死んでたわ」


 次第に興奮と熱が戻って来たのか、いくらかはじけた声でワイワイと感想を語り合う。

 良かった……単に疲れて終わったんじゃ、こっちとしても心残りだ。

 学園祭だもの、最後は楽しい思い出で締めて欲しい。


「ほら、閉会式始まるぞ。移動、移動」

「うい~」


 すっかり管を巻き始めた部員たちに対して、瀬李部長が率先して移動を促す。

 すっかり地面に根が張ってしまいそうだった部員たちもようやく重い腰を上げて、そぞろにグラウンドを目指した。




「それではこれより、閉会式、および後夜祭を開始します」


 グラウンドに立てられた仮設ステージのうえで、学園祭の法被はっぴを羽織った筋肉質な男子生徒(確か実行委員長)が、高らかに宣言する。


「売り上げランキングの結果は、振替休日が明けたあとに掲示板で発表となります。皆さん、今日一日、そしてこれまでの準備、本当にお疲れ様でした!」


 ピーピーと、口笛交じりの歓声が沸き起こった。

 元気な人は、まだまだ元気だなぁと、公園で子供が遊ぶのを見守るお婆ちゃんみたいな気持ちになりながら、私は今一度この数週間のことを振り返る。


 自分から提案したことだけど、売り上げランキング上位を目指して目標を決めて、そのために商品を考え、売り方を考え、人員とコストを計算する。

 楽しかった、けどすごく大変だった。

 これから私が高校を卒業して、大学に行くのか、調理専門学校に行くのか、それとも修行に出るのかは分からないけど、いつか実家の定食屋を継いだり、自分のお店を持ったりしたら、毎日がこの数週間のような生活になるわけだ。


 慣れの問題もあると思うけど、有体に、すごく大変なことだと思った。

 当たり前にこなしながら自分を育ててくれた両親の苦労と感謝が身に染みた気分だ。


 同時に、自分の浅はかな行動で、数日ながらも営業停止に追い込んでしまった責任も改めて――


「――どうした?」


 気づくと、隣に立っていた瀬李部長の顔を見上げていた。

 私の、浅はかな行動の当事者であり、被害者。

 彼女は、今しがた私の視線に気づいた様子で、キョトンとした顔で見下ろす。


「ああ……いえ、充実した時間だったなって。ここ数週間のことを思い返してたんです」

「そうか」


 部長の言葉は、いつだって涼やかで真っすぐだ。

 迷いなく、すとんと私の心の中に入ってくる。


 彼女の誘いがなければ、私はこうして剣道部のマネージャーをしていることは無かっただろう。

 一度は断った手前、そこで彼女が諦めていても、同じように無かったこと。

 そう思えば、両親と同じくらいに感謝してもしきれない。


「あっ、そう言えば」


 私は、思い出したように手提げの荷物を漁って、中からラッピングされた七宝焼きを取り出す。


「焼きあがってたので、貰ってきておきました」

「ああ、そうだったな。ありがとう」


 忙しさですっかり忘れていたのか、今思い出したといった様子で、部長がペンダントを受け取る。

 しかし彼女は、袋を空けずにじっとそれを見つめてから、思い立ったように私の方へと差し出した。


「良かったら交換しないか?」

「交換って……え、私のとですか?」

「ああ。なづなの、すごくセンスが良くて良いなって思って見てたんだ。それに比べると、私のじゃ釣り合わないと思うから、無理にとは言わないけれど――」

「いえいえ、そんなことないです! そういうステンドグラスみたいに色だけで表現するの、私には無いセンスなので、羨ましいなーって思ってました!」

「あ、ありがとう」


 食い気味に迫ったせいか、部長は若干気後れしながら苦笑した。


「むしろ、私のでよければ……どうぞ」

「うん、ありがとう。大事にする」


 言いながら今度は本当に、心から嬉しそうに、彼女が笑む。

 そこにはいつもの凛とした頼もしい部長の影もありつつ、どこか年相応の女の子らしい可愛らしさというか、無邪気さのようなものが滲んでいて――私は、すっかり目を離せなくなってしまっていた。


「あの……私も、大事にします。宝物にします」

「そこまでのものじゃないと思うが」

「いいえ、宝物です。私にとっては、今日の思い出の」


 すっかり頭の中は空っぽになって、ぽつりぽつりと答えるのが精いっぱいだった。

 ただ、その空っぽの頭の中にたったひとつだけ、嘘偽りのない自分の気持ちがぽつんと弾ける。




 ――私、瀬李部長のことが好きだ。




 深い水の中に潜ったように、後夜祭の準備で辺りが盛り上がり始めた喧騒は、どこか遠く反響して聞こえて。

 それでも彼女の言葉と、一挙手一投足だけは、どこまでもクリアに私の中を満たして行った。

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