『うわぁ~。これが昼間の街かぁ。夜とは人の数も賑わい方も全然違うねぇ』
「気に入ったかしら?」
『うん!すっごく気に入ったよぉ』
香辛料の匂いと焼き菓子の甘い香り、そして客を呼び込む人々の声が入り混じる大通り。
ブティックを出てからというもの、リアは人と店で賑わう街を見るのが楽しいのか、普段よりも一層楽しそうに声を弾ませていた。
さらに、夜の外出時にはなかった屋台や露店を見かけては、「あれは何?」「あの食べ物は美味しいの?」と、それはもう子供のように次々と質問してくる。
「リアが隣にいたら、もっと色んなものを一緒に見に行けたのだけれど、それが残念ね」
『んねぇ~。本当に残念だよぉ。私も、カルナと一緒に街を見て回りたかったなぁ』
「ふふ。その時は、はぐれないように手を繋がないとね」
もしリアが本当に隣にいたら、きっと子犬のように一人で色んなところに行ってしまいそうだもの。
だから、その時はちゃんと手を繋いでおいてあげないと。
『わぁ~。手を繋いでお出掛けをすることって、人間たちはデートって言うんでしょ~?そしたら、その時は私とカルナもデートだねぇ!』
「あら、それはまた…誰からそんなことを教わったのかしら?」
『愛の女神ヴィステロちゃんだよぉ。他にも、人間がデートの時に何をするのかとか、定番のデートスポット?とか、色々教えてもらったんだぁ』
「そうなのね」
デートって、普通は男女でするものなのだけれど…リアは神様だからか、そういう常識には疎いみたい。
「リアは、女性同士でもデートをするものと思っているみたいね」
こういうところは、やっぱり人間である私と神様であるリアとで、価値観というか普通に対する感性が違うということだろうか。
『いつか、私もカルナと一緒に街を見て回りたいなぁ』
「それは私も同じ気持ちよ。もしそんな機会があれば、この街だけじゃなくて他の国とかにも行って、たくさん思い出を作りたいわね。他の国には、透き通った海に見渡す限りの砂漠、あとは珍しい動物がたくさんいる森なんかもあるらしいわ」
『海!海と言ったらお魚だよねぇ!前にヴィステロちゃんから美味しいって聞いたことがあるんだけど、私も食べてみたいなぁ』
「リアたち神様は、普段は何を食べているの?」
神様といえば、願ったものや望んだものを簡単に出して、それを食べたりしているイメージがあった。
それに実際、私たちが初めて出会った死後の世界でも、リアは指を鳴らすだけで簡単にテーブルを出していたし、魚とかも彼女が望めば用意できそうな気がするのだけれど……
--違うのかしら?
『残念ながら、それができないんだぁ。実は神様も万能じゃなくてねぇ?そもそも、神自体も概念的な存在でさぁ。カルナたちみたいなちゃんとした肉体があるわけじゃないんだぁ。むしろ、精霊が魔力で体を構築するみたいに、神も神力で体を構築してるだけなのぉ』
「あら。それは初めて知ったわ」
『だからぁ。そもそもお腹とかも空かないし、明確な寿命とかもないんだよねぇ。んでぇ、料理とかもそうなんだけど、さっきも言った通り私たち自身も神力で体を構築してるから、テーブルのような無機物は作り出せても、料理や生き物のような有機物を生み出すことはできないんだぁ』
「それはつまり、リアの体は神力で人間の形を模しただけのもので、私たちのように血が流れているわけでも、心臓が動いているわけでもないのね」
『正解!』
--なるほどね。
最初は神様がどういう存在なのか分からなかったけれど、概念的な存在と言われると理解できる。
「確かに、もし本当に肉体があったら、時間が経つにつれて老いて朽ちてしまうものね。それを考えれば、納得できる話だわ」
『でもでもぉ。私は時間の神様だから、肉体があったとしても時間を止められちゃうんだけどねぇ』
そう言われてみれば、リアは時間を司る神様だから、その気になれば確かに肉体があったとしても、時間を止めて永遠に生きることもできるのだろう。
時間の操作って、地味に見えて実は結構優れているのよね。
「でも、そうなるとちょっと残念ね」
『何がぁ~?』
「いえ。もしかしたら、肉体があれば神様もお忍びで遊びに来たりできるのかと思ったのだけれど、肉体がないのなら無理そうだなと思っただけよ。そうしたら、リアとまた会えたのになって」
『あ~。なるほどねぇ』
別に、今もこうして頭の中ではあるけれど会話もできているから問題はない。
けれど、せっかくこうして仲良くなれたのだから、どうせなら直接、目と目を合わせてお話ししたいし、膝の上に彼女を乗せて愛でたい。
--それだけでもきっと、毎日が楽しくなると思うのよね。
『うーん。カルナは、私と一緒にいた方が楽しいのぉ?』
「そうね。それに、リアには私の復讐を一番近くで見ていてもらいたいとも思うわ」
『ふーむ。わかったぁ。少し考えてみるねぇ』
「考える?それってつまり……」
