目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第18話 使命と狂気

 佐倉夫妻が帰った後、俺は頭の中で今回の一件を整理していた。


 因習の一つ「見張り台で一夜を過ごした者は死ぬ」は、旧海軍が使用しいていた施設から漏れ出ていた毒が原因だった。それが、被害者の皮膚に独特のブツブツができる原因だった。そして、「火送り」の儀式の当日に死ぬ人物にも同じブツブツがある。つまり、殺人者は旧海軍の施設で毒殺していることになる。


 突然、ふすまが開くと、蓮が現れた。いきなり、どうしたんだ?


「加賀さん、瑞樹にお別れを言いに行きませんか? いくら出発が今日の夜とはいえ、時間に余裕が欲しいです。そう思いませんか?」


 確かに、蓮の言う通りかもしれない。


「瑞樹たちの家まで案内してくれ。道すがら、三枝について詳しく話が聞きたい」


~~


「三枝さんについて何が知りたいんですか? 見張り台を常に監視しているのは分かりきっているじゃないですか」


「いや、彼は何かを隠している。文書の一件の時の反応からするに、過去の調査者と接点があったのは間違いないからな」


 それに関しては、絶対の自信がある。


「なるほど、そういうことですか。僕が知っていることは、彼が弓道をしていることです。そして、瑞樹と愛の師匠でもあります」


 三枝老人が弓道をしているのは初耳だった。それに、瑞樹たちの師匠であることも。


「意外だという顔ですね。あの歳でも元気なのは、日々体を鍛えているからですね。他には……重度のがんということです」


「癌? ってことは、たまには島の外に出てるんだろ? この島に医者はいないからな」


 俺の問いに蓮は頷く。


「そうです。あの人以外に島を出る人はいませんね。あとは……そうですね、島に戻ると何か考え込むんですよ。深刻な顔で」


 島に戻ると何かを考え込む? もしかして、島の外で情報を集めているのかもしれない。「火送り」の儀式で犠牲になった被害者たちについて。


「あ、二人の家が見えてきましたよ!」


 瑞樹たちの家をパッと見た印象は「島の中でも昔からいた一族に違いない」というものだった。家には日本庭園があり、合掌造りだ。庭には鯉がいる池があるかもしれない。


「二人とも、どうされたんですか?」


 俺たちが来た理由が分からないのか、愛は首をかしげる。


「瑞樹にお別れを言いに来たんだよ」と蓮。


「そういうことですか。どうぞ、お上がりください」


 愛に案内されて家に上がり込み廊下を進むと日本庭園の横を通りかかる。チラッと見ると、弓道用の的が目に入る。なるほど、自宅でも練習しているわけか。


「お姉ちゃん、加賀さんたちが来ましたよ」


「わざわざ来てくれたの? ありがとう」


 瑞樹は服を旅行用のカバンに詰め込んでいる。しかし、量が多いから、すぐに入りそうもない。いや、入るかも怪しい。


「島を離れるのは数日だろ。そんなに持ち出す必要はあるのか?」


「加賀さん、弓道道具も持っていくから。数日でも練習しなきゃ、腕がなまっちゃうわ」


 ストイックなのは瑞樹らしいな。俺だったら、過去の因習村の資料一式を持ち出すだろうから、もっと大荷物になるかもしれない。瑞樹のことを言える立場でもないか。


「あれ、どこいったの? ねえ、愛。私の服知らない? お気に入りが見つからないの。ほら、淡いピンク色のやつ」


「ないんですか……? うーん、洗いに出している可能性はありませんか?」


「最近着てないから、それはないと思うんだけど……」


 瑞樹は不思議そうにしているが、一つの可能性に気づいた。もしかしたら、何かの意図があって犯人が盗んだのでは? それなら、どんな理由なんだ? くそ、犯人特定の手がかりになりそうなのに!


「戻ってきてから探しても遅くないだろ。服は逃げることはないぞ」


「蓮ったら他人事だからって、適当なこと言ってない?」


 二人のやりとりは、見ていて微笑ましい。だが、確実に瑞樹には危険が迫っている。こちらからすると、ハラハラしてしまう。


「ちょっと、なんであなたが来たの? 誰に用があるのかしら?」


 玄関から何やら口論が聞こえる。訪問者は誰だ?


