「願わくは、これを語りて平地人を戦慄せしめよ」
そう書かれた本を思い出した。この光景を配信したならば、都会人は絶句するに違いない。
神社の境内には、薪が山のように積まれ、隣には依代が据えられている。だが、よく見ると、それはただの人形ではない。島の誰かの髪の毛や衣服の一部が編み込まれているように見える。そして、依代につけられた半紙には「佐倉瑞樹」と書き殴られている。これが今年の依代か。
「そうだ、まだ名前を聞いてなかったな」
「加賀隼人と言います。
決して嘘ではない。因習と相対するにあたって、民俗学に詳しい方が何かと便利だ。
「なるほど。私は
和彦の言葉から、神社の主であることに対する一種の自負を感じる。
「客人よ、遠慮せず境内をゆったりと回られよ。蓮が説明をしてくれるはずだ。それでは、私はここで失礼する」
「待ってください!」
瑞樹は和彦の背中に向かって叫ぶ。
「今年の『火送りの儀式』やめにしませんか? もしかしたら、私が死ぬかもしれません」
和彦は一瞥すると「父上に伺いを立てる」とだけ言って、社務所の扉を開く。
「はい、分かりました」
建物の中には蓮の祖父がいるらしい。
「瑞樹よ、儀式は例年通り行う。父上の意向は絶対だ」
どうやら和彦は父親に依存しているらしい。自分で決めるのではなく、他人に従う。もしかしたら、和彦は実の父親の教育で儀式を行うことに抵抗がないのかもしれないぞ。蓮がまともに育ったのが不思議だ。
「そうですか……。分かりました」
絶対に瑞樹は納得していない。不服そうな表情を見れば、俺にでも分かる。
「祖父の
蓮がコソッと耳打ちする。
小鳥遊一族は儀式の執り行いをすると同時に、この島の権力者でもあるのか。これは厄介なことになってきた。
和彦が立ち去ると、そこに残ったのは静寂だけだった。
「それで、どうします? ここに来ることを提案したのは僕ですけど、収穫があるかは何とも言えないです」
「本当なら古文書を手に入れたいが、簡単にいくはずがない。すでに、蓮が試みて失敗に終わったからな」
儀式の準備を見た以上、ここには用はなさそうだ。鳥居の方に向き直ると、髪を束ねた男が立ち塞いでいた。
「蓮、こいつは単なる観光客じゃないな。何か嫌な感じがするぞ」
「兄さん、そんなことないよ。加賀さんは民俗学に興味があるんだ。単なる観光客じゃなくて当たり前だよ」
こいつが蓮の兄か。蓮とは真逆で野生みを感じさせる風貌をしているな。
「ふーん。まあいいさ。この島の平穏を荒らそうとした者には天罰がくだる。こいつの死体が『舟流し』されないことを祈るんだな」
どうやら、過去にも俺のように島の因習を調べていた人物がいるらしい。そして、命を落とした。それが、本当に天罰なのかは怪しい。小鳥遊一族が手を下した線も捨てきれない。
「もう行きましょう。
瑞樹は早くこの場を去りたいらしい。それは俺も同じだ。ここにいても収穫はありそうにない。
弘道は瑞樹を舐め回すように見ている。それは、いやらしい目ではなく、今年の犠牲者を目に焼き付けるためのようだ。
必ず、瑞樹を死なせはしない。死者が出る前に負の遺産を壊してみせる。それが、俺のためでもあるのだから。