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第2話 退屈な神との契約

「くく。あっははは!」


 突然どこからかそんな笑い声が聞こえ、自称女神の視線を追って私も同じところに目を向けるが、そこには誰の姿もない。


 けれど、確かにそこには誰かがいる。


 直感的にそう感じた私は、じっと同じ場所を見つめていると、誰もいないその場所に自称女神が話しかける。


「その声は、クロノリアですか?」


「あはは。どーも、イルカルラちゃん」


 すると、そんな声と共に私たちの前に現れたのは15歳くらいの少女で、この真っ白な空間に負けないくらい白い髪と、まるで全てを見通すような薄水色の瞳をしていた。


「何のようですか?クロノリア」


「うーん?そうだねぇ。たまたま近くを通ったら面白い会話が聞こえたから来ただけだよぉ」


「冷やかしに来たのなら帰ってください。今、私は罪を犯した魂を導かなければなりませんので」


「ふふ。導くですって?先導者が間違えているのに、ついていくことなんてできるわけないでしょう?」


「ぷふふ」


 どうやらクロノリアと呼ばれた少女は、私が自称女神に噛み付いているのが面白いみたいね。


 だって、今も私の言葉を聞いて楽しそうに笑っているもの。


「ねぇ。君の名前はなんて言うのかなぁ」


「それって、私のことですか?」


「そうだよぉ」


「私は、カルナージュ・エーデルシュタインと申します」


「カルナージュ…なら、カルナちゃんでいいかな?」


「お好きにどうぞ」


「じゃあさ、カルナちゃん……」


 クロノリアはそこで言葉を切ると、一瞬で姿を消し、気がついた時には私の目を真上から覗き込んでいた。


「生き返りたくない?」


「はい?生き返る?」


「クロノリア。何を言って……」


「黙ってなよ、イルカルラちゃん。じゃないと、存在ごと消しちゃうよ」


「っ……」


 凄いわね。


 クロノリアが少し睨んだら、あの傲慢だったイルカルラが一瞬で黙ったわ。


「それで?生き返りたい?生き返りたくない?」


「そうですね。まず、生き返るとはどういうことかを説明してほしいのですが?」


「あはは。そうだよねぇ。まずはそこからだよねぇ。なら、まずは座ってお話しようかぁ」


 そう言ってクロノリアが指をパチンッと鳴らすと--あら不思議。


 私の目の前に白いテーブルと椅子が二つ現れると、私とクロノリアは向かい合うようにして腰を下ろす。


 あ、ちなみにイルカルラの分はないみたいよ。


 だって、椅子は二人分しかないし、何より彼女はクロノリアの後ろに立っているのだから。


「では、生き返るという件について詳しく教えてくれますか?」


「いいよぉ。ただぁ、一つ言葉を正すと生き返るんじゃなくて、生きていた頃に時間が巻き戻るって言うのが正しいねぇ」


「時間が巻き戻るですか?」


「うん。私は時間を司る神様なんだけどぉ、私の権能を使うことで君が生きていた頃に時間を戻してあげられるんだぁ」


「なるほど。確かに、それなら生き返るのと同じですね」


 最初は死んだ体が元に戻って生き返るのかと思っていたけれど、どうやら時間そのものを巻き戻して生き返らせてくれるみたいね。


「なら、その代わり私は何をすればよろしいんですか?」


「そんなに難しいことじゃないよぉ。ただ、私を楽しませてくれればそれでいいからぁ」


「楽しませるですか?」


 はて。神様を楽しませるとは?


