目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第10話 五人目の犠牲者

 俺はまだ、文書が海へ消えたショックを引きずっていた。


「加賀さん、諦めるしかないですよ」


「蓮は切り替えが早いな。もしかしたら、炙り出しとかがあったかもしれないんだぞ?」


 あくまでも一つの思いつきだ。しかし、何かすれば別の情報が表れた可能性はあり得た。それだけに惜しい。


「見張り台が見えてきましたよ」と愛。


 見張り台は、俺が想像していたものとは違っていた。てっきり、最近できたばかりと思っていたが、構造からするにかなり昔できたものだろう。昭和の雰囲気が漂っている。ペンキが塗り直されているので、最低限の見た目は保たれている。近くには地蔵があった。


「おい、この地蔵おかしくないか?」


 さっきまでの地蔵の前掛けは赤だったが、これは青色だ。


「あれ、本当ですね。僕たちは、ここには近づかないように教えられてきましたから、地蔵の存在自体知りませんでした」


 つまり、地元民も前掛けの色が違う理由が分からないわけだ。さっきの地蔵のことを踏まえると、前掛けに何か仕掛けがあるのだろう。裏面を見ると、こう書かれていた。



 我、五人目の犠牲者なり



 何かの暗号なのだろうが、さっぱり意味が分からない。


「念のため聞くが、同時に四人の犠牲者が出た事故はあったか?」


 瑞樹は首を横に振る。


 そんな事故があれば、すでに話していただろうから、期待はしていなかった。やはり、この謎はそう簡単には解けなさそうだ。


 念のため写真を撮ると、ふとある考えが浮かんだ。さっきの三枝さえぐさ老人はこの地蔵のことを知っていたのではないか? そして、見られまいと忠告しに来た。それなら、辻褄が合う。


「なあ、さっきの老人、年はどれくらいだ?」


「だいたい八十歳ね。この島では一番の年寄り。たぶん、島のことなら誰よりも詳しいと思うわ」


 八十歳近くで島に詳しい。先人は昭和に死者と地蔵が増えたことを知っていた。文献を見つけたか、あるいは老人から聞いたのか。いずれにせよ、三枝老人がカギを握っているのは間違いない。彼の家を訪ねたいが、もう日が落ちかけている。


 このまま帰っていいのか? 地蔵は何を語ろうとしている?


 時には生者よりも死者の方が語ることが多い。もしかしたら、この地蔵も語るのかもしれない。過去に何があったのかを。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?