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第7話 夜のお出かけ

 時間を司る神であるリアの力によって、死後の世界から生きていた頃へと私が戻ってきてから早くも一ヶ月が経った。


 この一ヶ月、私は両親にバレないよう早朝にエルメルダと剣の手合わせをした後、なるべく過去と同じ行動を取りながら、両親や周りの人たちに怪しまれないよう気をつけて生活をしていた。


『ねぇ、カルナちゃん』


「なにかしら、リア」


 そして現在は、ここ最近ですっかり日課となった寝る前の柔軟をしていると、リアがいつものように話しかけてくる。


 ちなみに、今は寝る前ということもあってこの部屋には私しかいないから、普通に声に出して喋っても、頭がおかしくなったと思われることはないわ。


『カルナちゃんはぁ、生き返る前に婚約者とかを徹底的に潰すって言ってたけどぉ、まだ何もしないのぉ?』


「あぁ、なるほど。私が特に何もしていないから、不思議に思ったのね」


『その通りぃ。てっきり、生き返ったらすぐに何かをやり返すと思っていたんだけどぉ、この一ヶ月、特別な何かをしたりしなかったよねぇ。それどころか婚約者にも会ってないしぃ。入学までまだ半年以上はあるけど、そんなにゆっくりしてて時間は足りるのぉ?』


 どうやらリアは、私が復讐のために何もしていないことが不思議だったみたいで、学園への入学にも近づいていることから、心配して尋ねてくれたらしい。


 いや、本当は面白いものが見れると思っていたのに、思ったより私が何もしないから、少し退屈になってしまったのかもしれないわね。


「問題ないわよ。私の計画は順調に進んでいるもの。それに、今日は少しお出かけする予定なの」


『お出かけぇ?こんな夜にぃ?』


「仕方ないでしょう?夜しか自由に動ける時間がないんだもの」


 昼間も自由に動けたらよかったのだけれど、昼間は勉強やらお母様とのティーパーティーへの参加などで忙しい。


 なにより、周りの目もあるため、一人で外に出ることなんてできないのだ。


 でも、夜なら人目を避けて動くにはピッタリだし、リーネも朝まではこの部屋に入ってこないからバレることもそうそうない。


 それに、私は剣術以外にも魔法も得意だから、万が一があったとしても自分の身は自分で守れる。


 何よりこれから行く場所は夜にしか入れない場所だから、今行くしかないのよね。


「よし。これで準備完了ね」


 数日前にお兄様の部屋からこっそり借りてきたフード付きのローブを身に纏った私は、隠しておいた愛剣たちを腰に携えると、お金も懐に入れて準備を終える。


「あとは最後にこのお面を付けて……『氷妖の女狐』」


『わぁ。すごぉい。姿が変わったぁ!』


「どう?似合うかしら」


『すごく似合ってるよぉ』


 氷妖の女狐は氷魔法の一つで、氷の粒子を身に纏うことで、髪の色や瞳の色なんかを変えることのできる変装魔法だ。


 ただ、久しぶりに使ったからちゃんと姿を変えられているか少し不安だったけれど、リアの反応を見るに問題ないようね。


「うん。完璧ね」


 念のため、部屋を出る前に鏡の前で自分の姿を確認してみる。


 するとそこには、茶色い髪に茶色い瞳をしたどこにでもいそうな色合いの女の子が映っていて、特徴と言えば顔の半分を黒い狐のお面で隠していることくらいだった。


「これで準備はよし。ベッドには念のためクッションを入れておいたし、リーネにも体調が悪いから朝まで部屋に来ないよう伝えてあるから問題ないわね。それじゃあリア、お出かけするわよ」


