「結局、島を出ることは出来なくなったわね……」
瑞樹の顔は絶望に染まっている。さすがに、儀式反対派のリーダーとはいえ、殺人予告をされては、動揺しないほうがおかしいか。
「桟橋を燃やしたのは弘道だろ? なら、今までの儀式の犠牲者も、弘道が当日に殺していたはずだ!」
蓮の顔は怒りに燃えていた。きっと、俺の顔もそうに違いない。
「どうしましょうか。このままでは、お姉ちゃんが殺されてしまいます……。私は何としてでも守りたいです。この想いだけは譲れません」
愛の声は震えていて、まるで自分が殺されかねないような口調だ。だが、強い想いは十分に伝わってきた。
「方法は一つ。一日中、瑞樹に張りつくしかない。常に二人が瑞樹と行動を共にする。これなら、弘道も手は出せないはずだ」
これ以上の案は思いつかない。シンプルイズベスト。簡単なものの方がいい場合もある。
「ひとまず、家に戻るしかないわね。作戦会議はそれからよ」
瑞樹の顔はさっきとは違い、決意に満ち溢れて見える。犠牲者を出さないことで儀式推進派の鼻をへし折るつもりだな。
その気持ちは一緒だ。策を練って決定的な証拠掴もうじゃないか。殺人者弘道の悪行を暴くために。
~~
「それで、具体的にはどうするんですか?」と蓮。
「やはり、瑞樹にぴったりと張りつくのがいいだろう。ただ、それだけだと不安だ。何かもう一つ作戦を立てて、奴を引きずり出す必要がある。断頭台の下に」
何かいい作戦はないか? あえて、瑞樹を一人にして遠くから見張るのもなくはないが、これは危険すぎる。
「あの……こんなのは、どうでしょうか。弘道さんをうちに招待するんです。お姉ちゃんに張りつきつつ、弘道さんを見張れば確実かと思います」
「それだ! いいぞ、愛。さすがだ」
愛は頬を染めていて、褒められたのが嬉しいように見える。きっと、姉の役に立つのが自身の使命と考えているに違いない。これは、愛に負けていられないぞ。
「だけど、どうやって奴をおびき出します? 『お前は犯人に違いないから、こっちに来い』じゃあ、乗ってきませんよ、きっと」
蓮の言うとおりだ。もっともらしい理由を作る必要がある。
「これなら、どうだ? 『賛成派と反対派で議論をする』と、持ち掛けるんだ。あいつは儀式に執着しているから、来ないわけがない。みんなはどう思う?」
俺の提案に、みんなが首を縦に振る。どうやら、満場一致らしい。
「それじゃあ、俺が神社に行ってくる。挑発する手段はすでに考えてある」
~~
神社の鳥居をくぐると、出迎えたのは神主の和彦だった。
「何をしに来た? まさか、また『火送り』の儀式をやめろと言いに来たのか?」
「まあ、近いですね。議論を申し込みに来ました。儀式を続けるべきか否かの」
「……? お前は何を言っているんだ? 続けるに決まっているだろう」
「それは、小鳥遊一族の主張です。儀式賛成派は島では少数派なのでしょう? ここまで来る階段がボロボロでした。つまり、信仰者が減って金銭的に困っているはずだ。ですから、こちらが譲歩して議論にしようと申し入れているのです」
和彦のこめかみの血管がピクピクと動いている。もう一押しだ。
その時、社務所からゆったりと、威厳を伴って重道が現れた。
「何事だ? いや、なんでお前がここにいる。この神聖な境内に」
重道が一言発しただけで、周囲の空気が一変した。一言一言が突き刺さるようだ。
「和彦さんに申し入れをしていまして。儀式を続けるべきかの議論をすべきだと」
「何をたわけたことを! そんなことをする意味がない。やるだけ無駄だ」
くそ、もう一押し何かが必要だ。何かないか? 重道の重い腰を上げさせる何かが。そうか、その手があったか!
