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第11話 石の方が価値がある

「………は?」


「あら?どうかしたの?」


 学園に入学した後も、自身に関わるなと言ってきたオルフェウスの言葉に私が同意する。


 すると、今度は何故か彼の方が少し困惑した表情を見せ、今日初めて私と彼の目が合った。


「どうかしたって、止めないのか?」


「止める?どうして私がそんなことをする必要があるのかしら」


「いや、だが。いつものお前ならこういう時は口うるさく言ってくるじゃないか」


 あら。この馬鹿、自分の行動がおかしいって自覚はあるのね。


 でなければ、私がどういう時に口うるさく注意するかなんて、そもそも理解できないはずだもの。


 まあ、逆に言えばそれを理解していながらもそういう行動を取っているわけだから、さらに馬鹿ってことになるのだけれど。


「そうね。でも、もうやめたのよ」


「やめた?」


 彼の眉が一瞬だけひそめられる。


 そう聞き返してくる彼の表情には、戸惑いと安堵が入り混じっているようだった。


「えぇ。さっきもあなたが言ったように、私たちももうすぐ学園に入学するでしょう?なら、誰かが口うるさく何かを言わなきゃいけないほど、あなたも私も子供じゃないってことよ。そうでしょう?だから、あなたも自分で考えてこんなことを言ってきたのでしょうし」


