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第6話 野良猫と飼い猫

「おはよう、カルナ。よく眠れたかい?」


「カルナ、おはよう。今日も綺麗ね」


「…………」


 食堂に入ってすぐ、私を笑顔で迎え入れてくれたのはお父様とお母様で、お兄様は私を一瞥しただけでそれ以上は目を合わせようともしない。


「おはようございます。お父様、お母様、お兄様」


 私はお父様たちにそう返事をしながら挨拶を済ませると、いつもと同じお兄様の隣へと座る。


「さぁ、全員揃ったし食事を始めるとしようか」


 お父様のその声を合図に使用人たちがテーブルの上に料理を並べると、私たちはさっそく食事を始める。


 ここで一つ、私の家族について説明しておくわね。


 まず、お父様。


 お父様のお名前はハベルと言って、赤髪に緑色の瞳を持った優しい雰囲気の人で、昔は痩せていたのだけれど、最近は少しぽっちゃりとした四十代のおじさんよ。


 お母様のお名前はローズで、紫色の髪に金色の瞳をした綺麗な人で、お父様と同じ年のはずなのに三十代くらいに見える所謂美魔女と呼ばれる人よ。


 ちなみに、お母様のお母様、つまり私の母方の祖母は元王女で、現在の王様の異母姉に当たる方なの。


 王族は代々金色の髪に金色の瞳を持って生まれてくるのが特徴で、現在の王様もその前の王様もみんな金色の髪に金色の瞳だったし、今の馬鹿太子も当然同じ特徴を持っているわ。


 まぁ、本当は違う髪色や瞳の色をした子供もいるのかもしれないけれど、少なくとも、これまで表に出てきた王子と王女は全員が金色の髪に金色の瞳をした人たちばかりだ。


--なんとも闇が深そうなお話ね。


 最後にお兄様。


 お兄様のお名前はキールと言って、お父様に似て赤い髪に緑色の瞳をした美男子で、髪を背中の辺りまで伸ばしているのが特徴的な二十二歳。


 私たちって、少し年齢が離れているのだけれど、まぁそれにも理由があるのよね。


 そのことについては、また別の機会にお話しするわ。


 それでお兄様についてだけれど、お兄様は現在アルカディア王立学園で教師をしているの。


 あ、どうして次期公爵のお兄様が学園で教師をやっているのかは聞かないでね。


 私もその理由については知らないし、興味もないから。


 それで話は戻るのだけれど、さっきのお兄様の反応を見て、気になることはなかったかしら?


 分からない方は、少しだけ時間を巻き戻して確認してみてちょうだい。


 私みたいに時間魔法が使えればの話だけれど。


 ………さて。それじゃあ答え合わせをするわね。


 正解は、私が食堂に入っても、お兄様だけが何も言わなかったと言うことよ。


 これ以上は言わなくても分かると思うけれど、お察しの通り、私とお兄様はあまり仲がよろしくないの。


 というより、私は別になんとも思っていないのだけれど、お兄様が一方的に私を嫌っているのよね。


 --いいえ。


 正確には、私の才能に嫉妬していると言った方が正しいかしら。


 これは何度も言うようで申し訳ないのだけれど、私って小さい頃から文武の才が飛び抜けてあったのよね。


 そのせいで馬鹿太子に嫌われていたように、実はお兄様にも嫌われていたのよ。


 お兄様も別に才能が無いわけではなかったのだけれど、私という天才が身近にいたせいで、家臣や教師たちから常に比較され、その結果私という存在を忌み嫌うようになってしまったのよね。


 本当にお兄様には申し訳ないことをしたと思って……ないわ。


 というのも、これは私の持論なのだけれど、私はどれだけ周りから比較されようとも、そこで頑張れるかどうかがその人の真価が試される時だと思っているの。


 例えば、今歴史に残っている人たちの中にも、生前は馬鹿にされ非難され弾圧までされてきた人たちが多くいる。


 それでも、自分を信じて信じて信じ抜いて、そうして結果を出した人たちが後世で評価されていると思うのよね。


 でも、私のお兄様や馬鹿太子はどうかしら?


