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第9話 地蔵は語る

 潮風を浴びながら見張り台を目指していると、一つの祠のようなものが見えてくる。話のあった地蔵があるに違いない。


「あれです、あれ。問題の地蔵は」と蓮。


 これが八十八体あるのか。そして、そこから先人の残した手がかりを見つける必要がある。気が滅入る。


 地蔵を調べるが至って普通で、どこにも変わったところは見当たらない。


「こりゃ、骨が折れるな」


 因習に関わるヒントが隠されている可能性があるのだから、写真を撮っておくべきだな。


 パチリ。


「あれ。そのカメラ、インスタント式ですね。珍しい」


「ああ、これか? 蓮の言う通り、今じゃあ滅多に見ないだろうな。だが、現地調査には必要なんだよ。デジカメじゃあ、画像の拡大に限界がある」


 蓮は「なるほど、さすがです」と、尊敬の目で見てくる。


 俺にとっては当たり前なのだが。


「さて、残りの地蔵を調べつつ目的地に行こうじゃないか」


 地蔵を見つけては調べてを繰り返していると、疲労が襲ってくる。


「もうすぐ見張り台です」


 そう言われても困る。一息つくために、地蔵の横にある石に腰掛ける。


「この地蔵、今までのとは何か違うな……」


 違和感の正体はすぐに分かった。他の地蔵に比べて劣化具合が大きい。写真と見比べて確信に変わる。


「見張り台に行く前に、こいつを調べ直すぞ。古いのには理由があるはずだ」


 地蔵を綿密に調べ直すと、前掛けの裏に何かが張り付いていた。


「この紙、かなり古いですね」


 蓮が覗き込む。


 紙のあちこちが破け、シミがついている。そして、達筆な文字が書かれていた。


「あ、これ、真紀さんの旅館のものよ! ほら、紙の隅に旅館の名前が書かれてるわ」


 瑞樹が断言する。


 先人も旅館に泊まったはずだ。そうでなければ、調査をするのに時間が足りない。もしかしたら、これが噂の隠しものなのか?


 風化が進んでいて、慎重に扱わないと破れて文字が読めなくなってしまう。


「いいか、読み上げるぞ」


 胸の高鳴りを抑えることが難しい。



「今日は島民にインタビューをした。しかし、収穫はない。島民は外部の人間を嫌っているらしい。閉ざされた村ではよくあることだ」


「見張り台で一夜を過ごした人物が亡くなった。彼は『舟流し』で、あの世に送られた。この風習はどこかおかしい。異常なほどに沖合に流すのが早い。いくら舟が多く用意されているにしても」


「明日は、いよいよ『火送り』の儀式が行われる。これに島の秘密が隠されて気がしてならない」


「どこに行っても視線を感じる。誰かにつけられているように。もしかして、私を襲うつもりか?」


「この記録を後から来る人に託すしかなさそうだ。おそらく、私は近いうちに殺されるだろう」


「私が調べた限り分かっていることを書き記す」


「昔は島には地蔵が一つだった。それは、海難事故で亡くなる人がいたためだ」


「しかし、昭和になると極端に死者が増えた。海難事故ではないらしい。同時期に地蔵も増えた。ここに何らかの関係性があるだろう」


「そして、島には大きな秘密が隠されていた。それは……」


 そこから先は風化によって破れていて、読めそうにはない。肝心なところなのに。かろうじて「不明」「死体」という文字が読み取れる。


「……何があったかは明らかね。調査者は島の因習に踏み込みすぎた。身の危険を察知して、ここに隠したのね。そして、殺された。おそらく『舟流し』された」


 瑞樹の顔は青ざめていて、声は震えている。


「加賀さん、僕はこう思うんです。これ以上踏み込むと加賀さんも同じ運命を辿るんじゃないかと」


「それはどうかな。この文書はかなり古い。仮に先人が殺されたとしても、犯人はもう生きていないはずだ。安心しろ。俺は死なない」


 愛は首を傾げると「この文書、おかしくないでしょうか」と自信なさげに言う。


「どこが? 俺には普通に見えるが」


「もし、調査するなら日誌を持ってきたはずです。旅館の便箋びんせんに書くのは不自然かと思います」


 言われてみれば、確かにそうだ。


「一つ考えられるのは、日誌に書けば盗まれると思ったんじゃないか? その点、便箋なら誰かへの手紙と言って誤魔化せる」


 かなり苦しいが、今はこれくらいしか理由を思いつかない。


「おい、お前たち何をしている!」


 突然の大声にびっくりして、文書を離してしまった。そして、それはそのまま風に流され海へと消えていった。


「しまった!」


「そんな紙切れ、どうでもいい! 命が惜しければ、見張り台に近づくな。蓮たちは親からそう聞かされてきただろう?」


 杖をついた老人は続ける。


三枝さえぐさのお爺さん、それは夜でしょ?」


 蓮は反抗を試みるが、三枝と呼ばれた老人は構わず話を続ける。


「あんただな、よそ者は。悪いことは言わん、島を出た方が身のためだ。さもないと、そいつと同じ運命を辿ることになる」


「ちょっと待ってください! あなたは、あの文書を書いた人物を知っているのですか!?」


 老人は「しまった」という顔をすると、途端に口を閉ざす。


「ともかく、見張り台には近寄るな。たとえ、昼であろうと」


 それだけ言うと、老人は杖で体を支えながら去っていく。


 あの人は、先人について何かを知っている。文書がなくなったのは手痛いが、新たな手がかりを掴みかけている。あとは、どうやって話をさせるか。因習について、少しずつ調査は進んでいる。あとは時間との勝負だ。「火送り」の儀式によって、瑞樹が死ぬまでに解決しなければならない。どのような結末になろうとも。

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