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第5話 おっさん、冒険者ギルドへ行く

「ヨシダ殿、お待たせいたしました。それでは参りましょうか」


 応接室に戻ってきたトーマスさんに声をかけられ、俺はスキルビルドの悩みを一旦脇に置く。荷下ろしと従業員への指示を終えたトーマスさんの手には、真新しい革製のブーツが下げられていた。


「おお、トーマスさん、わざわざありがとうございます」


「いえいえ、約束ですからな。さ、サイズが合うと良いのですが」


 差し出されたブーツは、幸いなことに俺の足にぴったりだった。中世ナーロッパ風ファンタジー世界の靴は、もっとゴワゴワしているかと思ったが、意外と柔らかく鞣されており履き心地は悪くない。これで砂利道に怯える必要は無くなった訳だ。


「サイズもぴったりで、これでようやく人心地つけますよ」


「それはようございました。さあ、では馬車でギルド通りへ向かいましょう」


 トーマスさんに促され、俺たちは再びグレイ商会の前に用意された馬車に乗り込む。今度は荷物がない分、幌の中は広々としていた。

 馬車は商業通りを抜け、街の中心にある広場を横切り、南へと続くギルド通りへと入っていく 。商業通りとはまた雰囲気が変わり、石造りの頑丈そうな建物が多く、道行く人々の服装も、革鎧や金属鎧を身に着けた屈強そうな者たちの割合が増える 。

 なるほど、冒険者や傭兵といった、腕っぷしに自信のある者たちが集まる通りということか。


「ヨシダ殿、あれが冒険者ギルドですぞ」


 トーマスさんが指差す先には、ひときわ大きく、砦のようにも見える重厚な石造りの建物があった。入り口には巨大な両開きの木製扉があり、その上には剣と盾を意匠化した紋章が掲げられている。いかにも冒険者ギルドといった佇まいだ。


 馬車を降り、トーマスさんに続いて建物の中へ入ると、二階に吹き抜けを儲けた広いホールになっていた。高い天井からは魔道具のランプがいくつも吊り下げられ、ホール全体を明るく照らす様は現代の日本と比べても遜色ないほどだ。壁には依頼書(クエストボードだろうか?)がびっしりと貼られ、多くの冒険者らしき人々がそれを見たり、仲間と談笑したりしている。奥には横長のカウンターがあり、数人の受付嬢が忙しそうに対応していた。


「ふむ、昼も過ぎたというのにやけに冒険者が多いですな。このピリピリした空気は少し気になりますが、一先ず私は護衛依頼の完了報告をしてきますので、ヨシダ殿はあちらのカウンターで新規登録をなさってください」


「わかりました。トーマスさん、色々とありがとうございます」


「なに、困ったときはお互い様です。それにヨシダ殿は我が商会の従業員ということですからな、何かあれば私の名前を出して頂いて結構ですよ」


 そう言って人の良さそうな笑顔でウインクするトーマスさん。本当にこの人には頭が上がらない。トーマスさんが報告用のカウンターへ向かうのを見送り、俺は新規登録用のカウンターへと足を向けた。


「あの、すみません。冒険者登録をお願いしたいのですが」


 カウンターにいた、栗毛のポニーテールが似合う快活そうな受付嬢に声をかける。


「はい、冒険者登録ですね。身分を証明できるものはありますか?」


 来たか、やはり身分証は必要だよな。トーマスさんの言葉に甘えるしかないか。


「それが……今日グレイ商会の従業員としてこの街に来たばかりで、市民証などは持っていないんです。ただ、冒険者向きのスキル持ちで、トーマス会長から登録する様にと……」


「グレイ商会の? ああ、トーマス会長の所の。それなら話は早いです。会長にはいつもお世話になっていますから。市民証をお持ちで無い様なので、こちらの書類に必要事項をご記入ください。文字の読み書きが出来ない様でしたら代筆も承っておりますので、お申し付けください」


 トーマスさんの名前は思った以上の効力があったようだ。ほっと胸を撫で下ろし、受付嬢から渡された羊皮紙の書類に目を落とす。名前、年齢、出身地、特技、等々……明らかに日本語では無い文字が何故か読めるし、書けてしまう。女神様に感謝だな。


 取り敢えず感謝はそこそこに、名前と年齢を書く。出身地は『八紡ノ国』でいいか?トーマスさんも詳しく無いぐらいだし極東の島国っぽいし。

 特技は……シューティングゲーム、は趣味か? 女神様が『シューティングマスター』とかいうジョブ名を付けてくれたので、そっちは有り難く使わせてもらうとして、特技ねぇ。


「あの、特技というのは、具体的にどういうことを書けばいいんでしょうか? 魔法とか剣技とかですか?」


「そうですね。扱える武器や魔法の種類、あとはモンスターの素材剥ぎ取りや罠解除などの特殊技能があれば記入して下さい」


 うーん、下手に正直に書いて騒ぎになるのも面倒だ。かといって嘘を書いて後でバレるのもまずい。スキル『ノーマルショット』の威力は絶大だが 、それをどう表現したものか……。