『やったぁ。お出かけだぁ』


 そうして私は、フードを被って窓から外へと飛び降りると、空気中の水分を使って足場を作ることができる氷魔法の『氷蓮華』を使い、王都の夜空を駆けて行くのであった。





『わぁ。ここがカルナちゃんが暮らしてる街かぁ。すっごく賑やかで楽しそうなところだねぇ』


『そうね。今は夜だけれど、昼間は子供とかもいてさらに賑わっているわよ』


『そうなんだぁ。いつかまた連れてきてねぇ』


 屋敷を出てからしばらく。


 上空から一緒に夜の街を見下ろしていたリアが、いつもより少しだけ声を弾ませながらそんなお願いをしてくる。


『いいわよ』


『やったぁ!楽しみい〜!』


 そんな彼女と、今度は昼間に連れてくることを約束すると、まずは今日の目的を果たすために人気の少ない所に降り立つ。


『それでぇ、ここには何をしに来たのぉ?』


『そうね。簡単に説明するなら、使える駒を手に入れるためにと言ったところかしら』


『駒ぁ?ボードゲームでも始めるのかなぁ』


『ふふ。あながち間違いでもないわね』


 ボードゲームと言えばただの遊びに思われるかもしれないけれど、私がこれから始めるゲームは違う。


 これから私が始めようとしているゲームは、実際に誰かの立場や権力を奪うゲームだから、ただのゲームよりもきっと重くて面白いはずだ。


『リアをたくさん楽しませてあげるために、まずはそのための場を作っていかないとね』


『なるほどぉ。ボードゲームで遊ぶための駒から作るってことだねぇ』


『その通りよ』


 これから先、私が相手をするのは馬鹿太子を始めとした高位貴族の息子や大きな商家の息子、それに聖女なんかの立場と権力のある人たちばかりだ。


 そんな無駄に立場と権力のある人たちを相手にするのなら、真正面からやり合えば前回のように死ぬことになるだろう。


 なら、どうするべきか。


 --答えは簡単だ。


 毒で殺すかのようにゆっくりと外側から攻めていき、最後の最後に全員が大切にしている物を奪い取る。


 そして、彼らが気づいた頃には周りには何もない。


 そんな素敵な状況を作り出せばいいのだ。


 今はそのための足場を作るために行動する時であり、リアが言った通りボードゲームで遊ぶための駒を作る時なのだ。


『着いたわ』


 それからしばらくの間、フードを被って人気の少ない裏路地を歩いて行くと、私は一軒の酒場の前で足を止める。


『ここはぁ?』


『入れば分かるわよ。さぁ、行きましょう』


 私はそう言って酒場の扉を開けて中に入ると、お酒の匂いや煙草の匂いが鼻に届き、それと同時にこちらの様子を窺ってくる男性客たちの視線が私へと突き刺さる。


 けれど、私はそんな視線を無視して酒場のカウンター席に座ると、金貨を2枚テーブルの上に置いてからグラスを拭いていたマスターの男性に話しかける。


「今日の月は一段と綺麗ね。こんな日におすすめなお酒を一杯貰えるかしら」


「お酒ですか。どういった物をご所望で?」


「そうね。月のように綺麗な灰色のお酒なんてないかしら」


「ふむ。灰色のお酒ですか。生憎と、ここはそういった洒落たお店ではないので、ご希望のお酒は提供できかねますね」


「あら、そうなの…それは残念ね。なら、いちごのように甘くて真っ赤なお酒はあるかしら?ついでに、白い桃もいただけると嬉しいわ」


「……なるほど。ちょうど、今日は質の良い桃を仕入れたんですよ。よろしければ、ご自身の目で選んでみませんか?」


「ふふ。そうなのね。それは実に素敵な話だわ。是非とも選ばせてちょうだいな」


「かしこまりました。では、こちらへどうぞ」


 カウンターから出てきたマスターはそう言って一番奥にあった扉を開けると、私を先導するように中へと入っていく。


『ねぇねぇ、さっきのあれってなぁにぃ?』


 すると、地下へと続く階段を下っている途中で、酒場に入ってからこれまでずっと静かだったリアが、興味深そうな声でそう尋ねてくる。


『さっきのって言うと、もしかして私とマスターの会話のことかしら?』


『うん。それぇ。灰色のお酒とかぁ、いちごのように真っ赤なお酒とかぁ、白い桃って…いったい何のお話をしてたのぉ?』


『あれは、所謂合言葉というやつよ』


『合言葉ぁ?』


『そう。実はここ、上は酒場になってるのだけれど、本当は情報ギルドが隠れ蓑にするためのお店なの』


『情報ギルドって言うと、確か人が情報を売り買いする場所のことを言うんだっけぇ?』


『その通りよ。そして、ここがまさにこの王国で一番の情報ギルド《アシェルヴラン》の本拠地なの』


『へぇ〜。そうなんだぁ』


 そう。今私がいるこの酒場こそが、ナルタイル王国で一番の情報ギルドであるアシェルヴランの本拠地だ。


 さらに言えば、アシェルヴランの支部は王国のみならず他の国にも存在するほど、その道では有名な組織の一つでもある。


『さっきの言葉が合言葉だったのはわかったけどぉ、じゃあ言葉が意味するものはなんだったのぉ?』


『それは……』


「到着いたしました。中へお入りください」


「わかったわ。案内ありがとう」


 合言葉の意味についてリアに説明しようとしたタイミングで、ちょうど目的の場所に着いたのか、男性が一番奥にあった扉の前で足を止める。


「私はこちらでお待ちしておりますので、ここからはあなたお一人でお入りください」


「わかったわ」


「では、どうぞ望みが叶いますことを」


 そうして、男性に見送られた私は扉に手を掛けると、ゆっくりとその扉を開け、中へと入るのであった。



『んねぇ~。結局言葉の意味は何なのさぁ~』


 そんな答え合わせをしてもらえず、少し拗ねた様子のリアの声を聞きながら。







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