「……分かりました。議論の場に来ないのなら『小鳥遊一族は、腰抜けばかりだ』と島中に言って回ります。事実でしょう?」
重道の顔が曇る。島の長としてのプライドが許さないはずだ。最後の一押しはこれだ。
「俺たちは、『小鳥遊一族は、儀式の進行者に相応しくない』という証拠を持っています。それを佐倉家でお見せします。どうですか?」
もちろん、そんなものはない。
「そこまで言うか……。分かった、佐倉のところに出向いてやる。そして、潔白を証明して見せよう」
~~
「さあ、議論を始めましょうよ。儀式の存続は島の未来をも左右しますからね」
俺はパンパンと手を叩いて注意を引きつける。
「では、見せてもらおうか。我々が相応しくないという証拠を」
「非常に言いにくいのですが……その件は嘘です。でっちあげです」
こういうのは、あっさり明かしてしまうのがいい。そして、さっさと本題に入るべきだ。
「実は、ここに来てもらったのには別の理由があります。それは、弘道さんが瑞樹を殺さないように見張るためです」
「お前、何が言いたい? 弘道が人殺しをするとでも? もし、本気で言っているなら侮辱罪で訴えるぞ!」
和彦は拳を握り、今にも殴りかかってきそうだ。
「落ち着いてください。弘道さん、あなたの意見を聞かせてください」
ためらいもなく「もし、儀式当日に
「弘道、お前……。本気で言っているのか? 儀式のために、手を血で染めるとでも……?」
さすがに和彦も驚きを隠せないらしい。
「神託通りにする。それが、一族のやるべきことだ。そうでしょう?」
重道は無言を貫き否定をしない。つまり、弘道の言うとおりだという考えなのだろう。
「こいつ、狂ってやがる……」
蓮は茫然としている。そして、瑞樹は殺害予告をされたことで、体の震えが止まりそうにない。
「弘道さんを監視させてもらいます。異存はありませんね?」
弘道はこくんと頷く。
これで準備は整った。瑞樹の死を回避するための準備が。
~~
時間が経つのが長い。長すぎる。弘道を監視するのは堅実な作戦だが、丸一日となると神経が参ってしまう。
「加賀さん、あなたに言うべきことがあります」
宗一郎は唐突にそう言った。
「俺にですか?」
「ええ、そうです。これは、あなただからこそ話します」
俺以外には話さない内容? どういうことだ?
「あなたは因習をなくしに来ましたね。そして、因習の一つ『見張り台で一夜を過ごした者は死ぬ』の正体は、毒ガスが原因だと突き止めてくれました」
「ええ、そうです。それが、俺の目的――いえ、使命ですから」
因習に縛られて悲しむのは、俺だけで十分だ。
「『舟流し』ですがね、あれにも理由があるんです」
思わず目を見開く。宗一郎が理由を知っている?
「自分で言うのもなんですが、うちは旧家ですからね。昔の記録も残っているんですよ。これを見てください」
宗一郎に手渡されたのは、古めかしい古文書だった。
「拝見します」
そっと受け取ると、目を通す。そこに書かれていたのは、驚くべき内容だった。
「火送りの儀式」を巡って、推進派と反対派が衝突したこと。そして、殺人事件にまで発展したこと。そして――誰が殺したのか、そして何で殺したのか分からなくするために「舟流し」で遺体を処分したこと。
もし、これが本当なら、「舟流し」は儀式を巡った殺し合いから出来た因習になる。
「つまり、『舟流し』は、死因を隠すためのものだったと……?」
「その通りだ。つまり、今も島の中では、それぞれの主張を巡って殺し合いが行われているんだ。『火送り』をやめない限り、島民の血が流れ続ける」
重たい空気が立ち込める。
しかし、その空気はすぐに弾け飛んだ。パリーンと何かが割れる音がする。
「宗一郎さん、これは……?」
「何が起きたんだ?」
俺は宗一郎と一緒に音の方へ駆け走る。まずい、瑞樹の身に何かあったかもしれない。もしそうなら、弘道を呼び出すことを提案した愛のせいになってしまう。それだけは避けなければならない。頼む、間に合ってくれ!
廊下の角で危うく誰かとぶつかりそうになる。それは蓮だった。
「加賀さん、まずいですよ!」
「分かってる!」
息を切らして音のした部屋に駆け込むと、誰かが横たわっていた。
真っ赤に染まって。
それは――瑞樹だった。