 他人を妬み、無視して、馬鹿にし、権力で封じる。


 こんな人たちが、才能という壁を努力という力で超えることができると思う?


 無理よね。


 だから、私はそんなお兄様や馬鹿太子を見ても悪いとは全く思わないし、むしろ本人たちの努力不足と意志の弱さが原因だと思っているくらいよ。


 さて--


 長くなってしまったけれど、家族紹介はここまでにしましょうか。


 いつの間にか食べる物も全部食べてしまったし、そろそろこの気分の悪い空間を出るとしましょう。


「ご馳走様でした。お父様、お母様、私はお先に失礼いたしますね」


「おや、そうかい。なら、この後の勉強も頑張るんだよ」


「応援しているわね」


「ありがとうございます。それでは」


 お父様たちに挨拶を済ませた私は、リーネに扉を開けてもらい廊下に出ると、また頭の中にリアの声が聞こえてくる。


『さっきのがカルナちゃんの家族ぅ?』


『そうよ』


 今は後ろにリーネがいるため、リアに教わった通りに頭の中だけで会話をしているけれど、やっぱり頭の中で会話をするというのは少し変な感じがするわね。


『ふーん。お兄さんはちょっとあれだけどぉ、ご両親は優しそうな人だったねぇ』


『なるほど。リアには、私の両親が優しそうに見えたのね』


『うん?違うのぉ?』


『いいえ。確かに、両親たちはそう見えるように振る舞っているのだから、あながち間違いでもないわ。ただ、その振る舞いが優しさからきているのかと問われると、それが違うっていう話よ』


『うーん。よくわからないなぁ』


 まぁ、無理もない話でしょうね。


 神様がどうやって生まれるのかは分からないけれど、リアの反応を見るに、少なくとも私たちのように親がいて生まれてくるという訳ではなさそうだ。


 それなら、そもそも親という存在が身近にいないリアであれば、私の言っていることが理解できなくても仕方のない話だろう。


『リアは、猫は知ってる?』


『もちろん。にゃーって鳴くふわふわで可愛い生き物だよねぇ。私、もし神様じゃなかったら猫になって自由に生きたかったなぁ』


『ふふ。リアが猫になったら、私がお世話してあげるわね。すごく可愛いと思うし』


『やったぁ。カルナがご主人様ならぁ、死なないように頑張って一生側にいるねぇ。その方が楽しそうだしぃ』


 猫になったリア……想像しただけでも可愛いわね。


 元々、少しだるそうな間延びした喋り方や、自称女神のイルカルラと私とで態度を変えているところが猫っぽいとは思っていたのだけれど、反応を見るに本人も猫は好きなようだ。


『それで、話が脱線してしまったのだけれど…猫を飼う時、人は餌の量を調整したりおもちゃを使って遊ばせてあげるの』


『そうなんだぁ。私は日向で丸くなる猫しか見たことないけど、飼い猫はそんな感じなんだねぇ』


『えぇ。一見すれば、それは何もしなくてもご飯が食べられるし、好きに遊べるから野良猫に比べて快適に見えるでしょう。けれど実際は、その猫は飼い主という檻の中で管理されながら生きているのよ』


『檻の中で管理ぃ?』


『そう。野良猫であれば、場合にもよるけれど自由にご飯が食べられて、自由に遊べて、自分の意思で生きていくことができる。けれど、飼い猫は太らないように餌の量を管理され、お飾りとして人の見せ物にされ、休みたくても飼い主の都合で撫でられて遊ばせられるの』