「あ、あぁ。そうだ」


「なら、私も何かを言うつもりはないわ。あなたがそう決めたのなら、私はそれに従う。王と王妃って、そんな関係なのでしょう?」


「は、はは。その通りだ。お前の言う通り、妻は夫を立てて尽くすものだ。よくわかっているじゃないか」


 ふふ。本当に、相変わらずの馬鹿ね。


 事の本質を理解していないのに分かったフリをするなんて、頭が足りないにも程がある。


 だって、さっきの私の言い回し、明らかにおかしいはずなのに、そのことに違和感を覚えることなく鵜呑みにしてご機嫌になるなんて、本当に…愚かとしか言いようがない。


 もし、私が思っていることをそのまま言葉にしていたら、きっと王と王妃って言葉の前には『あなたにとって』という言葉を付けていただろう。


 けれど、言葉の裏や真意を読めないオルフェウスは、自分の考えに賛同されたと思って上機嫌そうに笑って見せる。


「本当に、愚かとしか言いようがないわね」


 そもそも、王と王妃もそうだけれど、貴族の夫婦というものは一般的な夫婦と違って役割が明確に分かれている。


 例えば、王は確かに国の顔だし、政治の最終決定権もある。災害時や戦争時にも動くし、主に外のことを見ているのが王という存在だ。


 --そういう意味では、王は「偉い」と思われがちよね。


 でも、王妃だってただのお飾りじゃない。


 むしろ、社交界を仕切ったり、城の侍女や女官たちの管理に宮廷の秩序を保ったり、あとは貴族たちとの橋渡しをしたりと……。


 城の中、つまり国の「内側」を整えるのが王妃の役目だ。


 --ようは、王妃は「縁の下の力持ち」ってことね。


 目立って何かをすることは少ないけれど、その力がなければ王のやることも意味をなさない。


 だから、王の方が偉いとか、王妃の方が何もしていないとかじゃない。


 立場は違うけれど、どちらも国を動かすためには必要な存在であり、持ちつ持たれつな関係が王と王妃だと私は思っている。


 でもまあ、それが理解できていないから、この男はどこまで行っても馬鹿なのだけれど。


「それで?話はもう終わったかしら?」


「うん?あぁ…まぁ、これ以上話すことはないな」


「なら、今日はそろそろお開きにするのはどうかしら。時間もそれなりに経ったし、お互い親に何か言われることもないと思うわ」


「ふむ。そうだな。これくらいお前と時間を過ごせば、父上と母上も何も言うまい。であれば、お前の言う通り今日はこれで帰らせてもらおう」


「そう。では、お見送りしますね。王太子殿下」


 オルフェウスが私と一緒にいる時間を嫌っているように、私も彼と一緒にいる時間は無駄でしかないと思っている。


 だから、素直に帰ると言ってくれて本当に助かった。


 --まあ、彼の性格を考えれば当然ではあるのだけれどね。


 ということで、私の提案通りオルフェウスが帰ることになったため、私たちはそのまま席を立ち、来た道を戻る。


 そうして、オルフェウスが馬車に乗るのを見届けた後、私は彼を最後まで見送ることなく踵を返し、自分の部屋へと向かうのであった。





「ふぅ。久しぶりに会った気がするけど、やっぱり何も感じなかったわね」


 オルフェウスが王城に戻って行くのを見送った後。


 自分の部屋へと戻ってきた私は、日当たりの良い窓際の椅子に座りながら外を眺め、先ほどのことを思い返す。


「もしかしたら、会えば何か感じるものがあるかと思ったけれど、何もなかったわね」


 私を死に追いやったオルフェウスと会えば、もしかしたら怒りや憎悪といった感情が湧き上がってくるかと思っていた。


 けれど、実際はむしろ頭はいつも以上に冷静だったし、感じたことも相変わらず馬鹿なところに呆れたくらいだった。


『なら、復讐はやめちゃうのぉ?』


「リア」


 そんな風に自分の感情について改めて考えていると、私の独り言を聞いていたのかリアがそんなことを尋ねてくる。


『カルナ、復讐やめちゃうのぉ?』


 そう尋ねてくるリアの声は、喋り方こそいつもと同じだけれど、その声質はいつもよりもどこか冷ややかで…まるで自分を退屈させないでねって言われているようだった。


 きっと、私が復讐をやめてつまらない道を辿ることを懸念しているんでしょうね。


「ふふ。安心して。そんなつまらない終わり方にはさせないわ。契約であるリアを楽しませるって話は、ちゃんと果たしてあげる」


『わぁ~。よかったぁ。もしカルナが約束を破ったら、どうしようかなって考えちゃったよぉ。あはは』


 リアがそう言って笑った瞬間、私の背筋がゾクリとした。


 まるで、リアの両手が私の首に触れているかのような、そんな何とも言えない恐怖。


 --あらあら。これは怖いわね。


 もし私がリアとの約束を破っていたら、私は一体どうなっていたのか。


 最近は私を愛称だけで呼んでくれるようになったから忘れていたけれど、リアって自称女神の腕を簡単に消しちゃうくらい、怒ったら容赦がない神様なのよね。


 だから、いくら彼女が普段は私のことを気に入って愛称で呼ばせてくれていたとしても、少しでも飽きたり怒ったりしたら私のことを消さないとは限らない。


 今後は気をつけないとね。


「リア。復讐っていうのはね、何も感情だけでやるものじゃないのよ?」


『うん?それはどういうこと?』


「確かに、大抵の人は恨みや怒りで復讐するのがほとんどだと思うけど、全員が全員そうとは限らないの」


『じゃあ、恨みや怒り以外にも復讐する人がいるってことぉ?』


「そうよ。例えば、過去と決別するためとか、新しい道を歩むためとか、あとは後顧の憂いを断つためとかね」


 復讐と言えば、一般的には大切な人を殺された恨みや怒り、あとは騙されたりした時に復讐したいと思うのが普通でしょう。


 --けれど、世の中それが全てじゃない。


 さっきもリアに言ったとおり、好きという感情に家族愛や友愛という種類があるように、復讐にだっていくつか種類があると私は思っている。


 例えば、復讐をすることで過去と決別して新しい人生を歩むためとか。


 あるいは、また同じようなことにならないために、その人に復讐して後顧の憂いを断つためとかね。


『ふぅん。なるほどねぇ。なら、カルナは何のために復讐するのぉ?』


「そうね。私は、邪魔なものを排除するためかしら。あとは、私って結構負けず嫌いみたいなのよね」


『確かに、カルナってちょっと女王様みたいなところあるよねぇ。なんていうか、計画通りにいかないと気に食わないみたいなぁ』


「女王様かどうかはともかく、気に食わないことを放っておけない性分なのは確かね。やられたらやり返さなきゃ気が済まないの。それに、ただの復讐なんて退屈でしょ?私たちの契約は、私がやることをリアが見て楽しむこと。だったら、見応えのあるやり方にしないと面白くないでしょう?」


『ぷぷ。あっはは!それって、ただ道端に落ちてる石が邪魔だから退けるみたいな、それと一緒じゃん!くふふ。確かに、おんもしろぉい』


「いいえ。私にとって彼らは、道端に落ちてる石よりも価値がないわ。だって、石だったら投げれば武器として使えるじゃない?でも、これから私が復讐する人たちは、ただの害でしかないもの。私にとっては、何の役にも立たない石以下の存在よ」


『そっかぁ。うんうん。回帰しても意思や目的がしっかりしてるようでよかったよぉ。それなら、私もまだまだ楽しめそうだねぇ』


 そうね。私の復讐はまだ始まってもいないのだし、こんなところで満足されたら私だって困るわ。


 リアにはもっと、私のやることを見て楽しんでもらわないと。


「ということで、明日はお出掛けするわよ」


『やったぁ~!またカルナとお出掛け~!楽しみだなぁ!』


「ふふ。そうね。しかも、前回は夜にこっそりとだったからあまり街を見て回らなかったけれど、今回は昼間に出掛けるから街も見て回れるわよ」


 どうやらリアは、街を見て回れることがかなり嬉しいみたいね。


 これは、明日は予定以外にも街を見て回る必要がありそうだわ。







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