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第11話 過去の影

 旅館に戻った時には、すでに日が暮れて周りは暗くなり始めていた。


「さて、今日はここまでにするか。さすがに夜歩き回ったら、儀式推進派に殺される可能性もあるからな」


 先人もおそらく、そうして死んだに違いない。二の舞になってはならない。俺が因習を断ち切ってみせる。


「あ、お父さん、お母さん!」


 瑞樹はそう言うなり、旅館の前にいる二人組に向けて駆けて行く。瑞樹の両親はこちらを見ると、軽く会釈する。


「二人とも、彼が加賀さん。蓮が呼んだ助っ人よ」


「あなたが加賀さんね。娘のために来てくれたんでしょう? ありがたいわ」


「いえいえ。俺は因習そのものをなくしに来たんです」


 それに、「火送りの儀式」を止める手立てはまだ思いついていないのが現実だ。


「ねえ、瑞樹。必ずしも加賀さんが儀式を止められるとは限らないわ。やっぱり、島の外へ行くべきよ。少なくとも、今度の儀式が終わるまで」


 瑞樹の母のアドバイスはもっともだ。俺だって、その方が確実だと思う。


「でも、私は儀式反対派のまとめ役よ! リーダーが逃げるなんてことがあれば、信頼が崩れちゃう」


「そうは言っても、生きていてこそ、できることもある。今は自分のことを大事にしなさい」


「お父さんまで! 私は今までの人とは違う。絶対に死なない!」


 瑞樹の決意はかなり固い。両親は苦労してきたに違いない。


「いいわ。なら、儀式前日まで待ってあげる。それが最大限の譲歩よ」


 瑞樹は、これ以上は無理と悟ったのか渋々うなずいた。


「いい子ね。さて、そろそろ家に戻らなくちゃ。愛もおいで」


「また明日」


 愛がお辞儀をすると、ピアスがきらりと光った。


〜〜


「隼人、こっちに来なさい!」


「お父さん、やだよー」


「何をわがままを言ってるんだ。母さんを見送るんだ、早く!」


 お父さんに腕を引っ張られて、千切れそうな感覚に襲われる。


「痛い!」


「まったく、しょうがないな。ほら、これならどうだ」


 お父さんに胴を掴まれ、身動きが取れない。そして、目に入ったのは横たわったお母さんの姿だった。


「お母さん、なんで死んじゃったの……」


「言っただろ? うちの村では年に一人、神様に捧げなきゃいけないんだ。今年は母さんの番だった。あとは、神様のもとにいけるようにするだけだ」


 首を傾げて「どうやって天国に行くの?」と尋ねる。


「鳥さ。ほら、母さんを迎えに来たぞ」


 バサバサと羽を羽ばたかせて、やってきたのは……カラスだった。そして、カラスたちは、お母さんをつつき始める。


「ああ、お母さんが!」


 カラスは人を気にせずつつき続ける。そして……お母さんは骨のみになってしまった。


「これで、神様もお喜びになる。ああ、なんて素晴らしいんだ!」


〜〜


「ハァ、ハァ、ハァ」


 俺は布団から起き上がると、洗面所に向かう。まさか、旅先でも悪夢を見るとは思ってもみなかった。いや、悪夢じゃなくて過去の記憶か。顔を洗い、汗を流す。鏡に映った顔は、青白くまるで幽霊のようだった。


「くそ親父め……」


 あいつさえいなければ、母さんは死ぬことはなかった。いや、あの因習さえなければ……。


「あの時と同じだな。誰かが神様のために犠牲になるという点で」


 現実と過去を切り離して、頭を整理するためにノートを開く。そして、昨日分かったことリストを眺める。


・小鳥遊一族は儀式に対して何の疑問も抱いてないこと。

・八十八の地蔵の一体から、先人の残したメモを見つけたこと。

・昭和になってから死者と地蔵が増え出したこと。

・三枝老人は何かを隠していること。おそらく、先人とも接触しているだろうこと。

・見張り台の地蔵には、何かが隠されていること。


 リストから分かったのは「まずは、三枝老人との接触が必要」ということだけだ。おそらく、家を訪ねたところで門前払いされるに違いない。何か策が必要だ。


「そうか。その手があったか」


 俺は確信した。これなら、三枝老人と話す機会を作れると。


〜〜


「今夜は見張り台で一夜を過ごす」


 俺は蓮たちの前で宣言した。


「ちょっと待ってよ! それじゃあ、さとるさんの二の舞だよ! 彼は一夜を過ごして亡くなったんだ」


「蓮、大丈夫だ。対策は考えてある。死にはしない」


 落ち着かせようとしたところで、無駄だとは思うが。


「ただ、夜までは時間がある。もう少し、島を探索したい。怪しいところはないか? 『火送りの儀式』に関係してそうな場所は」


「うーん、思い当たらないわ。でも、一つ気になることがあるわ。神社へ向かう階段の別名が『黄泉比良坂よもつひらさか』ってこと。たぶん、イザナミと関係あると思うんだけど……」


 神社へ至る道としては変わった別名だ。黄泉比良坂は黄泉よみへと続く坂の名称。神聖な神社とは真逆の印象を受ける。「火送りの儀式」とイザナミに何か関係があるのか?


「その別名、いつからだ?」


「儀式が始まった頃だから、数百年前かな。僕も詳しくないんだ」と蓮。


 神主の息子なだけはある。


 もし、儀式と同時につけられた名前なら、調べてみる価値はある。


 開こうじゃないか、神話の扉を。

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