 変な踊りを踊ったり、過去の恥ずかしい話でもすればいいのかしら。


「あ、何を考えているのか分からないけどぉ、そんなに気負わなくてもいいよぉ。ただ、私と契約して君がやる事を見せてくれればいいだけだからぁ」


「契約?」


「そう。君のいた世界で言えばぁ、聖女ちゃんがそうだったねぇ」


「聖女が…つまり彼女の能力は、神様と契約したことで得た能力ということですか?」


「そういうことぉ。聖女っていうのはぁ、光魔法が使える女の子の中から治癒の女神と相性が良い子が選ばれてなれるものなんだぁ」


「なるほど。そういうことなんですね」


 聖女の力が強力なのは知っていたけれど、それが神様の力を借りた結果なら、確かに納得することができるわね。


「では、私もあなたと契約すれば、特殊な力が使えるようになるんですか?」


「なるよぉ。具体的に言うとぉ、私の権能である時間操作系の能力を魔法として使えるようになるよぉ」


「時間魔法ですか。それは魅力的ですね」


「でしょ〜。まぁ、普通は人間が使っていい領域を超えた能力だから効果は制限されるけどぉ、それでも良い能力だよぉ」


「確かにそうかもしれませんね」


 時間魔法なんてものは聞いたことがないのだけれど、時間操作ということはそれ相応の能力があると考えて問題なさそうね。


「わかりました。その契約、お受けします」


「やったぁ!なら、生き返りたい時間を……」


「クロノリア。いい加減にしてください。いくらあなたでもこれは越権行為です。私の担当である魂の導きにこれ以上の口出しをしないでください」


 私がクロノリアの話に応じて契約しようとしたら、ずっと後ろに立っていた自称女神が話に加わってくる。


「大体、あなたはいつもいつも自分勝手に……」


「はぁ。イルカルラちゃん。私、さっき黙れって言ったよね」


「くぅ……」


 先ほどまで笑っていたクロノリアから笑顔が消えると、彼女は頭だけを後ろに向けてイルカルラを睨む。


 すると、なんということでしょう。


 先ほどまであったはずのイルカルラの左腕が消えてなくなり、彼女は元々腕があった場所を押さえながら跪いたではありませんか。


「あのさぁ。私もね?君がちゃんと仕事をしてくれているなら何も言わないよ?けどさぁ君、ちゃんと仕事してないよね」


「そんな、ことは……」


「最近君に対して苦情が入ってるんだよ。ちゃんと過去の経歴を見ないで、死因につながった罪だけで死者を導いているって。君、最高神の一柱になったからって調子に乗ったんだよね?前任の神がなんで死んで、誰に殺されたか、もう忘れたわけ?」


「ご、ごめんなさい。これからは気をつけますから、どうか今回だけは……」


「あはは。なんてねぇ。そんなに怯えないでぇ。昇神したら誰でも最初は浮かれちゃうよねぇ。だからぁ、今回は許してあげるねぇ」


「あ、ありがとうございます」


 クロノリアはそう言って先ほどまでと同じように笑うけれど、イルカルラはすっかり怯えてしまったのか震えていた。


「ごめんねぇ、カルナちゃん」


「いえ、お気になさらずに」


「ありがとぉ」


 これは、認識を改めないといけないわね。


 クロノリアは、一見すれば155センチ程度の小柄な少女に見えるけれど、彼女が最高神の一柱と呼んだ自称女神を圧倒した所を見るに、クロノリア自身も同じ最高神で、しかも格がより上の存在ということね。


「それで、だけどぉ…あれ、なんの話をしてたんだっけぇ?」


「生き返りたい時間について尋ねられた所で、邪魔が入りましたね」


「あぁ、そうだったねぇ。ならぁ、改めて聞くけど生き返りたい時間にリクエストとかはあるぅ?」


「リクエスト…ということは、生き返る時間を自由に選べると言うことですか?」


「そうだよぉ。私は時間の神様だからぁ、そんなことも可能なんだぁ」


「なるほど。それは便利ですね」


「それでぇ、リクエストはあるぅ?」


「そうですね。では、私が学園に入学する一年くらい前でお願いできますか?」


「いいよぉ。けどぉ、ほんとにそれでいいのぉ?さっき君の人生を見させてもらったけどぉ、分岐点はいくつかあるよねぇ。例えば婚約前とかさぁ」


「ふふ。クロノリア様。私、誰かに負けるのって嫌いなんです。それに、逃げることも」


「うん?つまりぃ?」


「婚約前に時間が戻ってしまったら、あの馬鹿王太子と婚約しない未来も掴めてしまうじゃないですか。だからと言って、もう一度あの馬鹿王太子との婚約期間を経験するのも嫌です。だから、婚約という結果だけを作り、その上で徹底的に潰します。その方が、面白くありませんか?」


 きっと今の私は、相当悪い顔をしているでしょうね。


 それこそ、悪女と呼ばれていた死ぬ前の私に似合うくらい、素敵な笑みを浮かべているはずよ。


 だって……


「ぷっ。あっはははは!」


 目の前にいる神様が、こんなにも楽しそうに笑っているのだから。


「いいねぇ。すっごくいい。そうだねぇ。やるなら徹底的に、そして何倍にもして返さなきゃねぇ」


 あら、この神様。もしかしたら私と気が合うんじゃないかしら。


 私もやる時は徹底的に潰すタイプですし、やられたら何倍にもして返す性格だから、契約した後もきっと仲良くやっていけそうね。


「それじゃあ、そろそろ時間を戻そうかぁ。契約は君が了承した時点で終わってるからぁ、目が覚めたら私と契約して得られた魔法が使えるはずだよぉ。よかったら試してみてねぇ」


「わかりました」


「それとぉ、契約した私たちはいつでもお話しできるからぁ、たくさん話しかけるから無視しないでねぇ」


「ふふ。こういう場合、たくさん話しかけてね、じゃないんですか?」


「普通はそうかもねぇ。でもぉ、たくさんお話ししたいのは私の方だからぁ、これで間違ってないよぉ」


「そうですか。では、忙しい時は難しいかもしれませんが、なるべくお答えするようにしますね」


「うん。楽しみにしてるねぇ」


 この神様、なんというかとてもマイペースで素直なところが可愛らしいわね。


「それじゃあ、時間を巻き戻すねぇ。それとぉ、今度から私のことはリアって呼んでねぇ。クロノリアだと距離があって寂しいからさぁ」


「わかりました。では、今後もよろしくお願いしますね、リア」


「うん。よろしくねぇ」


 クロノリア改めリアがそう言って笑顔で手を振ってくれるのを眺めながら、私の意識はゆっくりと薄れていくのであった。





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