「しかし、夜になるまで待つって暇だなぁ」
「蓮、そう焦るな。『急いては事を仕損じる』だ。神経を張り詰めてばかりじゃ、おかしくなってしまう。どうだ、ここらで休憩でも」
実際、俺も前日の疲れと悪夢によって万全とは言えない。夜に見張り台で過ごすのだから、体力は温存すべきだろう。
「あの、一つお願いしてもいいでしょうか」
玲子がそろそろと手を挙げる。
「俺ができることなら、なんでも」
「記念撮影をしたいの」
玲子さんの言葉の意味が分からない。記念撮影? このタイミングで?
俺に意図が伝わっていないと気づいたらしく、慌てて付け加える。
「蓮から聞いたと思うけれど、境内の中では写真を撮ってはならないでしょう? だから、うちにはカメラがないの」
なるほど、そういう理由か。カメラを持つことさえ禁じるとは、重道・和彦親子は徹底している。
「私も賛成です。せっかく加賀さんが来たのですから、思い出を残したいです。そして、因習がなくなった時は堂々と言いたいんです。『この方が因習をなくしたの』と」
愛がそんな風に考えていたのは意外だった。
「でも、誰かがシャッターを押す必要がある。どうする?」
「じゃあ、こうしましょう。私と愛が交互にカメラマンになるわ。私たちが一緒じゃ、どっちがどっちか分からないでしょ?」
思わず「ピアスで分かる」と言いかけたが、瑞樹がそれで見分けるのに不服を示していたのを思い出した。
「まずは私が撮るわ。そうね、みんなは石碑の隣に並んで。それがあれば、どこで撮ったか分かりやすいわ。何かないと、この島らしさがないもの」
なるほど、いい提案だ。
「もっと近づいてー。ちょっと、蓮! 愛に近づきすぎ! 加賀さん、少しかがんで。背が高いから、はみ出しちゃうわ」
注文の多いカメラマンだ。
「いくよー、はいチーズ!」
……? あれ、カメラからシャッター音が聞こえない。壊れたのか?
「加賀さん、なんかおかしいわ」
「ちょっと待ってろ。……? どこもおかしくないぞ?」
俺がそう言うと、瑞樹はぺろっと舌を出す。わざと故障したフリをしたな。
「まったく、いたずら好きだな」
みんなの所に戻りかけると、パシャリと音が響き渡る。くそ、このタイミングで撮るか!
「くすくす、面白い写真になりそうですね」
愛の言葉に釣られてみんなが笑いだす。
なるほど、瑞樹の狙いは自然な笑顔を引き出すためか。策士だな。
「さて、本番よ!」
瑞樹は写真を撮り終えると駆け寄ってきて、「これ、いい写真じゃない?」と自慢げだ。
「撮った本人がそれを言うのか」
まあ、出来がいいのは認めるけれども。
「この調子でいくわよ!」
~~
「さて、写真は撮り終わったし、そろそろ旅館に戻るぞ」
気が緩みすぎるのも問題だ。
「そうね、そうしましょ。玲子さん、ありがとうございました」
瑞樹が一礼すると「お役に立ててなによりよ」と、玲子が返す。
玲子を見送りながら、ふと思った。みんなの笑顔を守るためにも因習をなくさなくてはならないと。
「それで、見張り台で一夜を過ごすってことですが、どんな対策があるんですか? 聞かせてくださいよ」
蓮には「まさか、死ぬような事態になるのでは?」という心配があるらしい。
「それを話すわけにはいかない。話すのは簡単だが、それだと意味がない。大丈夫、誰も死にはしない」
しゃべってしまえば、見張り台で過ごす意味がなくなりかねない。俺だけが知っていればいい。それに、完全に信用するわけにはいかない。特に小鳥遊一族の蓮は。
俺は他の村でも裏切られてきた。この島でも裏切られないとは限らない。そして、最悪の場合は……裏切られたことに気づかず、あの世に行ってしまうかもしれないのだから。