旅館に戻った時には、すでに日が暮れて周りは暗くなり始めていた。
「さて、今日はここまでにするか。さすがに夜歩き回ったら、儀式推進派に殺される可能性もあるからな」
先人もおそらく、そうして死んだに違いない。二の舞になってはならない。俺が因習を断ち切ってみせる。
「あ、お父さん、お母さん!」
瑞樹はそう言うなり、旅館の前にいる二人組に向けて駆けて行く。瑞樹の両親はこちらを見ると、軽く会釈する。
「二人とも、彼が加賀さん。蓮が呼んだ助っ人よ」
「あなたが加賀さんね。娘のために来てくれたんでしょう? ありがたいわ」
「いえいえ。俺は因習そのものをなくしに来たんです」
それに、「火送りの儀式」を止める手立てはまだ思いついていないのが現実だ。
「ねえ、瑞樹。必ずしも加賀さんが儀式を止められるとは限らないわ。やっぱり、島の外へ行くべきよ。少なくとも、今度の儀式が終わるまで」
瑞樹の母のアドバイスはもっともだ。俺だって、その方が確実だと思う。
「でも、私は儀式反対派のまとめ役よ! リーダーが逃げるなんてことがあれば、信頼が崩れちゃう」
「そうは言っても、生きていてこそ、できることもある。今は自分のことを大事にしなさい」
「お父さんまで! 私は今までの人とは違う。絶対に死なない!」
瑞樹の決意はかなり固い。両親は苦労してきたに違いない。
「いいわ。なら、儀式前日まで待ってあげる。それが最大限の譲歩よ」
瑞樹は、これ以上は無理と悟ったのか渋々うなずいた。
「いい子ね。さて、そろそろ家に戻らなくちゃ。愛もおいで」
「また明日」
愛がお辞儀をすると、ピアスがきらりと光った。
〜〜
「隼人、こっちに来なさい!」
「お父さん、やだよー」
「何をわがままを言ってるんだ。母さんを見送るんだ、早く!」
お父さんに腕を引っ張られて、千切れそうな感覚に襲われる。
「痛い!」
「まったく、しょうがないな。ほら、これならどうだ」
お父さんに胴を掴まれ、身動きが取れない。そして、目に入ったのは横たわったお母さんの姿だった。
「お母さん、なんで死んじゃったの……」
「言っただろ? うちの村では年に一人、神様に捧げなきゃいけないんだ。今年は母さんの番だった。あとは、神様のもとにいけるようにするだけだ」
首を傾げて「どうやって天国に行くの?」と尋ねる。
「鳥さ。ほら、母さんを迎えに来たぞ」
バサバサと羽を羽ばたかせて、やってきたのは……カラスだった。そして、カラスたちは、お母さんをつつき始める。
「ああ、お母さんが!」
カラスは人を気にせずつつき続ける。そして……お母さんは骨のみになってしまった。
「これで、神様もお喜びになる。ああ、なんて素晴らしいんだ!」
〜〜
「ハァ、ハァ、ハァ」
俺は布団から起き上がると、洗面所に向かう。まさか、旅先でも悪夢を見るとは思ってもみなかった。いや、悪夢じゃなくて過去の記憶か。顔を洗い、汗を流す。鏡に映った顔は、青白くまるで幽霊のようだった。
「くそ親父め……」
あいつさえいなければ、母さんは死ぬことはなかった。いや、あの因習さえなければ……。
「あの時と同じだな。誰かが神様のために犠牲になるという点で」
現実と過去を切り離して、頭を整理するためにノートを開く。そして、昨日分かったことリストを眺める。
・小鳥遊一族は儀式に対して何の疑問も抱いてないこと。
・八十八の地蔵の一体から、先人の残したメモを見つけたこと。
・昭和になってから死者と地蔵が増え出したこと。
・三枝老人は何かを隠していること。おそらく、先人とも接触しているだろうこと。
・見張り台の地蔵には、何かが隠されていること。
リストから分かったのは「まずは、三枝老人との接触が必要」ということだけだ。おそらく、家を訪ねたところで門前払いされるに違いない。何か策が必要だ。
「そうか。その手があったか」
俺は確信した。これなら、三枝老人と話す機会を作れると。
〜〜
「今夜は見張り台で一夜を過ごす」
俺は蓮たちの前で宣言した。
「ちょっと待ってよ! それじゃあ、
「蓮、大丈夫だ。対策は考えてある。死にはしない」
落ち着かせようとしたところで、無駄だとは思うが。
「ただ、夜までは時間がある。もう少し、島を探索したい。怪しいところはないか? 『火送りの儀式』に関係してそうな場所は」
「うーん、思い当たらないわ。でも、一つ気になることがあるわ。神社へ向かう階段の別名が『
神社へ至る道としては変わった別名だ。黄泉比良坂は
「その別名、いつからだ?」
「儀式が始まった頃だから、数百年前かな。僕も詳しくないんだ」と蓮。
神主の息子なだけはある。
もし、儀式と同時につけられた名前なら、調べてみる価値はある。
開こうじゃないか、神話の扉を。