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#8 フォロースルー


「そうだ」

 私は手をポンと叩いた。いつもの階段の所で一緒にお昼を食べていたしず子とあまねちゃんの視線が私に向いた。

「私さ、マックの割引クーポン持ってたんだよね」

 細かく畳まれた紙のクーポンを制服のポケットから取り出して二人に見せた。

「紙の割引クーポンなんてまだあったんだ。今どき、アプリのでいいだろ」

「なんでもかんでも、スマホに頼るのって、ダメだと思うんだって戦争で亡くなったおじいちゃんの歳と離れたお兄さんに枕元で言われたことがあってね……」

「おい。お化けの話すんなつったろ」

 私が貞子の真似をしたのがトラウマになっていたようだ。申し訳ない、としず子に一言詫びておいた。

「柚月ちゃんの奢りでいいの?」

「クーポンあるから三分の一くらいは私の奢りになるのかな」



 駅の北口構内。高架型歩道にあるベンチに腰を降ろしていた。駅は平日も休日もたくさんの人々が行き交う。


「うわー! 学校帰りにマック食べるのなんて超久しぶりじゃなーい? 何食べよっかなー!」


 隣に座るあまねちゃんは微笑ましそうな表情を浮かべていた。


「私もなに食べよっかなー」


 あまねちゃんは表情を綻ばせて制服のスカートの裾をきゅっと握りしめながら悩んでいた。


「さっきのクーポン、みたい?」

 半分に折りたたんだクーポン券を出す。

「うん。見せて見せてー」


 あまねちゃんは髪の毛を耳の上に乗せ、クーポン券を見ようと私と体をくっつけてきた。こういうことを自然としてくるもんだからすえ恐ろしいんだ、あまねちゃんは。


「はーい、見せてあげるよ。だから喜んで、すごく喜んでー」

 ここで私からの無茶ぶり。

「やったー。見せてくれるのー? わーいわーい嬉しいなー」


 無茶ぶりに体を左右に揺らして喜んでいるような素振りをしてみせた。必然的にあまねちゃんと体をくっつけてる私の体も揺らされる。そんな状況下でクーポンを眺め、ひとつ目に入った。そのメニューを指さす。


「私は普通にダブルチーズバーガーのセットにしようかな〜。サイドはもちろんポテト! あまねちゃんはどうする?」

「私はね〜、どうしよっかなー。うーん。フィレオフィッシュのセットにしようかな〜」

「でーた! フィレオフィッシュ! みんな好きだよねフィレオフィッシュ!」

「だって、美味しいんだもん」


 私たちの食べるものは決まったけど、他にも美味しそうな物がないか、クーポン券のチラシをふたりで眺めていた。


「クーポン券、切り分けておかない?」

「そうだね〜。……しず子はなに食べるかな」


 ミシン目に沿って慎重に、慎重にクーポンを切り分けようとする。だけど、いつもなかなかうまく切れない。


「あまねちゃん、揺らさないでよ? 絶対に揺らさないでよ!?」

「は、はい……柚月先輩」


 鼻息を荒くして、ピリピリと少しづつ切っていく。もう少しで一枚目が切り抜ける。隣から押し込んでるようなくぐもった笑い声が聞こえる。嫌な予感がする……。


「あまね後輩は、絶対に揺らしませーん!」

「うっわあぁー!?」


 勢いよく私の左肩に両手を乗せてきた。もう少しで切り終わりそうなところで、ピリッと、端っこの方が途中で切れてしまった。まあこれでも問題なく使えるし、別に大丈夫だけど……。


「あはははっ、あはははっ」

 あまねちゃんは目に涙をためるような勢いで笑いこける。


「もう! あまねちゃん、ひっどいなー!」

「いや、だってねぇ。柚月ちゃんがすごく真剣な顔して一生懸命クーポンちぎってるのみてたら、なんかおかしくなっちゃって、つい……。だからほんと、ごめん、ね?」


 顔の前で両手を合わせ、リスとか小ネコを彷彿とさせる小動物のような上目遣いで私の顔を覗き込むように見てくる。そんな目で睨まれたら、怒るに怒れないじゃん。

 あまねちゃんは絶対に自分のかわいさを自覚してて、それを自分の最大の武器として使っている節がある気がしてならない。


「よっ。お待たせ、来てやったぞ。って、なに。なんなの、この空気は」

「あっ、しず子! 何してたの、遅かったじゃん。化粧でもしてたのかと思ったよ」

「化粧なんてしねえよ。部活に顔だしてたの」

「しず子の部活、アーチェリー部だっけ。体験入部させてもらった時ゴム引きやらせて貰ったから分かるよ。あれでしょ、セットアップ、ドローイング、フルドロー、リリース!」

