目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

第4話 久しぶりは楽しい

 あぁ。やっぱりいいわね、こういうの。


 両手に感じる剣の重さや久しぶりなのに馴染む握りの感触。


 張り詰めた空気とほどよい緊張感。


 昂る気持ちとは裏腹に、集中するほど澄み渡っていく思考。


 そんな様々な感覚が、私が今…「生きている」ことを証明してくれているようで心地いい。


「ルールについてですが、魔法は無し。勝敗はどちらかが降参、または戦闘の続行が不可能な状態となったら終了。それでよろしいでしょうか」


「構わないわ」


「では、始めましょう。どこからでも攻めてきてください」


 エルメルダはそう言って、本来なら両手で持つはずの大剣を片手で持つと、それだけで彼の威圧感というか存在感のような物が増し、私の肌をヒリつかせる。


「この感覚、やっぱりたまらないわね」


「はは。相変わらず、お嬢様は私を前にしても笑うのですね」


「楽しいのだから、仕方ないでしょ!」


 私はそう言葉を返しながら地面を蹴ると、両手に握るアポクリスとアルティミアに力を込め、まずは両方の剣を振り下ろす。


「ほぅ。久しぶりとは思えぬほど重く鋭い一撃ですね」


「そう思うなら、少しくらい動いてくれてもいいのよ?」


「はは。そう簡単に力負けするわけには行きませんからね!」


 エルメルダはそう言って少しだけ楽しそうに笑いながら体を捩ると、丸太のように太く逞しい腕で大剣を横に振り抜き、簡単に私のことを吹き飛ばす。


 けれど、宙に浮いた私は空中で身を捩って着地すると、間を開けることなくすぐにエルメルダとの距離を詰めていく。


「なるほど。私が大振りした隙を狙い、今度はスピードによる連撃ですか。悪くないですね」


「あなたに褒めてもらえるなんて光栄ね。けど、その余裕がちょっと気に食わないわね」


 女である私が、力で男性であるエルメルダに勝てないことは分かり切っている。


 それに加えて、エルメルダは常に騎士として鍛錬をしてきたのに対して、私には数年というブランクもある。


 だから、私が彼に勝つなんてほとんど不可能なのだけれど、だからと言って諦めて思考を放棄するなんてつまらない。


 --考えて考えて考え続ける。


 それが、何もかもが劣っている私にできる唯一のことであり、私が勝つためにやらなければならないことなのだから。


「これは……」


「ふふ。驚いた?」


「そうですね。正直驚きました。お嬢様、本当に剣を握ったのは久しぶりなのですか?」


「もちろんよ。実に、数年ぶりのことだわ」


 どうやらエルメルダは、私の動きや攻撃が予想以上に速くて正確だからか、少し驚いた反応を見せてくれる。


 けれど、こんな事で驚かれるなんて、私の方が逆に驚いてしまうわ。


 だって、まだまだ私は加速できるんですもの。


「くぅ!」


「ふふ。どうやら、速さは私の方が上手のようね」


 私の連撃を受け止めていたエルメルダは、ようやく苦悶の声を漏らすけれど、それでも私が手と足を止めることはない。


「さすがですね。剣を一振りするごとに、体の無駄が無くなっていくとは」


「褒めてくれてありがとう。でも、それも全部あなたが私の攻撃を受け止めてくれているからよ」


 エルメルダの言う通り、私は両手の剣を一振りするごとにその動きが洗練され、自分でも動きがどんどん最適化されて動きやすくなっていることが分かる。


「はは。私にも騎士としての矜持というものがありますからね。まだまだお嬢様に負けるわけにはいきませんよ!」


「あら……」


 --それは、本当に一瞬だった。


 一度距離を取った私は、すぐに体勢を立て直してもう一度地面を蹴る。


 しかし、エルメルダが両手で握った大剣を横に振り抜いた瞬間…風が吹き荒れ、少し目を瞑った時にはエルメルダが私の目の前で剣先を喉元に向けていた。


「まだ、続けられますか?」


「いいえ。これはさすがに私の負けよ。降参するわ」


「ご懸命な判断です」


 エルメルダはそう言ってニカッと満足そうに笑うと、剣先を下げて距離を取る。


 それを見た私は、愛剣たちを腰の鞘に収めると、さっそく最後のあれについて尋ねてみる。


「凄かったわね。さっきの風。あれは、純粋な力による物なの?」


「はい。普通の剣では難しいかもしれませんが、私が使うのはご覧の通り幅が広く重量のある大剣です。そこに腕、腰、そして足の力を利用した回転の力を加えれば、剣の振り方によっては先ほどのような風を生み出すことができるのです。とは言っても、児戯のような技ですので、戦争時などでは使えませんがね」