 もちろん、これは極端な例でしかないけれど、少なくとも私が見てきた貴族の飼う猫というのは、飼い主を引き立てるための道具として使われていることが多い。


 そのため、餌の管理はもちろんのこと、犬でもないのに厳しい躾をされて飼われている姿を何度も見たことがある。


『うわぁ。飼い猫って大変だぁ』


『まぁ、今話したのは極端な例でしかないけれど、つまり私が何を言いたいのかというと、両親にとって私という存在は、そんな飼い猫と同じということよ』


『うーんと。つまりぃ、カルナちゃんはご両親にとって、お飾りとして人の見せ物にするための存在ってことぉ?』


『そんな感じね。もっと詳しく言えば、将来自分たちの地位をより高めてくれる特別な飼い猫ってところかしら』


 これが、私とお兄様の歳が離れている理由であり、そして一度見捨てられた理由の一つでもあるわ。


『あの人たちにとって、私という存在は王太子と結婚していずれは王妃となり、あの人たちを王族の親族、あるいは次の王の祖父母にするための道具でしかないの。そして、最後はその道具から生まれた子を使って権力を手にしようとしているのよ』


『なんでそんなことをしようとしているのぉ?』


『さぁ。詳しい理由までは分からないけれど、おそらくはうちが三つある公爵家の中で最も序列が低いからじゃないかしら。特にお母様は、お祖母様が元王族ということもあってプライドが高い人なのよね。だから、権力とか高い地位に執着していたとしても、特に不思議はないわ』


 そんな両親だから、死ぬ前の人生では私と馬鹿太子の仲が悪いと知っていても婚約解消の話が出ることは一度もなかった。


 むしろ、私が馬鹿太子よりも目立たないようにと、剣術も乗馬も王妃に必要ない勉強も、その全てを辞めさせられたのだ。


 それに、馬鹿太子が聖女に惚れ込み、その聖女にお兄様も惚れて侍っていることを知った二人は、私とお兄様を容赦なく天秤にかけた。


 その結界、お兄様を使って聖女と馬鹿太子に取り入った方が得だと判断して、最後は私のことを見捨てたのだ。


『そうなんだぁ。人間て、めんどくさいんだねぇ』


『私もそう思うわ』


 よくある物語なんかでは、悪魔が最も欲深い生き物であると描写されることがあるけれど、私から言わせれば、人間の方が欲に塗れた存在だと思う。


 だからこそ、悪魔もそんな人間を使って自身の欲を満たし、目的を果たそうとするのではないだろうか。


 つまり、悪魔が人間を利用している時点で、少なくとも人間は悪魔と同程度には欲深く罪深い存在なんだと思う。


『でもぉ、死ぬ前のカルナちゃんはそれを知らなかったのぉ?知ってたら、君ならなんとかできそうな気もするけどぉ』


『知っていたわよ。でも、知っていても何かをしようとは思わなかったのよね。いえ、正確には、何かをする価値が見いだせなかったと言った方が正しいかしら』


『価値が見いだせなかったぁ?』


『そう。私も一度死んでみて気づいたのだけれど、どうやら死ぬ前の私って、生きること自体にさほど興味がなかったみたいなの。だから、生きるためにとか現状を変えるためにとか、そんな面倒なことをやろうとは思わなかったのよね』


『どうしてぇ?』


『多分、いろんな物に縛られる生き方に疲れていたのと、自由がないことに飽きちゃったのかもしれないわ』


 大して興味もない王妃教育から始まり、人間関係や馬鹿太子の後始末とサポート。


 さらには好きだった剣術や乗馬も辞めさせられて、嫌いなことや面倒なことばかりやらされる日々。


 それが何年も続けば、生きる事をつまらないと感じてしまうのは当然のことだと思うし、そんな状態で婚約破棄のことや両親の欲を知ったところで、反抗しようなんて思えない。


『カルナちゃん、大変だったんだねぇ』


『…そう言ってくれるのは、リアだけよ。あの自称女神ですら、私を聖女を虐めたなんて事実無根な理由で懺悔しろなんて言ってきたもの』


『もしかしてぇ、自称女神ってイルカルラちゃんのことぉ?ぷっ…あっははは!面白いねぇ。確かにぃ、ちゃんとお仕事をしないあの子は、本当に自称女神なのかもしれないねぇ。あはは!』


 リアは、私がイルカルラを自称女神と呼んだことがよほど気に入ったみたいね。


 だって、自分でも自称女神と言葉にしては、楽しそうに笑っているんだもの。


 その後、私が自分の部屋に着くまでの間、頭の中ではずっとリアの可愛い笑い声が響き続けるのであった。







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