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第9話 使えるものは使おう

「ふぅ。少し疲れたわね」


 予定通りドロシーに依頼をした後。


 私は情報ギルド《アシェルヴラン》を出て、誰にもバレないよう静かに屋敷へと戻ってきた。


 そして、着ていたローブとお面を脱いで寝間着に着替えると、疲れた体に身を任せてベッドへと倒れ込む。


「とりあえず、依頼の方はなんとかなりそうね。内容としては結構難しいでしょうけど、王国一の情報ギルドであるドロシーたちなら問題ないはず。ふふ…これからが楽しみね」


 まだまだ復讐は始まったばかりだし、こんなのは序章の序章なのだけれど。


 それでも…いずれは最高の結末を私に見せてくれる種でもあるから、この種を今後は、大切に育てていかなければならない。


『ねぇ~、カルナちゃ~ん』


「あら?どうしたの?リア」


『どうしてさっき、あのおばさんにあんな依頼をしたのぉ?』


 そんな風にこれからの計画について頭の中で色々と考えていると、可愛い声でリアが私に話しかけてくる。


 --どうやら、ずっと私がドロシーに依頼した内容が気になっていたみたいね。


 その証拠に、いつもより声が少し弾んでいるもの。


「リア。まず、ドロシーはまだ二十代半ばだからおばさんじゃなくてお姉さんよ。それとも、私がドロシーと同じ年齢になったら、私のこともおばさんと呼ぶのかしら。うぅ…それは悲しいわね」


『わぁ~!!?ごめんねぇ!カルナちゃんはずっと美人で可愛いよぉ!!ただ、あのおば…お姉さんがカルナちゃんと仲が良く見えて嫌だっただけなのぉ~』


「ふふ。冗談よ。ほんと、リアはいつもいつも反応が可愛いわね」


 死に戻ってからというもの、リアと会話する時間が多かった私は、気が付けば彼女とは友人以上のような関係になっていた。


 そのせいか、私はこうしてたまにリアを揶揄ってはその反応を見て楽しんでしまうという、変な癖がつきつつある。


 --それに、欲を言えば本物の彼女が目の前にいてくれたほうが嬉しいのだけれど、まぁリアは神様だし、無理を言ってはダメよね。


「それより、私が依頼したことについてだったわね。まぁ、そんな難しいことでもないわ。ただ、今の王太子を引き摺り下ろしてあげようと思っただけよ」


『王太子って言うとぉ、もしかしてカルナちゃんの婚約者のぉ?』


「そうよ。認めたくはないけど、今はまだ婚約者の王太子。あの王太子を、唯一の彼の取り柄であるその地位を、奪ってやるのよ」


『あっはは!それは、すっごく面白そう』


「ふふ。リアなら、この楽しさをわかってくれると思ったわ」


『うん!さいっこうだよ!』


 まあ確かに、リアは会ったこともない私の婚約者のことをかなり嫌っていたから、そんな私の計画を聞いたら喜ぶのは当然かしらね。


「でも、本当に良かったわ。ドロシーが私の依頼通り、第二王子の保護を約束してくれて。もし断られていたら、さすがにちょっと落ち込んでいたかもしれないわね」


 第二王子については、私も回帰前の人生で婚約者から聞いた程度にしか彼のことを知らない。


 それでも、その時に聞いた話によると、第二王子は漆黒の髪に赤い瞳を持って生まれてきた私生児だったらしい。


 --確か、王様が手を付けたメイドが産んだ子供だったかしら。


 でも、そんなことよりももっと問題だったのが、その子供の髪の色だった。


 では、何故その髪の色が問題だったのかというと、この国では黒髪は魔王を象徴する色として、忌み嫌われているからだ。


 そのせいで、第二王子は王宮のどこかで一人、死んだものとして扱われていると聞いたことがあるのだ。


 だから、王太子への復讐はその第二王子を王太子の座を譲らせた後、反逆罪でもでっち上げて処刑させるつもりよ。


「私に同じようなことをしたのだから、これくらいならやっても文句は言われないでしょ?」


 それに、あの馬鹿太子は頭が悪いし武術や魔法のセンスも人並み程度にしかないから、奪って復讐するにしてもその身分を奪うくらいしかないのよね。


「確か過去の記憶では、これくらいの時期に第二王子がどこかに姿を消したのよね。どこに行ったのかまではわからないけれど、日頃から第二王子を虐めていた婚約者が言っていたし、それだけは間違いないわ」