「なるほどね」


 --要は、扇子を開かずに棒のようにして使うか、開いて平面で使うかということね。


 開いていない扇子は、いくら振っても風は生まれないけれど、開いた扇子は風を受ける面積が増える分、風が生まれやすくなる。


 エルメルダがさっき使ったあの技は、それに似た物ということね。


 まあ、たとえ原理は分かったとしても、残念ながら私には不可能な技だけれど。


 だって、私にはエルメルダのような強靭な肉体もなければ、愛剣たちはあんなに幅広くもないのだから、風を切ることはできても、風を扇ぐことはできないもの。


 それにエルメルダの言う通り、あんなに大振りする攻撃が実戦なんかで使えるはずがないから、今回のような稽古や演舞に見せるくらいにしか使えないわよね。


「ありがとう。とても勉強になったわ」


「それは何よりです」


「はぁ。それにしてもダメね。久しぶりだったからか体も思うように動かなかったし、体力も全然なかったわ。それに、少し剣を振っただけで手が痛くなってしまったもの」


 実際、少し動いただけで既に腕には力が入らなくなっているし、足も立っているのが不思議なほどに震えている。


 それに、手のひらも久しぶりに剣を振ったからか付け根のあたりが赤くなっていて、さっきから刺すような痛みが手のひら全体から伝わってくる。


「いやいや。むしろ私は驚きましたよ。久しぶりであるにも関わらず、動きも速くてとても鋭く迷いもなかった。少なくとも、騎士になったばかりの者たちでは相手にならなかったでしょうね」


「あら。それはつまり、ベテランの騎士には及ばないと言うことかしら?」


「まぁ、厳しい言い方をするならばそうなりますね。お嬢様の動きはまだまだ単調ですし読みやすい。ですが、それは経験でしか得られないことので仕方がないとも言えます。なので、今回のことで悲観はせず、お嬢様が望むのであれば剣術を続けていただければと思います」


 --意外ね。


 てっきり、お父様たちみたいに剣術を辞めるよう言われるかと思っていたのだけれど。


 エルメルダはアドバイスをくれた上に、私が望むのなら剣術を続けてほしいとまで言ってくれたわ。


「止めないの?」


「止めませんとも。私はお嬢様が初めて剣を握った時からあなたを見てきました。類稀なる才能を持ちながらも慢心せず、剣を心から楽しそうに振るうあなたのお姿をです。そんな姿を見てきた私が、お嬢様の望む道を止めることなどできません。それに、私はただの騎士ですので、仕えるべきお方の歩む道を阻むはずもございません。なのでどうか、お嬢様の選んだ道をお進みください」


 まさか、騎士団長であるエルメルダからこんな言葉をかけられるとは思ってなかったわね。


 だから少し、ほんの少しだけだけれど、驚いてしまったわ。


「その言葉、お父様の意思に反するものとなるけれどいいのかしら」


「問題ございません。そもそも、私が忠誠を誓ったのはエーデルシュタイン家そのものであり、公爵様個人に対してのものではございません。なので、同じエーデルシュタインの姓を持つお嬢様が自らその道を選んだのであれば、私はエーデルシュタイン家に仕える者として、お嬢様をお支え致します」


「なるほど。ふふ…エルメルダの気持ち、ありがたく受け取るわね」


「はい」


 これは、いいことを聞いたわね。


 確かに最近では、家督争いに関わらないために個人に仕える騎士よりもその家に忠誠を誓う騎士たちが増えてきたと聞いたことがあったけれど、まさかエルメルダもそうだったなんて。


 それはつまり、たとえ私がお兄様やお父様に何をしようと、エーデルシュタイン家が没落するようなことがなければ静観するということを意味する。


 そしてそれは、所謂家督争いにはエルメルダを含めた騎士たちが関与しないことをここで私に宣言したと言うことでもある。


「その言葉、決して違えないことを願っているわね」


「お任せください」


 私の立てた計画では、エルメルダを含めた青天の騎士団も一つの障害になるだろうと思っていたのだけれど、彼らが手を出さないと言うのならかなりやり易くなる。


 --これは、幸先がいいわね。


「それじゃあ、また手合わせをお願いね」


「お待ちしております」


 私は最後にそう言ってエルメルダに背を向けたところで、一つ言い忘れたことを思い出して振り返る。


「そうだ。私の剣、手入れをしてくれてありがとう。すごく嬉しかったわ」


「お言葉、ありがたく頂戴いたします」


 エルメルダはそう言ってもう一度頭を下げたけれど、一瞬見えた彼の顔が笑っていたように見えたから、やっぱり私の予想は間違っていなかったみたいね。


 本当に、いい人を味方につけられたわ。


 それから私は、一度部屋に戻って愛剣たちをお父様たちに見つからないところに隠すと、浴室へと向かい、汗を流すのであった。







この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?