俺はまだ、文書が海へ消えたショックを引きずっていた。
「加賀さん、諦めるしかないですよ」
「蓮は切り替えが早いな。もしかしたら、炙り出しとかがあったかもしれないんだぞ?」
あくまでも一つの思いつきだ。しかし、何かすれば別の情報が表れた可能性はあり得た。それだけに惜しい。
「見張り台が見えてきましたよ」と愛。
見張り台は、俺が想像していたものとは違っていた。てっきり、最近できたばかりと思っていたが、構造からするにかなり昔できたものだろう。昭和の雰囲気が漂っている。ペンキが塗り直されているので、最低限の見た目は保たれている。近くには地蔵があった。
「おい、この地蔵おかしくないか?」
さっきまでの地蔵の前掛けは赤だったが、これは青色だ。
「あれ、本当ですね。僕たちは、ここには近づかないように教えられてきましたから、地蔵の存在自体知りませんでした」
つまり、地元民も前掛けの色が違う理由が分からないわけだ。さっきの地蔵のことを踏まえると、前掛けに何か仕掛けがあるのだろう。裏面を見ると、こう書かれていた。
我、五人目の犠牲者なり
何かの暗号なのだろうが、さっぱり意味が分からない。
「念のため聞くが、同時に四人の犠牲者が出た事故はあったか?」
瑞樹は首を横に振る。
そんな事故があれば、すでに話していただろうから、期待はしていなかった。やはり、この謎はそう簡単には解けなさそうだ。
念のため写真を撮ると、ふとある考えが浮かんだ。さっきの
「なあ、さっきの老人、年はどれくらいだ?」
「だいたい八十歳ね。この島では一番の年寄り。たぶん、島のことなら誰よりも詳しいと思うわ」
八十歳近くで島に詳しい。先人は昭和に死者と地蔵が増えたことを知っていた。文献を見つけたか、あるいは老人から聞いたのか。いずれにせよ、三枝老人がカギを握っているのは間違いない。彼の家を訪ねたいが、もう日が落ちかけている。
このまま帰っていいのか? 地蔵は何を語ろうとしている?
時には生者よりも死者の方が語ることが多い。もしかしたら、この地蔵も語るのかもしれない。過去に何があったのかを。