『そうなんだぁ。じゃあ、保護するのもそのタイミングを狙ってするのかなぁ?』


「正解よ。いくらアシェルヴランが優秀な情報ギルドだと言っても、所詮は情報ギルド。暗殺者ではないから戦闘には不向きだし、ドロシーたちには第二王子を見守ってもらいながら、タイミングを見て保護してもらうの」


『ふむふむ。それでぇ?』


「そして、私の方で教育をしながらあらゆる知識を身につけてもらい、最後には私の復讐に協力してもらうつもりよ」


『なるほどねぇ!それは、最高に皮肉の効いた展開だねぇ!』


「ふふ。そうでしょ?」


 でも、第二王子がどこに姿を消したのかは過去の人生でも分からなかったし、そもそも興味もなかったから調べようとも思わなかった。


 けれど、婚約者の話ではいつものように虐めに行ったら、第二王子の姿がその場にはなかったらしい。


 そのことは一応、陛下や王妃にも伝えたらしいけれど、二人は何もいうことなく、探そうともしなかった。


 きっと、二人も呪われた髪色を持つ第二王子のことを疎ましく思っていたのでしょうね。


 だから、自分から出て行ったのなら探す必要はないと判断したのだろうし、何ならそのままどこかでのたれ死んでくれたら楽なのに…とでも思っていたのでしょう。


「ほんと、みんなどうしようもないほどクズばっかりよね」


 子供は親を選べないという言葉があるとおり、私も両親を選ぶことができなかったし、それは第二王子も同じだったようだ。


 --そう考えると、私たちって少し似ているのかもしれないわね。


 まあ、一度も会ったことがない第二王子が、私と同じことを思っているかは分からないけれど。


『依頼のことについてはわかったけど、それならあのドロシーって人に話したアンジーの話は何だったのぉ?』


「あぁ、それはね。アンジーって言うのは、実はドロシーの妹なのよ」


『あの人、妹がいたんだぁ』


「そうよ。今から八年くらい前。ドロシーがまだ十八の時、彼女の実家は隣の領地に戦争を仕掛けられて敗戦したの。そして、その時に生き別れたのが、妹のアンジーってわけね」


『戦争かぁ。人間たちがよくやってるやつだねぇ』


 戦争と聞いた瞬間、リアの声音からはどこか呆れたような雰囲気が伝わってくる。


「そうね。その後、アンジーと生き別れたドロシーは当時のアシェルヴランのギルドマスターに運良く拾われたの。その後、ギルドマスターになった彼女は、情報ギルドを運営する中で妹のアンジーを探し続けているというわけ」