「えーっと……遠距離攻撃が得意、です。スキル?と言うか、魔法ですかね……」


「魔法ですか。属性とか、どういった現象を起こせるか、もう少し詳しくお願いできますか?」


 受付嬢はにこやかに、しかしプロフェッショナルな目でこちらを見ている。誤魔化しは効きそうにない。仕方ない、正直に……いや、少しだけボカして話すか。


「一応攻撃……魔法かな? で、光の……弾? を撃ち出せます。威力は……かなり高い、と思います」


「光の弾、ですか。なるほど。分かりました。では、書類の確認をさせていただきます」


……………………


「あの、年齢の所ですが、40歳となっていますが?」


「え? 何かおかしいですか?」


「えーと、エルフやハーフエルフの方にしては特徴的な耳がございませんし、ドワーフや獣人には見えませんし、種族はヒューマンで間違い御座いませんか?」


 ??? 頭に浮かぶハテナマーク。変な事を言う受付嬢だな、如何見てもアラフォーにしか見えんだろ? とは言え質問の意味が分からないので問い直す。


「えっと、もっと老けて見えます?」


「いえ、その逆です。見た目、20歳前後にしか見えないので、ハーフエルフの方かなと思ったのですが、その特徴も持たれてない様ですし……」


「はぁ〜? 俺が20歳前後? 苦味走ったニヒルな紳士の俺が? マジで?」


「はい」


 アッサリ肯定する受付嬢。見た感じ嘘をついてる風でもないし、そのメリットも無い。至って真面目に仕事をしている様にしか見えない。


「あの、鏡の様な物は無いですか?」


「はい? えっと、私の個人の持ち物で宜しければ、手鏡が有りますが?」


「そ、それを貸して下さい」


 受付嬢から手鏡を借りて、自分の姿を確認する。


「な、ナンジャコリャ〜〜」


 果たしてそこにいたのは、20歳前後の黒髪黒目の好青年だったのだ! 


「マジか、確かにオマケに新しい体と全盛期の反射神経を与えるとは聞いていたが、反応速度だけかと思うだろう?」


 そりゃトーマスさんがお義父さんと呼んでも良いとか言うはずだわ。


「えーと、ご納得行かれました様なので、登録料として銀貨3枚ををお願い致します」


 登録料! そんなもの要求されるなんて聞いてないぞ! 俺は一文無しだ!


「あ、あの……お金、持ってなくて……」


「えっ?」


 快活だった受付嬢の笑顔が凍りつく。まずい、完全に不審者を見る目になっている。どうする、この状況……。


「おや、ヨシダ殿、如何かされましたかな?」


 まさに地獄に仏、報告を終えたらしいトーマスさんがタイミングよく現れた。


「トーマス会長! こちらの方が登録にいらしたのですが、登録料をお持ちでないと……」


「おっと、そうでしたか。それは失礼。ヨシダ殿は私の客人であり、我が商会の新しい仲間でもありますのでね。登録料は私の方で支払いましょう」


 トーマスさんはそう言うと、懐から銀貨を3枚取り出し、カウンターに置いた。


「ありがとうございます、トーマスさん! 助かりました!」


「なに、これくらい当然ですとも。さあ、これで登録は完了ですかな?」


「は、はい! では、こちらがヨシダ様のギルドカードになります。最低ランクのFランクからのスタートになります」


 受付嬢は少し恐縮した様子で、一枚の金属製のカードを差し出した。サイズはクレジットカード程で、表面には俺の名前『ヨシキ ヨシダ』と『Fランク』という文字が刻まれている。


「では、最後となりましたが初心者冒険者への実技講習を実施いたしますので、地下訓練所へ移動願います」


「な、なんだってー!!」


 きっ、聞いてないぞ、まさか実技講習とは実戦形式の講習とかじゃ無いだろうな。内心恐慌しながらも、それをおくびに出さず詳細を受付嬢に訪ねる。


「あ、あの実技講習とはどの様な事をするのでしょうか?」


「はい、指導員相手に実戦形式の戦闘訓練を行います」


 はい、終わった〜、ヤバいぞ、こんな所でノーマルショットをぶっ放したらギルドが消し飛んじまうぞ。


「では、地下訓練場へご案内いたしますので、こちらへどうぞ」


 そう案内を告げる受付嬢を恨めしげに睨むが、そんな物はどこ吹く風と歩き始める受付嬢。ここでバックれる訳にも行かず、死刑台への階段のごとく地下へと降って行く俺とトーマスさん。


「やりましたなヨシダ殿。あの実力ならいきなりDランクやCランクに飛び級もあるかも知れませんぞ、見せつけてやりましょう」


「はい、これもトーマスさんのおかげです」


 うう、能天気にはしゃぐトーマスさんを横目に、これから始まる講習をどうやって切り抜けるかでいっぱいいっぱいの俺は、空元気で空返事をするしか無かったのだ…………

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