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第60話 ドラゴン

「大事な愛しい人だが、この気持ちをなんて言えばいいのかな?」

「俺がレイティアをもらっても大丈夫か?」


 アレックスは笑った。

 顔の皮一枚だけ。


「死にたいのか?」


 つまりそう言うことか。


「ちなみ今回、即答で志願したのはレイティアのためか、アリシアさんのためか?」

「どっちでもないな」


 アレックスの口調が普通に戻った。


「僕自身のためだな。僕自身がアリシア姉さんの無事を祈っているし、僕がレイティアの悲しむ顔を見たくないから参加したんだよ」

「俺もレイティアの悲しむ顔は見たくないんだ」


 少しだけ、アレックスと言う人間が分かったような気がした。

 自分が大事だと思う人のために動ける。それがその人のためという押し付けではなく、そうしたい自分の気持ちのためだと言い切れる芯の強さを持っている。

 少しだけアレックスを見直した俺は、朝食の準備を始めた。



 俺たちは馬が走れるほど明るくなってから野営地を後にした。

 予定通りだとあと数時間もすればゴブリンの巣に着く。アリシアさん達が無事でいることを祈るのみだ。

 俺たちが走り始めて一時間も立たない時、急に馬が走るのをやめた。

 左右の耳をバラバラに動かし、首を振る。

 俺たちが乗ってる馬だけでなく全ての馬が同じ様になっている。

 レイティアは何とか落ち着かせようとしているが、一向に収まらない。


「キヨ、降りて!」


 俺はレイティアの指示に従って馬を降り少し距離を取った。その時、頭上が一瞬暗くなる。

 見上げると俺の三倍以上ありそうなオオワシが空を舞っていた。その爪は馬すら持ち上げそうな大きさと鋭さを持っている。

 俺は無駄と思いつつも石を持ちオオワシを警戒していると、飛行機のような音が聞こえてきた。

 オオワシが空中で慌てたようにバランスを崩した瞬間、飛行機のようなモノはオオワシを捉えた。


「ドラゴンだ! みんな馬を連れて木の陰へ」


 アレックスの声が響く。

 ドラゴン!? よく見るとそれは飛行機のような生易しいものではなかった。

 大きさこそ似通っているが、その禍々しいオーラ。体は真っ黒い鱗に覆われている。不気味にうごめく翼、死のカマを思わせる爪。

 先ほどのオオワシが雀のように思えた。

 人の頭より大きい瞳が俺を見た気がした。

 オークなど比にならない死のオーラ。

 冷たい汗が身体中から吹き出す。

 オオワシを捉えたドラゴンはそのまま遠くへ飛び去って行った。

 それが見えなくなってどのくらい経っただろうか、俺は息をするのを忘れていたように大きく息を吐く。


「飛竜種で助かった。こちらを見逃してくれたようだ。先を急ごう」


 アレックスがみんなに声をかけた。


「ドラゴンは何種類もいるのか? こんなに簡単に遭遇するのか?」

「わたしも初めて見たわ」

「ドラゴンは大きく分けて三種類います。先ほどの飛竜種の他に陸竜種と海竜種がいると本に書かれてありました。ご主人様」


 珍しいなら今は忘れよう。 今はアリシアさんの救出に集中しよう。

 馬が落ち着きを取り戻し、俺たちは出発した。


「大丈夫ですか? ご主人様」


 俺は無意識に震えていた。


「ああ、大丈夫だ」


 そうは言ったものの、味方にはなりそうにもない圧倒的な恐怖に俺は二度と会いたくなかった。

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