『そうなんだぁ。なら、ドロシーは平民だったのぉ?』


「いいえ。ドロシーは、今は亡きシャルティアン伯爵家の長女よ。ちなみに、ドロシーって名前は偽名で、本名はドロテアって言うの」


『へぇ~。あの人って、元々は貴族だったんだぁ。でも、なんでそんな人が情報ギルドにいるのぉ?』


「それについては、ちょっと話が長くなるのだけれど……」


 ドロシー改めドロテア・シャルティアンは、八年前に隣領のシルビルド伯爵家と領地戦を行い、その結果、敗戦して滅亡したシャルティアン伯爵家の令嬢だった。


 領地戦の発端は確か、シャルティアン領で新しく見つかった魔石の鉱脈だったらしい。


 それも、普通であれば特に問題にはならないものなのだけれど、その時は見つかった場所が悪かったみたい。


 というのも、その新しく見つかった魔石の鉱脈は、シャルティアン領とシルビルド領を横断するようにあったの。


「入り口がシャルティアン領で、鉱脈はシルビルド領へと伸びていたって感じね」


 その結果、当然だけれどシャルティアン領とシルビルド領はその鉱脈の所有権について争うことになった。


 それでも、最初は言葉や手紙での争いだったのだけれど--事件は突然起きてしまったの。


 その事件というのが、シャルティアン領側の人がシルビルド領側の人を不法侵入ということで殺してしまった。


 結果、領民を殺されたシルビルド伯爵はそのことを理由にシャルティアン領へと領地戦を宣言し、最後はシャルティアン領が負けてしまったのだ。


 ただ、その領地戦の最中に敗戦を確信したシャルティアン伯爵は、ドロテアとアンジー、そして騎士数名と侍女を一緒に逃していたらしい。


 まあ、当時の記録を見た私から言わせて貰えば、事の発端となった領民同士の殺害というのも、仕組まれたもののような気がするのだけれど。


「でも、逃げる途中、騎士に見つかって離れ離れに……結局、それっきりアンジーの行方は分からなくなったらしいわ」


『そんなことがあったんだぁ。でも、元貴族って割には、カルナちゃんみたいな優雅さや気品が感じられなかったけどぉ』


「まあ、八年も経てば喋り方も雰囲気も変わるものよ。何より、あの場所で生きていくのなら、貴族らしさなんて何の役にも立たないもの」


「それは確かにそうかもぉ?」


「でしょ?それでも、妹のアンジーのことは変わらず大切にしていたみたいだから、その情報を今回の報酬として教えることにしたのよ」


『なるほどねぇ。でも、それってちょっと変じゃなぁい?なんでカルナちゃんは、そんな情報を知ってたのぉ?』


 --やっぱりそこ、気になるわよね。


 だって、ナルタイル王国でも一番の情報ギルドでも見つけられなかった情報だもの。


 普通なら、私がその情報を持っていることに疑問を持つのも当然だ。


 とはいえ、それほどすごい話でもないのだけれど。


 --私はそう思いながら、頭の中で一人の少女を思い出す。


「それはね。前の人生で、聖女がアンジーを見つけてドロテアに教えたの。その結果、聖女はアシェルヴランを味方につけた。……だから知っていたのよ」


 当時、アンジーは海の向こうにあるトロイという小さな村に身を寄せていた。


 それを、偶然か運命か、家の仕事の手伝いでその村を訪れていた聖女が見つけたらしい。


 その後、聖女はその情報をドロテアに教えることでアシェルヴランを味方につけ、聖女に恩を感じたドロテアも彼女のことを助けるようになった。


 結果、ドロテアたちが聖女の善行や人柄について噂を広めることで、聖女に対する民衆や貴族からの評価が上がることへと繋がったのだ。


『ふーん。でもその話、ちょっとおかしくなぁい?』


「うん?何がかしら?」


『いや、だってさぁ。そのアンジーって、聖女ちゃんはどうして見つけられたのぉ?情報ギルドでも無理だったのにさぁ』


「言われてみれば、確かにそうね」


『聖女ちゃんのお家って、何をしてるところなのぉ?』


「確か、港町近くの男爵家で、貿易をしていたわ。彼女は自ら進んでその家に養子入りしたとも聞いているけれど……」


 考えてみると、それもおかしな話だ。


 今でこそ、聖女が養子入りしたことで、その男爵家も国からの支援などでかなり裕福になったらしいけれど、普通ならもっと高位の貴族家門に養子入りするはず。


 それなのに彼女は……


「なんか、引っかかるわね」


『もしかしたら、彼女にも何か秘密があるのかもねぇ』


「そうかもしれないわね。でも、その秘密を解き明かすには、まだ情報が足りないわ」


 この疑問は小さな始まりにすぎないのかもしれないけれど、私の直感が訴えかけてくる。


 --この違和感を見逃すなと。


「……とりあえず、聖女のことは後で考えましょう。それよりも今は、アシェルヴランという駒を手に入れたことを喜ばないとね」


『その駒、手に入れちゃってよかったのぉ?元は聖女ちゃんの駒だったんでしょ?なら、前の人生ではカルナの敵だったんじゃないのぉ?』


「別に問題ないわ。確かに、彼女が聖女の協力者だったのは事実だけれど、彼女たちは私の悪い噂を流したりはしなかったもの。敵じゃないなら、利用すればいい。使える駒は、奪ってでも使うべきでしょう?」


 回帰する前のドロテアは、確かに聖女に対して恩は感じていたけれど、かといって彼女のすべてに協力していたわけではなかった。


 そのせいで、私の悪評を広めたかった婚約者たちは他の情報ギルドに依頼するはめになったらしいけれど、今はそれは関係ないから置いておく。


 それよりも、今重要なことは回帰前の人生で、ドロテアたちが私に敵対しなかったということだ。


 ならば、彼女たちに私が復讐する理由もないから、むしろ私の駒として使ってしまった方が有効的だろう。


 ちなみに、私がドロテアやアンジーのことを知ったのは、聖女の取り巻きの一人だった商人の息子について調べていたら分かったことだ。


『あっはははは!カルナちゃん、今の悪女みたぁい』


「当然でしょう。だって私は、悪女として処刑されたんだもの。なら、本物の悪女がどういうものか、教えてあげないとね」


 そう。今世の私は本物の悪女になると決めたのだから、使えるものはすべて使っていかないとね。


 --それがたとえ、復讐相手の駒であろうと、回帰前の記憶であろうと。







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