「三枝さん!」
直感は、もう遅いと告げている。だが、可能性がある以上、何かしなければならない。三枝に近寄ると、胸の動きを確認する。しかし、胸が上下に動く様子はなかった。手遅れだった。またしても、死者がでてしまった。
「くそ!」
床に向かって、勢い良く拳をぶつける。血がじわじわと滲むが、胸の苦しさに比べれば軽いものだった。
誰が犯人だ? 愛の殺人犯と一緒なのか?
三枝の遺体を観察する。首に巻かれたロープ。そして、抵抗した時についたと思われるひっかき傷。手のひらには、ロープの跡。そして、手の近くには――古びた日誌が落ちていた。
風化具合からして、かなり古いものに違いない。もしかしたら、島の因習の真相が書かれているのかもしれない。三枝老人には悪いが、サラッとなら読んでも問題ないだろう。
〇月×日
今日は見張り台を調査した。どうやら、何かしらの毒が原因で、一夜を過ごすと死んでしまうようだ。これはまずい。海軍の施設の中に入れない以上、島に噂を流して誰も近づかないようにするしかない。うまくいくだろうか。
〇月■日
まずいことになった。「見張り台で一夜を過ごすと死ぬ」という噂を流したのが裏目に出てしまった。好奇心旺盛な若者が、噂の真偽を確かめるといって無謀にも一夜を過ごした。今後は見張り台に近寄る者がいないように、徹底的に張りつくしかない。島民からは、
×月〇日
神社に出向き、重道に「火送り」はやめるべきだと言いに行った。しかし、取り合ってもらえなかった。彼の気を逸らして社務所にあった古文書の一部を手に入れることができた。中身は明日見ることにしよう。
×月●日
手に入れた古文書の中身は恐ろしいものだった。「火送り」の目的は、イザナミへ
驚きのあまり、時が止まったかのように身動きが取れなかった。三枝老人は、「火送り」の真相も知っていた。彼なら、儀式をなくすために行動したに違いない。しかし、うまくいかなった。因習をなくそうとしたのは、俺だけではなかったのだ。
いけない、日誌の内容に気を取られて半田をはじめ、みんなを集合させるのを忘れていた。殺人犯を炙り出さなくてはならない。家を飛び出すと、駐在所に駆け出した。
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「次は、三枝さんですか。面倒なことになった。愛さんの殺人だけでも手一杯なのに。しかし、犯人が誰か分かりませんね。ここは、伝統通り『舟流し』すべきですかね。重道さん、どう思います?」
は? 殺人事件なのに、「舟流し」をする? だが、思い出した。この島では儀式を巡って殺し合いが絶えない。そして、死因を分からなくするために「舟流し」をするようになった。半田は因習通りにすべきだと考えているのだ。それは、面倒だからなのか? もしや、彼が犯人で証拠を隠滅しようとしているのでは?
「君の言う通りだ。『舟流し』すべきだろう」
重道は「それ以外に選択肢はない」という考えらしい。
「ちょっと待て! 殺人なんだ、きちんと捜査すべきだ」
「……。確かに、蓮の意見も一理ある。父上、どうでしょう。少し時間をおいては」
和彦が重道に反抗している……? 予想外だ。彼は重道の意見通りにしか動かないとばかり思っていた。
「いえ、『舟流し』すべきです。伝統に従わなければ、『火送り』も廃止に追い込まれかねません」
犯人候補の弘道は、妙に落ち着いている。自分が手を下したからなのか? そして、あくまでも因習に従うべきだと考えている。殺人の証拠を消し去るために違いない。このままではまずい。何か「舟流し」を遅らせる手段を考えなければならない。どうする? 早くしなければ、手遅れになってしまう!
「ねえ、これおかしくないかしら。師匠の弓の形が不自然よ」
瑞樹の指摘にハッとする。弓のつるの形がおかしい。つるは切れていて、まるで「ム」のような形をしている。これは、偶然か? それとも、三枝のダイイングメッセージなのか?
しかし、次の瞬間、弓はあらぬ方向に吹き飛んだ。弓の代わりに重道の足が視界に入る。
「こんなものはどうでもいい。早く『舟流し』の準備を進めろ」
「あんた、何するんだ! 貴重な証拠かもしれないんだぞ!」
重道の胸倉を掴み揺さぶるが、彼は何とも思っていないようだ。もしかして、自らの犯行がバレないようにしたいのか?
「加賀さん、落ち着いてください。その手を離さないなら、暴行罪で逮捕しますよ」
半田の言葉に
逮捕されては、捜査ができなくなる。仕方なく重道を解放する。
「半田さん。あなたは因習を絶対視しているが、それは間違っている。私たちは、忌まわしい過去と決別すべきだ」
宗一郎の言葉に「因習? 何を言っているんだ」と言い返す。
半田からすれば立派な伝統なのだろう。重道にとっても。しかし、伝統は行き過ぎれば、因習に変貌する。
宗一郎と半田たちが怒鳴りあっている間に、つるの不可思議な状況に思考を巡らせる。「ム」に似た形。どこか見覚えがある。いつ、どこでだ? 必死に記憶をたどるが思い出せない。あと一歩なのに!
「弘道、お前は下がれ。このままでは、犯人にされかねない」
弘道が下がろうとした時だった。一枚の紙がひらりと落ちる。それは、誰かとやり取りした手紙だった。そこには「弘道」と署名がある。
そうか、「ム」を見たのは、弘道の名前だったのか! だが、彼を犯人だと指摘するには証拠が足りない。三枝のダイイングメッセージを完璧に理解する必要がある。考えるんだ、三枝の意図を。彼の遺志を継がなければならない。
瑞樹は、三枝の弓を見て「私は師匠の跡を継ぐ」と決意を固めているようった。弓か。待てよ、弓! そうだ、「弓」のつるが「ム」の形をしていた。それを合わせれば――「弘」という字になる! あとは、物的証拠を集めるだけだ。
「加賀さん、何かありましたか? 弘道が犯人だという証拠でも発見したんですか?」
「その通りだよ、瑞樹。あと少しで奴を法で裁けるようになる!」
俺はもう一度、三枝の遺体に目を向ける。そして、あることに気づいた。
「弘道を引き渡せ! 愛を殺した上に、三枝さんまで殺したんだ!」
俺は、ゆっくりと立ち上がると、こう言った。
「宗一郎さん、それは間違いです」
「加賀さん、何を言っているんだ! こいつ以外に犯人はいない!」
「弘道は三枝さんを殺していない」
俺は呼吸を整えて、こう言った。
「三枝さんの死は、彼の自殺です」と。