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#6 あまねちゃん


 国道百三十四号線をたくさんの車が行き交う。私は自転車に乗って、ひたすらたくさんの木々が立ち並ぶ海岸線を駆ける。この立ち並ぶ木々を見る度に、どこかの遠い南の島に来たように錯覚させられる。さながら『木のカーテン』と言ったところかな。ヘルメットから飛び出てるポニーテールをつくった私の髪が、風にそよいだ。

 このままどこに行こうかな。江ノ島まで行っちゃおっかな。ものすごく疲れるということを前提としてだけど、自転車なら一時間から二時間もあればたどり着けるかもしれない。


「……うん。とりあえず海でも見に行こうかな」


 砂浜を歩く。目の前には海が広がる。潮の香りが鼻にこびりついた。砂浜に足を取られてとても歩きにくい。


「うわっ! 最悪! 靴の中に砂入った〜……」


 去年の夏の終わりごろにみんなで花火をして遊んだ海岸が、日差しに照らされキラキラと光っている。海の上に宝石が散らばっているみたいだ。みんなで花火をした時、しず子が夜の海にビビってて、あまねちゃんは花火を怖がってたっけ。

 段差の上にはアルファベットのCの文字をかたどった象徴的なオブジェがある。

 これ、花恋ちゃんは見たのかな!? きっとまだ見てないんだろうな〜。写真撮ってラインに送ってあげよ。

 あれ、まって。そうだった。私、花恋ちゃんとライン交換してなかった。花恋ちゃんのラインに送るつもりだったこのオブジェの写真をあまねちゃんに送ってみた。


「あのー」

 咲綺はコーラの入ったグラスに口を付けつつ、対面して座っている星野を睨みつけた。当の星野はそんなことを気にする様子もなく、手に持ったトングをカチカチと鳴らし、カルビとロースを鉄板の上に載せ、焼いていた。


「あたしの連絡先知らないからと言っても、焼肉を一緒に食べに行くのにわざわざ綾瀬あやせ先輩をメッセンジャーに使うのやめていただけませんか」


 星野は咲綺に言葉をかけられるも、尚も気にせずジョッキに注がれたハイボールを呑む。


「昼間っからお酒とか、ほんとこの人自堕落だわー……」

「きみは好きだと思ってたんだけどね」

「人のお金で焼肉が食べられるってんなら、まあ確かに焼肉は好きですけど……」

「好きなんだよね。綾瀬のこと」

「好きってそっち!? ……いえいえ、恐れ多いですそんなの……」


 咲綺は星野の言葉にコーラを吹き出しそうになりながら手をブンブンと振り、必死に否定する。


「そっかぁ。焼肉は口に合わなかったか。残念だよ」

「もしかして、もう酔ってますね……言ってることが支離滅裂しりめつれつですけど」

「そんな難しい言葉よく知ってるねぇ。咲綺ちゃん、やっぱりきみは僕の助手に欲しいよ」

 間延びしたかのような星野の声。その様子から既に酔いが回っていることを感じさせるようだった。

「助手って、相変わらず売れない小説のですよね」

「売れないなんて、ずいぶんとひどいこというなぁきみは……」


 小説、つまり本だよな。と咲綺は思った。──うん、待てよ? 本? 転入してきたあの子も、よく本を読んでいる。それならこの人、星野ならなにか有益なことを教えてくれると咲綺は閃いた。


