やっとお昼だー。お腹すいたなぁー。ほんと午前中って時間長すぎー。今日のお弁当なにかなー。梅干し入ってるかなー。お母さんおにぎり作ってくれてたっけー。
鞄の中からお弁当箱を取り出し机の上に置く。お昼の時間だから、教室内はワイワイガヤガヤと賑やかだ。一挙手一投足。しず子に向かってチロルチョコを投げる。
うおっ、としず子は声を漏らす。突然のことに驚いた様子を見せ、半歩あとじさるも、難なくキャッチした。それを手のひらで転がしてから、投げ返してきた。私はキャッチできず、教室後方にむなしく飛んでいく。「ゆっづー! しず子! 危ないでしょ!」学年委員長タイプのみっきーが私たちを叱りつける声が聞こえた。
「あたしのことで、樫出になんか言われた?」
階段でお昼を食べていた私たち。野菜ジュースを飲みながらしず子が言う。
「しず子に告白したこと、やっぱり後悔してるって言ってたよ」
ほうじ茶が入った水筒を飲みながら答えた。
「あー。やっぱそうだよな……」
髪をくしゃくしゃとかきあげ悶える。ポロッとメガネが落っこちた。しず子はそれでも構わずに続ける。
「やっぱ上辺だけでも、オッケーしてやるべきだったかな……」
私はしず子が落っことしたメガネを拾い上げ、マイクに見立ててしず子の口元に当てる。
「あの、しず子さん。もしも、だよ? もしも」
「ん? なに? はい、もしもし」
「電話違う! ……あの、さ。もしも、告白された時、オッケーしてたら樫出くんどう思ったと思う?」
「あいつ、余計傷ついたかもって思うよ」
「だよねー」
って、やっぱ今の話、なしなし。つぶあんマーガリンのパンを頬張ると、メガネを返すよう手のひらをこっちに向けてハンドサインで催促してきたので、
「今の話なしなしってなんかかわいいね」
メガネを返す。受け取ったしず子は、言ってろと返して、すぐにかけ直した。
初めてあった小学校の頃はまだメガネをかけていなかった。やっぱり、メガネのしず子は、まだちょっと見慣れない。変な感じがする。
お返しとばかりに私の手のひらに、きなこ味のチロルチョコが転がされた。
「きなこ味だー! 久しぶりに食べたー! おいしー!」
両方のほっぺたを抑えて喜ぶ。しず子は天井を仰ぎながら言う。
「相談、今朝、何があったのかって言うのはちょっとは訊いてやるよ」
「しず子って、なんだかんだで結局は相談のってくれるんだよね」
でも。花恋ちゃんとは今朝やっと会話らしい会話をしたばっかりで、今までは顔を合わせても、軽く挨拶するくらいしかなかった。だから花恋ちゃんのこと、しず子になにを話せばいいのか、自分でも分からなかった。これからもっともっと仲良くなって、友だちになりたいのかも、明確にイメージが浮かんでこない。
「んー……」
顎に手を当て、考えるような素振りをしてみせる。それから力なく右手を上げた。
「はい、先生。相談というのはですね。読みたい本があるから、帰り本屋さんに寄ってもいい?」
「ん? 本屋って言うと北口のツタヤ?」
北口と、南口にも老舗の本屋さんがあったはずだけど、そのどちらの選択肢も、しず子の頭の中にはなかったようだ。
「ラスカの中にある本屋の方に行ってみたいかなぁ」
「ラスカの本屋の方が確実だな。てか、柚月の読みたい本って言ったら、そりゃもう漫画しかないべ? おまえの父さんが好きなヴィンランドの最新巻ってもう出たっけ?」
「まだ出てなかったかなぁ。それと、私が読みたい本って言うのは、漫画じゃなくてね。確かね、『お菓子何百度』とかってタイトルの本なんだよ」
本当のタイトルはなんだったっけ。今しず子に伝えたのは、ほぼうろ覚えのタイトルだった。
「なるほど。そのタイトルから察するに、お菓子作りの本か」
「でも確か、その本、お菓子作りの本じゃなかったと思うんだよなぁ。なんか本を燃やす仕事をしてる人の本なんだって」
「なにそれ。わっかんねぇ。どんな本?」
「さあ、私も詳しくは知らなくて……花恋ちゃんって子が教えてくれたの」
「花恋ちゃん?」
今朝の、花恋ちゃんの真似のつもりで静かに頷く。それとほぼ同時に予鈴のチャイムが鳴った。楽しいお昼休みの終わりを告げるチャイムだった。残っていたおにぎりを無理やり口に詰め込んだ。
「どこにもないなぁ……」
ラスカにある本屋に併設された文房具屋で目に付いたボールペンを手に取り、カチカチと芯を出し入れして眺める。
「見つからないなぁ……」
一度見終えたボールペンを戻し、新しいものを手に取る。同じように芯を出し入れして、もてあそぶ。そんなことをただ繰り返す。
「せめてちゃんとしたタイトルが分かればなぁ。どのジャンルかってだけでもわからねえの?」
「炎と言ったらアクション! アクションと言ったらもうターミネーターっきゃない! ターミネーターと言ったら、そりゃもう、アクションしかないでしょ!」
アクションシーンのつもりで、ボールペンを振りかぶってみせる。
「そんな考えでアクションの棚をあてずっぽうに見て回って、結果見つからなかったんじゃねえのか?」
しず子は手に取ったボールペンで鮮やかにペン回しをしてみせた。言われた言葉と相まって、なんだかちょっとだけ打ち負かされた気分だ。
「あっ、う、うん。そうだよね……」
がくりと肩を落とす。せめてもの抵抗のつもりで、手に持ったボールペンをカチカチと鳴らし続ける。もっとも抵抗のつもりだったのか、ただ遊んでただけなのかは自分でもわからない。はぁとため息を一つ吐いた。
「見つからないものはしょうがないし。無印見に行って、今日はもう帰ろ……」
「しょうがねえ奴だなぁ。花恋ってやつにどんな本だったのか、もう一回ちゃんと訊いてみろよ」
ボールペンをいじっていた手を止める。
「花恋ちゃんだ!」
「そうだよ。その花恋ちゃんにもう一回訊いておきな」
「いたの! その花恋ちゃんがあそこに!」
「そもそも誰なのそいつ!」
「友だちなの。いつかちゃんと友だちになるの!」
彼女の名前を呼ぶ。彼女は私に気づいた。また口元をもごもごとさせている。買ったばかりの本を掲げて、引きつった笑顔をみせる。 ぎこちない笑顔だった。