 顎に手を添え、耳元まで持ってくるアーチェリーのフォームの流れをやって見せた。

「ドローイング、フルドロー、リリース、フォロースルー、だよ! 二度と間違えんな!」

「いたたたたた!」

 しず子は私のほっぺたをつねってきた。


 一階のフロントカウンターで注文を済ませて、二階へと上がり、テーブルの席に三人で座る。私とあまねちゃんが隣同士、しず子は向かい側の席だ。結局クーポン券は、お店に入る前にしず子が全部切り取ってくれた。ポテトを口に運ぶ。焼きたてであり、とても塩が効いていた。少ししょっぱいな。ストローをつづり、コーラを口にした。


「なるほど。ゴールデンウィークに何かしよう、ってか」

 中学最後の年のゴールデンウィークに何かをしようって話になったところなのだ。


「…………そういうことなら、あたしはあれがやりてえんだよな」

「あれ?」


 両手でフィレオフィッシュを口にしていたあまねちゃんがしず子に視線を向けた。


「全国制覇!」

「いやいや、しず子ちゃん、そういうのはちょっと……」

「なんでだよ? いいじゃん、全国制覇。それならあれにするか? 天下統一! 世界一周! ラジバンダリ!」

「……最後のラジバンダリってなに?」

「世界一周はちょっとあれだけど、旅行だったら私たちだけで行ってみたい! 私の出身地だし、伊豆とか行くのってどう!?」

「伊豆かぁ。こっからだとちょっと遠くね?」


 しず子は、自分のを食べればいいのに私のポテトをひとつ、つまみ食いした。


「……世界一周とか言ってたしず子がそこ気にしちゃう?」

 抗議の意を示して、テーブルに両手を乗せる。

「柚月ちゃん、伊豆って何があるの?」


 あまねちゃんも私のポテトをひとつつまみ食いする。まあ、あまねちゃんはサイドメニューにサラダを頼んでたから、まだ理解出来るけど……もしかして、こういうところがあまねちゃんを甘やかしすぎてたり?


「……温泉とか?」

「温泉はちょっとな、裸見られるの恥ずいからなぁ……」

「私も! 裸見られるのはやっぱなぁ……。しず子は見る方はお好き?」

「馬鹿言ってんな。見るなら、好きに決まってんだろ!」

「うわっ」

「えっ、いやだ、しず子ちゃん……。そういう趣味あったんだ……」

「……いや、冗談。冗談に決まってんだろ。伊豆になんか、イズーって爬虫類の動物園かなんかなかったっけ?」

「いいじゃん! イズー! ちょっと遠いけど、ちょっとした旅行だと思えば、楽しいよ!」

 しず子はそう言いながらまた私のポテトをひとつまみ。だから、自分のを食べなよって。

「えっ、爬虫類の動物園? いやだなぁ……」

「そっか。なら、この話は訊かなかったことにしてくれ」

 しず子も、そうやってあまねちゃんを甘やかす。ちょっと得意気な顔をしてたあまねちゃんのいちごシェイクを一口飲んでやった。


「伊豆だったら柚月ちゃんのお姉ちゃんの……」

未来みらいねぇのこと?」

「そうだったね。未来ねぇのお家に泊めてもらうのもありだよねー」

 今は大学生で、一人暮らしをしてる未来ねぇ。

「たしか未来ねぇが住んでるのって伊豆じゃなくね?」

「あれ、そうだっけ?」

「うんうん。未来ねぇは静岡は静岡でも清水……よりちょっと下った浜松の方、餃子で有名な浜松の方に住んでるんだよ」

 そういえば、未来ねぇ元気にしてるかなぁ。最近連絡取ってなかったなぁ。



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