愛の遺体は、佐倉家のリビングに運ばれた。物言わぬ愛。ようやく、愛が死んでしまったことを実感する。
「……。愛を殺したのは奴は許せない。つまり、弘道、お前だけは許さない!」
「そうか、そうかもな」
弘道は犯人呼ばわりされても、まるで他人事のようだ。やはり、こいつは頭のネジが外れているんだ。
「お前は肝心なことを見落としているぞ。もし、弘道が犯人なら返り血があるはずだ」
重道の言葉にハッとする。確かに返り血がない。どうしてだ? 愛の遺体をよく見て気づいた。傷跡からするに、愛は後ろから頸動脈を切られている。つまり、返り血はなくて当たり前なのだ。
「付け加えるのなら、他の者のアリバイを調べるべきだろう?」
彼の指摘はもっともだ。弘道が犯人だとしても、形式的でもアリバイを確かめるべきだ。人の死に接して、いつものような考えができない。いや、これが当たり前なのかもしれない。
「調べるまでもない。弘道を監視していたのは愛だ。近くにあったカッターで殺したに決まっている!」
宗一郎は娘を殺されて判断が狂ったのか、カッターを手にとって重道に斬りかかろうとする。
「気持ちは分かります。でも、あなたまで殺人者になる必要はない!」
「それに、弘道だと決めつけるのは良くない。お前たちの中に裏切り者がいるかもしれん」
裏切り者がいる? まさか。瑞樹、蓮、そして愛の両親。瑞樹の死を回避すべく動いていた人物に裏切り者がいるはずがない。いや、そう信じたい。
「そのジジイも怪しい。『儀式は成功しなければならん』だの『自ら手を下すべきか』だの呟いていたからな」
蓮の視線が重道に突き刺さる。重道が殺した? でも、どうやって?
「それなら、この人も怪しいです」
瑠璃は和彦を指さす。
「じっーと、愛がいる部屋に視線を向けていました」
そうだとしても、呟きや視線で愛は殺せない。やはり、弘道が犯人に違いない。
「ひとまず、半田さんを呼びましょう。素人があれこれ言ってもしょうがないです。弘道を拘束した上で、決定的な証拠を集めましょう」
それが、今できる精一杯の提案だった。
〜〜
半田は困惑した様子だった。おそらく、瑞樹が死ぬと思っていたに違いない。それなのに、死んだのは愛なのだから。
「いや、困りましたね。今年も犠牲者が出てしまいましたか。それも、愛さんですか。報告書、どう書けばいいやら。面倒なことになったな」
半田は愛が死んだことよりも、自分の仕事が気になるらしかった。とんだ駐在員だ。過去の犠牲者の時も適当な報告書を書いたに違いない。この島の住人は全員が狂っている。いや、因習に支配されている。
「報告書は後回しでしょう。まずは、弘道を拘束すべきです」
俺は怒りを抑えて意見する。
しかし、半田の反応は意外なものだった。
「弘道さんを拘束? それは、ないですね。決定的な証拠はないでしょ?」
は? こいつは何を言っているんだ?
「ひとまず、この場は解散で。儀式の中止は残念ですが」
半田の言葉を聞くなり、小鳥遊一族は立ち去ろうとする。
「ちょっと待ってください!」
和彦は、俺の手を振り解くと「何か問題でも?」という表情で睨みつけてくる。
何か言い返したかった。だが、言葉が出てこない。
和彦はふっと笑い、俺の肩を軽く叩いた。
「お疲れさん。まあ、これで終わりだな」
そのまま彼は背を向け、何もなかったように歩き出す。
俺は拳を握ることしかできなかった。
〜〜
「そうか、愛は死んでしまったのか……」
三枝の目は虚ろで、まるで抜け殻のようだった。
「三枝さん、力及ばずすみません」
三枝は首を横に振ると「お前さんが責任を感じる必要はない」と力なく言う。
「ただ、愛を殺した犯人は突き止めて欲しい。それが、我々ができる精一杯の弔いだ」
三枝老人の言う通りだ。何としてでも、弘道を殺人犯として捕まえる必要がある。
「そういえば、さっき神社の前を通ったんだが、煙が上がっていた。気になって見てみたら、重道と和彦が火で何かを焼いている様子だった」
二人が何かを燃やした? もしや、犯人は弘道ではなく、彼らが結託して行ったのか?
「まあ、無理はするな。体を壊しては意味がない。健康第一だ」
重度の癌を患っている三枝の言葉には説得力があった。
家を去る時、三枝老人は「これなら、あるいは……」と深刻な表情をして呟いていた。
〜〜
愛が殺されてから半日が経つと、島民があちこちで喧嘩を始めた。儀式反対派の愛が殺されたのだから、当たり前だろう。下手したら、「舟送り」が増えかねない。
俺は佐倉家での出来事を思い出していた。小鳥遊一族の誰かが愛を殺したのは間違いない。弘道が一番怪しいが、決定的な証拠がない。あと一押しが必要だ。何か罠をしかけられないか?
「加賀さん、お手紙が届いています」
真紀から受け取った手紙には、こう書かれていた。
「お前が殺人犯を捕らえることはできない。島を出ていけ。それがお前のためだ」
脅しか。どうやら、何としてでも俺を追い出したいらしい。それだけ、犯人にとって脅威だとも受け取れる。待てよ、この手紙を使って揺さぶりをかけることはできないか?
手紙を懐にしまうと、三枝のもとへ向かった。犯人は小鳥遊一族の誰かだが、事件当時に現場にいた蓮たちを完全に信用するわけにはいかない。その点で、三枝老人を頼れば何か打開策が思い浮かぶかもしれない。
「失礼します。加賀です」
ノックをするが返事はない。
カギはかかっていない。もしかして、癌が悪化して倒れているかもしれない。愛の死で精神的に追い詰められて。
急いで居間に向かうと、そこには三枝がいた。首にロープが巻かれ、動くことのない三枝の姿が。