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#2 恥ずい奴と恥ずくない奴


 放課後。私たちはクラスメイトがみんな帰ってしまった教室に二人で残っていた。出席番号順に並べられた私の席は、廊下側の一番後ろの一つ前に位置する。

かっかっと黒板にチョークで書き連ねる音がする。しず子はとある問題に直面している真っ最中だったのだ。黒板に書かれた文字を眺める。


『放課後、とある男子生徒に話があると、言われました。その時、あなたならどーする?

①流れに任せて相手に身を委ねるしかないか?

②相手にトラウマを残してしまう勢いで思いっきりフってやる』


 やはりチョークって書きづらいのか、文末に行くにつれてやや右に寄っていく。どことなく、やんちゃ少女のしず子の性格を表しているなと苦笑した。

 だけど①の『身を委ねるしかないか?』って……。ちょっとだけ、イヤらしい雰囲気を醸し出している。それになんで疑問文? しず子はそういうこと考えるの苦手なんだから、無理にそんな妄想することなかったのに。続く②も、トラウマを残してしまう勢いって書いてあるけど、いったいなにをするつもりなんだろう。しず子って別に樫出かしいでくんのこと、嫌いってわけでもないだろうに。


「で。しず子は、どうしたいのさ?」

 しず子は熱血教師みたいに教卓の机に両手をかけた。

「あのな先生」

「先生……」

「それを一緒に解決しろって言ってんじゃん? てか黒板にこうやって書いたんじゃん?」  

 チョークを粉受けに置いた。

「あのね、しず子くん。こういうのは人に相談したらダメなんだよ。ちゃんと自分はどうしたいか、どうすべきか、自分の気持ちに正直に答えて相手に伝えてあげるべきなんだよ」

「などと、樫出かしいでにあたしのこと訊かれてほいほい答えたようなやつが言ってるわけですがね。つか恋愛の相談してんだよ、今は……」


 しず子はぼそぼそと呟き、先生が座る椅子にどかっとふてぶてしく座り込んで腕を組む。メガネ越しからでも分かるほどの鋭い目付きで、私を睨みつけてきた。図星をつかれた時のように一緒だけ身が凍えるような感覚に包まれる。汗を抑えようと自分の手首を掴んでみた。じわっと汗がにじんだだけだった。


「それは悪かったって思ってるよ……。でもね、しず子のこと、全部教えた訳じゃないよ。ほら、私としず子って小学校来の付き合いなわけじゃん? だから樫出くんにはしず子の人となりをそれとなく、ちょこっと教えただけなんだよ」


 力なく答える。気を落ち着かせようと、机の上でチロルチョコを指で弾いていた。机の端っこまで飛んでいくのを目で追う。机から落ちそうになった寸前で心臓が止まりそうになった。もしかしたら、一瞬止まってしまっていたかもしれない。額には冷や汗が一つ。「チョコだけにちょこっとってか?」なんてしず子が言っていたかも。


「それを教えたっていうんじゃねえの? だいたい、あたしとおまえ、知り合ったのって中学入ってからだったろ」


 しず子は足を組み、怪訝けげんな表情を浮かべた。


「あのね。私たちが知り合ったのは、小学校の頃だから、そんなんだから、しず子はモテないんだよ」

「モテてるわ。モテすぎて困ってるから、いまこうして相談してるんだろうがっ」

「……あっ!お母さんからライン!今日の晩ご飯カルボナーラだってー。やったぁ」

「いや聞けよ。なんかあたし、いまめっちゃモテてます自慢しちゃった恥ずいやつみたいになったじゃん」

「大丈夫です。しず子は、もう既に恥ずいやつですから」

 しず子は椅子から立ち上がり、授業中にスマホいじった生徒を叱りつける先生みたいに、ゆっくり、ゆっくりと私の席に向かって歩いてくる。首を傾げ、目を細めて微笑んでくる。微笑みには、微笑みで返してみる。

「だーれが、恥ずいやつだってえ?」

「痛い痛い、自分で言ったんじゃん……。てか頭ちぎれちゃうぅ〜……」


 両手で私の頭を掴むと、万力の如くにねじりあげてきた。私は、今この瞬間、三蔵法師によってキンコジを付けられた孫悟空の気持ちが言葉通りの意味で、痛いほど伝わった。


 樫出くんがいつの時代の不良かはわからないけど、体育館裏でしず子を今か今かと待ちぼうけてる(であろう)ので、机のフックにかけてあったリュックを背負う。私としず子は、黒板消しを手に持って黒板の文字を消す。消している最中、お互いの黒板消しがぶつかる。まるで刀同士の鍔迫り合いみたいに。そんなことを二度、三度、繰り返した。


「はぁ。さっきの。頭、本当に痛かった……。ったく。しず子の告白がうまくいくように夕飯でも食べながら祈ってますよ」

「はいはい。もしおまえが今後恋愛相談してきても、絶対相談のってやらないからな。せいぜい夕飯のカルボナーラ、喉に詰まらせないようにしろよ」

「またまたー、そんな冗談言っちゃってー。わたしが困ってたらなんだかんだ相談乗ってくれるんでしょ?」

「冗談じゃないからな。本当に、だからな!」

「うんうん。その言葉を信じるよ。だけど、もしも、もしも、だよ?」


 前髪を留めていたヘアピンを外す。髪を手で下ろしてみる。


「な、なんだよ……。なんか嫌な予感……」

「カルボナーラ、喉に詰まらせて死んだら、夜な夜なしず子の枕元に現れてやるぅ〜……」


 幽霊の真似をして両手を垂らす。みるみるうちにしず子が青ざめてギョッとした顔が面白い。


「うわぁ! おばけ!? や、やめろ〜!」

「えっ!? おばけ!? おばけどこ!?」

「お、おまえが〜!」


 しず子は逃げる。私はそれを追う。肩を当てて私を押しのけようとしてくる。私はそれに同じように肩を当てて対抗する。二人して肩を押し当て、廊下を駆けた。


「てかしず子、今日部活だったんじゃないの。よかったの?」

「今日は休みだったはずだけど」

「またサボる気でしょ。またみっきーに怒られるよ?」

 こーんな顔でと目元を吊り上げてみせる。

「ぶはっ。確かにそんな顔しそうだよな!」

「お化けを怖がってるしず子がまさにそんな顔してたよ」

「おまえも怖がってたけどな!」

 しず子の声が廊下に響き渡った。

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