『えへへ。それはまだ秘密ぅ~。それより、今ってどこに向かってるのぉ?なんか、段々と廃れた場所に向かってる気がするんだけどぉ』
意味深な彼女の言葉の真意を確かめようとした瞬間、リアは「秘密」とおどけた声で笑う。
そんな彼女の楽しげな笑い声を聞きながら、私は明るく照らされた賑やかな表通りから、薄暗く湿った裏通りの石畳の上を奥へと歩いていく。
コツコツと、私のブーツの音だけが静かに響く。
周囲はひっそりとしていて、人気のない裏路地特有の静寂が、私に緊張感を与える。
「そういえば、リアにはまだ、今日の本当の目的を話していなかったわね」
『うん。聞かされてなぁい』
「今日の目的は…ざっくりいうと略奪よ」
『略奪?』
--あら。さすがのリアでも、私が略奪なんて言うとは思っていなかったみたいね。
その証拠に、普段の間延びした喋り方じゃなくなっている。
ふふ。そう思うと、何だかリアの意表をつけたみたいで気分がいい。
「初めて会った時に言ったでしょ?私は、相手を徹底的に潰すって。だから、まずはしっかりと外側から相手の駒を奪って、少しずつ、じわりじわりと蝕んでいくの」
『あは。まるで毒みたいだねぇ。つまり、今回はその駒を奪うことで、聖女ちゃんがこれから活躍するであろう術を断つってことだねぇ?』
「そういうことよ」
それに、実は今回の駒の略奪にはもう一つ意味があって…それは、前に感じた違和感に対する答えを見つけること。
その違和感っていうのは、前にリアと二人でドロテアとアンジーの話をしていた時に感じた、どうやって聖女がアンジーを見つけたのかについてだ。
「あの後、時間がある時に色々と可能性を考えてみたのだけれど、二つの可能性に気がついたの」
『二つの可能性?』
「一つは、聖女が私と同じ回帰者。もう一つは、聖女が未来を知ることができる特殊な能力を持っているって可能性」
『ふむふむ。確かにその二つなら、可能性はあり得るねぇ。あれ?でもそれだと、回帰させたのって……』
「えぇ。その場合、回帰させたのはリアってことになるわ」
『んえ?でも私、聖女ちゃんを回帰させた覚えなんて全っ然ないよぉ?』
私が回帰した時のように、聖女も回帰しているのなら、彼女の時間を巻き戻したのはリアってことになる。
けれど、リアの反応を見る感じだと彼女は聖女のことを知らないようだし、そうなると当然ながら回帰させたのもリアじゃない。
「でしょうね。でも、過去に戻る方法は何も時間を巻き戻すだけじゃないでしょう?」
『もしかして、イルカルラちゃん?』
「そう。あの自称女神なら、魂だけを過去に戻すこともできるかもしれないわ」
『ふーん。なるほどね』
リアはそう言うと、何か考えるように黙り込む。
聖女が回帰していた場合、誰が彼女を手引きしたのか。
時間を巻き戻せるリアがやったのではないのなら、残る可能性は一人。
それが、死者の魂を導くと宣っていた、幽導の女神イルカルラだ。
「あの自称女神が本当に魂を導くことを得意としているのなら、過去に魂を送ることもできるでしょうね」
死後の世界で会った時、私のことを真っ先に罪人と決めつけ聖女の肩を持とうとした彼女なら、あり得ない話ではない。
「とはいえ、これもまだ可能性の一つにすぎないわ。そして、もう一つの可能性が……」
『未来予知だねぇ。でも、その可能性も低いと思うなぁ。そもそも、過去や未来を予知したり見る能力は私の分野だもん。でも、私は聖女ちゃんなんかに祝福を与えたことはないよぉ』
「でしょうね。だから確かめたいの。彼女に過去の記憶があるのなら、同じ行動を取るはず。でも未来を知っているのなら--今の私の行動を、もう見越しているかもしれない」
『なるほどねぇ。つまり、今回は聖女ちゃんがどっちなのかを見極めるチャンスってことだねぇ?』
「その通りよ。私が彼女より先に駒を手に入れられれば、彼女の行動は予測通り。つまり、彼女も回帰者ってこと。でも、逆に先を越されていれば……」
『未来を知る能力があるってこと、かぁ』
リアの喋り方はいつもと同じ間延びした喋り方だったけれど、その声音は普段とは違いどこか真剣で、とても神らしい雰囲気が伝わってきた。
『そういえば、その駒っていうのは……』
「しつけぇつってんだろ!さっさと離せ!!」
「うっ…くふっ……」
「あら?」
リアが駒について尋ねようとした瞬間。
近くから怒鳴る男の声と、反対にか細く何かに耐えるような声が私の耳へと届く。
「どうやら、近くで何かあったみたいね。見にいってみましょう」
『うん』
そのただならぬ声が気になった私は、すぐに進路を変えると、気配を消して声が聞こえた方へと向かって行った。
--それにしてもあれね。
リアってタイミングが悪いというか運が悪いというか、大事なことを聞こうとしたら話を遮られてしまうみたいね。
神様なのに、そういう呪いでも掛けられているのかしら。
なんだかちょっと可哀想だわ。