春と言えば、ブルーハワイのかき氷や晴れた空とか海を連想させる青色というよりも、ソメイヨシノの淡いピンクを連想する。でも桜の花びらって人の唇みたいな明るい血色のいいようなピンクじゃなくて、どちらかというと新品のワイシャツとか、無地のノートのページみたいな白色が混じったような色だった気がする。
あと思いつくのは……春の期間限定スイーツとか? きっとお父さんに同じことを訊いても、私が思ってることと同じことを答えるだろう。
今年見た桜は綺麗だったはず。だけど、その時みた桜ってどんな色してたっけ。もう、桜はとっくに散ってしまってるから、どんな色だったか。思い出せない。
駅から徒歩約三分から五分ほど歩いたところの大きい病院。その手前にあるお花屋さんの横にある道路を通り、乗用車が一台分通れるぐらいの狭い路地に入る。ここにくる途中にある坂は、短いんだけど、登る時は少しキツく感じた。
ここから行くと少しだけ近道。距離的にはあまり変わらないけど、こういう抜け道みたいな所を通ると、なんか近道をした気になっちゃう。
その狭い路地を抜けた先にある大きなお家。その前を右手側に突っ切って、行き当たりにドラッグストアと、ドラッグストアの目の前にファミマがある住宅地を通っていく。スマホが振動する。確認すると、ラインの通知が一件届いていた。しず子からだった。
『終わったよ。精一杯言葉を選んだつもりだったけど、樫出のやつ泣かせちまった。ごめんな。おまえの顔立ててやれなくて』
そっかぁ。終わったのかぁ。結果は聞かなくてもわかる。
樫出くんの泣き顔がチラリと脳裏に浮かんだ。「なあ、ごめん。俺、やっぱダメだったよ」と私に泣きついてくるだろうか。それとも、「俺がこんな辛い思いをすることになってしまったのは、どう考えてもおまえのせいなんだからな!」と叱咤されるのだろうか。
学校であわないようにしても、私と樫出くんは席が前後だから、明日になれば嫌でもあうことになってしまうか。
『てかさ。私らくらいの子ってさ、みんな恋したいって思ってるもんなのかな? 私はまだそういうのはちょっと早いかなって思うんだよね』
『みんなそんなもんだべ。おまえの言う通り、付きあうとか、なんか面倒くさいんだよな。自分の時間なくなりそうで、いやなんだ』
やっぱりしず子も私と同じ考えなんだ。それはそうだよね。だってそもそも私たち今年は中学三年最後の年で、もう受験生だよ。進路のことを真剣に考えないと行けない年だよ。
まだ進学する高校も決めてないのに、全米が涙した奇跡のラブストーリーなんて、そんなことしてる場合ではないんじゃないのかな。まったく、恋は人を盲目にさせるというのかなんというのか。
そんなことを考えていると、私のスマホにラインが届く。お母さんからだった。
『夕飯、カルボナーラなんだけど、粉チーズがなかったから、帰りに買ってきてくれる? あとついでに牛乳もなかったから牛乳もお願い。明治のおいしい牛乳じゃなくていいよ! あれだと高いからね』
そういえばお金、なかったな。一回家に帰らなきゃ。まあ、うん。めんどくさいのは、どうやら恋愛だけじゃなかったみたい。
『今日はアップルパイも買ってあるから、あとで食べようね』
そういうことなら、また話は変わってくるってもんだよ。アップルパイがあるっていうんなら、買い物も楽勝だ。途中で、見覚えのある後ろ姿を見つけた。私はその姿を追いかけた。
──明日には、学校終わりに
「おっ、やあやあ! 咲綺ちゃーん」
長い髪に、ロングコートを着込んだ風貌。その姿から、咲綺にはその人物が男なのか、女なのか、どちらなのか出会ってから今に至るまで、判別出来ずにいた。
「げっ、
眉根を寄せながら咲綺は言い放った。
「奇遇だねー。お菓子買ってたのー?」
「なにを奇遇だなんて。大の大人があたしみたいな中学生に付きまとって何が楽しんだか……。そろそろストーカー規制法違反で訴えますよ?」
「んー……。それはちっと困るかなぁ……。いや、ほら僕って、ちょっと見た目怪しいじゃん? そもそも星野ってのも本名じゃないしね」
かけていた眼鏡をいじいじとさせ、何やら恥ずかしそうに俯き言った。
「見た目もうさんくさくて、なんかもう全体的に怪しさが滲み出てるって、自覚はあったんですね……」
「そうそう、そうなのよ。……いやうるせーよ。ちょっと言い過ぎてるよね、きみ」
「あたし星野さんを見てると、人生に近道なんてないんだなって思うんですよー」
「いやきみ、無理やり締めくくったね……」
とやや冷めた目で咲綺を見つめる星野だった。