「あの、一つ相談なんですけど……」

「相談? なんだね。言いたまえよ」

「よく本を読んでる……冬木ふゆきさんって、今年から転入してきた子がいるんですけど……」 

「フユキ? 名前からして男っぽいね?  そっか、学校で気になる男ができたか、咲綺ちゃんも隅に置けないなぁ」

「違います! だいたいうちの学校、女子校だって知ってるでしょ! 気を取り直して……」

「あ、すいませーん! 店員さん、ハイボール追加で!」

 飲み干したジョッキを机に置き、通りがかった店員に注文をした。咲綺は突然の大声に驚いた。

「そんな大声出さんでも、タブレットで注文すればいいじゃないですか」

 咲綺は冷ややかな視線を向けながら焼肉を頬張った。

「そんなのもあったっけ!」

 どこかやり切った顔の星野は咲綺と同じように焼肉を口にした。

「あの、ハイボールってなんですか?」

「簡単に言うとウイスキーの炭酸割りで、味はビールがちょっと苦くなったやつみたいな」

「うーん。そう言われても、あたしにはちょっとわかんないですね。お酒なんて飲みたいとも思わないし」

「おい! 訊いといてそれはねーだろ! おおい!」

「酔っぱらいってめんどくさいわー……てか話、戻していいですか?」

「あ、うん。フユキさんの話だっけ。どんな感じの子なのよ?」

「うーん……そう言われてもなぁ……」

 咲綺はそう言いながら再びコーラに口をつけた。まだ冬木という彼女が転校してきてから日は浅い。そんなに会話を交わした訳ではない。ただ、担任の教師に面倒を見てやって欲しいと頼まれただけだった咲綺は冬木という相手がどんな感じの子なのかと訊かれても、答えに詰まってしまう。タブレットに一瞥をくれてから、なんとか答えを絞り出した。


「なんていうか、一言で言うとぉ、笑顔がめちゃくちゃ下手くそな子、かな?」

 ジョッキに口をつけていた星野はぷっと吹き出した。

「そりゃあ、咲綺ちゃん。それならきみが本気で笑わせてあげないとね」

「じゃあ、まずは星野さんを笑わせていいですか?」

 咲綺はそう言うとおもむろにタブレットを操作しだした。

「僕を笑わせるだって? 何をしてくれるって言うんだい? まさかいきなり服を脱ぎ出すとかやめてくれよな? それはそれでちょっと見てみたい気はするけど、こんな公共の場でそんなことするほど、きみは馬鹿じゃないよね?」

「そんなにあたしの裸が見たいなら、このあと星野さんの奢りでスーパー銭湯に行きましょうか」

「いやぁ、温泉とかそういうのは僕はちょっと……だいたい僕は……」

「ビビンバとフライドポテト、追加で注文していいですか? なんだかお腹が空いてきました」

「おいおい、何を勝手に。僕、奢るなんて一言も言ってないけど?」

「星野さんは確かに人間としてだらしないけど、中学生のあたしに支払わせるような人じゃないって分かってますから」

「僕を笑わせるたって、乾いた笑いしかでないよ、そんなの……」


 病院の脇にある街路樹前で佇んでいた。しばらく待っていると駅とは反対方向の道から彼女がやってきた。大きく手を振った。彼女は小さく手を振っていた。


「おっ、あまねちゃん。今日もかわいいねー」


 挨拶のつもりで手を重ね合わせて握る。小さくて、あたたかくて、柔らかい手だ。


「もー……いつもいつもそういうこと言うのやめてよー……」


 あまねちゃんは視線をそらす。そう言いながらも、どこか満更でもなさそう。握っている手の力を強めたことから、そのことが伺えた。どこか自分のかわいさに自信がある風だった。

あまねちゃんと合流はしたものの、どこかに行きたいとか、なにか欲しいものがあるとか、特にあてはなかった。


「いっこ思いついたんだけど、電車乗って、隣町にいって、そっからちょっと歩くけど、ららぽーとにでもいく?」

「ううーん……あそこいつも人多いし……」

 あまねちゃんは小さくかぶりを振った。

「柚月ちゃんは行きたいの?」


 不安そうに私の顔を小動物みたいに上目遣いに見てくる。私は思わず視線をそらしてしまう。あまねちゃんは、こういうことを自然としてくる子だ。


「わ、わたしも別にいっかなぁ……」

「それじゃ、どっか行きたいところある?」


 ほかに思いつくところは……。ちょっと本を見に行きたいところがあるくらいで……。ラスカにもなかったし、他の本屋にもあるかどうかわからないし。あと思いつくのは、木、じゃなくて、本を探すなら森、だよね。


「うん。行きたいところ、いっこあったよ!」


 パチンと指を鳴らして答えた。妙に乾いた音が辺りに響いた。



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