お風呂に入って汗を流しさっぱりした私は、自分の部屋に戻ってくると、メイドが用意してくれた紅茶を飲みながらゆっくりとした時間を楽しんでいた。
「一度死んでみると、こういう何気ない時間が心地よく感じるわね」
死ぬ前は、王妃教育やら馬鹿太子がやらかしたことの後始末などで忙しく、休むことなんて時間の無駄だと思っていた。
--けれど、一度死んでみるとこうしてゆっくりとした時間を過ごすのも悪くない気がするわね。
「さて。それじゃあ今日は……」
『おっはよぉ。カルナちゃん。私の声、聞こえてるかなぁ?』
「あら?その声は、もしかしてリアですか?」
今日は何をして過ごそうかと思っていたところ、突然頭の中に私を生き返らせてくれたリアの声が聞こえた。
『せいかぁい。声が聞こえてるようで安心したよぉ。それに、元気そうでよかったぁ』
「お陰様で元気ですよ。それより、どうされたのですか?それに、この声は一体?」
『これはぁ、私と契約したことで私と君の魂の間で繋がりができてぇ、それを使ってお話ししてるんだよぉ』
「なるほど。つまり、私とリアが契約をしたことで、魂と魂の間に何らかの繋がりができ、それを利用することで、会わなくてもお話ができると言うことですね」
『その通りぃ。さらに言えばぁ、神は契約者の動きを見ることもできるからぁ、さっきのカルナちゃんの戦いやお風呂に入ってた時の綺麗なお肌も見ちゃったよぉ』
「そんなこともできるんですね。さすがは神様と言ったところでしょうか」
『あれぇ?怒らないのぉ?』
「怒る?何故ですか?」
『だってぇ、勝手に裸を見ちゃったんだよぉ?普通なら怒りそうなものだけどぉ』
「あぁ、なるほど。そういうことですか」
突然怒っていないのかと聞かれてどういうことかと思ったのだけれど、どうやらリアは勝手に私の素肌を見て怒られると思っていたみたいね。
なんだか、少し人間っぽくて可愛らしいわね。
「別に怒っていませんよ。異性に勝手に見られていたら別だったかもしれませんが、リアは同性ですからね。別に何かを思うことはありません。それに、日頃からメイドたちに見られているので今さら感もありますから」
『なるほどぉ。カルナちゃんが気にしないならぁ、これからも覗いちゃうねぇ』
「覗くという言い方はちょっとあれですが、別にいいですよ。それより、一つお尋ねしたいのですがいいですか?」
『なになにぃ?なんでも聞いてぇ?』
覗くという言い方は少し変態っぽく聞こえるけれど、別に同性のリアに見られても恥ずかしいとは思わないし、大して気にすることでもない。
それよりも今一番気になることは……
「これ、会話をする時なんですが…私以外にもリアの声は聞こえるのですか?」
『あぁ〜、それは聞こえないよぉ。こうやってカルナちゃんが私と会話できてるのもぉ、契約して繋がりができたからだからぁ。契約していない人には当然聞こえないよぉ』
「なるほど。ですがそれだと少し困りますね」
『困るぅ?どうしてぇ?』
「だって、普通に考えてみてください。今はこの部屋に誰もいないので問題ありませんが、多くの人がいる前で突然喋り出したら、頭のおかしい女だと思われませんか?」
今でこそ、この部屋には私しかいないから変な目で見られることはない。
けれど、外で突然一人で喋り出したら、悪女とか以前に狂った女と呼ばれて修道院にでも送られかねないわ。
『あぁ、なるほどぉ。確かにぃ、突然空中に向かってカルナちゃんが喋り出したら、私でも頭がおかしくなったのかと思ちゃうねぇ。あはは。でもぉ、それも面白そうかもぉ』
「笑い事ではありません。もしそうなるのなら、リアとは喋ることはできませんからね」
『えぇ、それは嫌だなぁ。そんなカルナちゃんも可愛いと思うけどぉ、我慢するねぇ』
「はい。是非ともそうしてください」
『わかったぁ。それでだけどぉ、会話の件だったねぇ。それなら安心してぇ。この会話は契約の繋がりを元にお話ししてるだけだからぁ、頭の中で言葉を浮かべるだけでも会話ができるよぉ』
「なるほど…」
『こんな感じですか?』
『おぉ、飲み込みが早いねぇ。そんな感じだよぉ。これからは、人の多いところではそんな感じで答えてくれれば大丈夫だよぉ』
『わかりました』
頭の中で会話をすると言うのは少し変な感じがするけれど、それでも一人で喋って「頭のおかしい女」と認定されるよりはマシだから、今は我慢するしかないわね。
『それとぉ、これからは普通に話してくれていいよぉ。私たち契約した仲なんだしぃ、敬語で喋られると距離を感じて寂しいなぁ』
「リアがそう言うならわかったわ。これでいいかしら?」
『うん。さいこぉ。それじゃあ、これからもよろしくねぇ』
「えぇ、こちらこそ」
それ以降はリアから話しかけられることもなく、静かになった部屋で私は冷めた紅茶を最後に一口飲むと、椅子から立ち上がって伸びをする。
「うーん。久しぶりに動いたからか、腕や足が少し痛いわね。あとでメイドにマッサージでもお願いしましょう。それより、そろそろ時間かしらね」
「お嬢様、失礼致します」
「予想通りね。どうぞ」
そろそろメイドが朝食のために部屋を訪ねてくる頃だろうと思っていたけれど、予想通りだったみたいね。
「お嬢様、おはようございます」
「おはよう、リーネ」
リーネは私が小さい頃から仕えてくれているメイドで、茶色い髪に緑色の瞳、そして薄い雀斑が可愛らしい三十代半ばの綺麗な女性よ。
ちなみに、同じく公爵邸で働いている使用人と結婚していて、男の子が一人いる一児の母でもあるわ。
「朝食の用意ができたのね」
「はい。これから、お嬢様の身支度を整えさせていただきます」
「わかったわ。よろしくね」
「お任せください」
そうして私は、リーネと他のメイドたちに着替えなんかを任せると、あっという間に身支度が終わり、朝食を食べるために部屋を出る。
「さて。まずは、お父様たちにお会いしないとね」
死んでから生き返るまでそれほど時間は経っていないけれど、こうしていざ会うと思うと、なんだか凄く久しぶりな感じがするわね。
そのせいか、今歩いている見慣れたはずの廊下も、どこか他人の家のような気がする。
でも、普通なら懐かしさや嬉しさを感じるはずが、不思議と何も感じることはない。
--まあ、それもそのはずよね。
だってあの日……
「失礼致します。カルナージュお嬢様が到着いたしました」
あの人たちは、私を見捨てたのだから。