「お前はうちに近寄る資格はない! とっとと出ていけ!」


 パシーンという音が聞こえる。おいおい、殴り合いの喧嘩が始まるぞ、これは。


「加賀さん、見てきてくれる? 私、今手が離せないから」


 まったく、しょうがないな。玄関に行くと、そこには蓮の兄である弘道の姿があった。儀式推進派の弘道が来たら、喧嘩になって当然か。


 俺が到着すると、弘道はメガネをかけていなかった。代わりに、地面にひん曲がった、それが落ちている。


「宗一郎さん、やり過ぎです。少し冷静になってください」


 慌てて止めにかかる。


「小鳥遊一族は決して許してはならないんだ! 特にこいつは」


「……? 弘道さんを許せない?」


「加賀さんは知らないか。こいつは、過去に瑞樹に手をあげたんだ! 意見が違うからといって」


 まさか、そんな過去があったとは知らなかった。それなら、当たり前かもしれない。


「……分かりましたよ、帰ります。瑞樹さんによろしくお伝えください」


「誰が伝えるもんか!」


 弘道は渋々といった表情で立ち去ろうとしている。待てよ、これはチャンスかもしれない。


「弘道さん、あなたですね。今年の儀式で瑞樹が犠牲者になるように神託に細工をしたのは」


 もちろん、はったりだ。だが、儀式反対派リーダーの瑞樹を始末するために、一族で神託に細工をした可能性はある。


「まさか、そんなことしませんよ。では、失礼します」


 弘道の背中を見つつ思った。瑞樹を殺すために、下準備をしに来たのではないかと。もし、そうならば急がなければならない。そして、暴いてみせる。小鳥遊一族の闇を。


~~


 暗闇があたりを支配し始めた。あと数時間もすれば、「火送り」の儀式当日だ。大丈夫、今から島を出れば瑞樹が死ぬことはない。


「いよいよ、お別れね」


 瑠璃るりは、ハンカチで目元を拭っている。数日でも娘と別れるのが辛いに違いない。


「お母さん、そんな顔しないでよ。何も一生の別れじゃないんだから」


「そうはいっても……」


「瑞樹だって、いつまでも子供じゃないんだ。心配しすぎだよ」


 宗一郎が、瑠璃の肩をポンポンと叩く。


「そうだ、加賀さん。戻ってきたら、くだらない因習をなくすのを手伝ってください。私だけじゃ、どうにもなりそうにないので」


 瑞樹はお手上げといったように、肩をすくめた。


「もちろんだ。『因習バスター』だからな」


「そのニックネーム、気に入ったんですね!」と瑞樹。


 今までの因習村では、厄介者として扱われてきた。それに対して、この島は真逆だ。俺を慕ってくれる人もいる。せっかくつけてもらったニックネームだ、大事にすべきだな。今後の配信で「因習バスター」を名乗るのも悪くはないだろう。


 桟橋に向けて歩いていると、何やら外が明るくなった。なんだ、これは?


「ねえ、儀式は明日よね? 誰かが間違えて火をつけたのかしら?」


「お姉ちゃんの言うとおりかもしれないわ」


 いや、違う。明るいのは神社の方ではない。嫌な予感がして明かりの方へ向かう。そして、目に入ったのは――燃え上がる桟橋だった。


「これは……。なんてこった! 殺人犯め、何がなんでも瑞樹を殺して儀式を成功させるつもりか!」


 思わず歯ぎしりする。まずい、このままでは瑞樹が儀式の当日まで足止めされてしまう。何か方法はないか?


 すると、人影がやってきた。それは、弘道のものだった。


「お前か、桟橋を燃やしたのは!」


「当たり前だ! 儀式は何があっても成功しなければならない! 桟橋を燃やすのは当然だろう?」


 燃え上がる桟橋の明かりで、弘道の顔が照らし出される。それは、狂気に満ちた悪魔のものだった。


「それなら、こっちにも考えがある。瑞樹を守り抜いて、儀式を失敗させてみせる!」


 これは、因習をなくすものとしての使命だ。何がなんでも守り通してみせる。俺のように因習で悲しむ人がいなくなるように。もし、自らの命を犠牲にするようなことがあっても。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?