「儂が、ソルバルド冒険者ギルドのギルドマスター、ハルク・ブルーガーで、あ〜〜〜る!!」
俺達を見るなり突然、地獄の底から響くような、いや、地獄の釜が割れたのかと錯覚するほどの重低音が、地下訓練所に響き渡る。その声は大気を震わせ、トーマスさんの髭までが微かに揺れているように見えた。
「で、デカい」
俺の口からかろうじて絞り出されたのは、小学生並みの感想だった。目の前に立ちはだかるのは、まさしく『筋肉の壁』いや、壁というよりは小山だ。
スキンヘッドにアイパッチ、頬に刻まれた十字の傷は幾多の修羅場を潜り抜けて来た勲章だ。その証がそこいらのチンピラとは年季も格も違うことを雄弁に物語っている。そして何よりも、その鍛え上げられた筋肉の鎧は、STGの凶悪な弾幕さえ全て弾き返しそうに見える。
(な、なんだこの
俺がそんなくだらないSTG脳内変換で現実逃避を図っている間にも、ハルク・ブルーガーと名乗ったギルドマスターは、その巨躯を揺らしながら一歩、また一歩と近づいてくる。
「ん? キサマが初心者講習を受ける新人か? 受付のノノリアから話は聞いたぞ。トーマスのおっさんの紹介で、なにやら面白い『魔法』を使うらしいな?」
ギルドマスターの視線が俺を射抜く。ニヤリと笑い話しかけるが、目は笑っちゃいない。その隻眼は、まるで獲物を狙うドラゴンのように俺を捉えていた。
「あ、新人冒険者の吉田です。宜しくお願いします」
眼力に耐えられず、視線から逃れる為に頭を下げて挨拶をする。
(オイオイ、誰だよこんなモンスター召喚したのは……この筋肉ゴリラを相手に生き残れる人類なんか居るか! しかも『面白い魔法』って、ノノリアさんは、どんな伝え方したんだよ!?)
頭を下げながら内心パニックの俺をよそに、人の好さそうなトーマスさんがニコニコと口を開いた。
「おお、ギルドマスター直々のお出ましとは恐縮です。はい、こちらがヨシダ殿。私の命の恩人でして、オクルファング5頭を一瞬で倒した素晴らしい腕前の持ち主でございますぞ」
(ちょーっと! トーマスさ〜〜ん、ハードルぶち上げないでくれませんか? 商人なんだから空気読んでくださいよ!)
「ほう、トーマスの命を救った、それもオクルファング5頭から、とな。そいつは大したもんだ。よし、ヨシダと言ったか。早速だが、その腕前、このワシに見せてみろぃ!」
ギルドマスターはそう言うと、巨大な丸太のような腕で俺の背中をバンッ!と叩いた。
「ぐふっ!?」
不意打ちの衝撃に、俺の肺からカエルが潰れたような声が漏れる。見た目通りに、いや、見た目以上のとんでもないパワーだ。この世界の人間は、みんなこんなゴリラみたいなフィジカルなのか?
「はっはっは! ちぃーっと細いが、なかなか良い体つきをしておるではないか! 冒険者はパワーが重要だからな、パワーが!」
(アンタ基準にされたら人類全部細えわ! 大体、俺は面白い魔法を使う後衛だ、つってんだろ? それとも、俺のこの若返った肉体が、実は見た目以上に頑丈なのか……いや、そんなわけある……のか?)
「おい、ノノリア今日の初心者講習担当は誰だ?」
「ギルマス〜忘れてるんですか? 今日は上に招集している冒険者に強制依頼を発行するんじゃ無かったんですか? ギルド職員は事務方以外、皆んな現場の調査とかで出払ってますよ」
「あー、そうだった、そうだった、ワシも久々の現場を前に、少し体を動かしに訓練場に来たんだったわ」
オイイイイイ? なんか空気が変な方向に行ってませんか? 上の冒険者達のピリついた空気と、強制依頼の関係も気になるが、職員が全部出払ってる? 残ってるのは目の前の筋肉ゴリラだけ?
「死んだ、異世界転生後一日経たずして……死んだわ……」
「(チョット、チョット〜、なに情けない事言ってんのよ? そんな筋肉ゴリラなんか私の授けたスキルで一発よ、土手っ腹に風穴開けてやったんさい!)」
「この神々しい美声(リバーブのエフェクト付き)と切れ味鋭い毒舌は、まさかの女神様?」
「(毒舌は余計よ! ってそんな事は如何でもいいの、とっとと目の前のゴリラを片付けて、私の使命に邁進なさい!)」
(いや〜、そんな簡単そうに片付けろと言われましてもね、それに漠然と世界の平和を守れとかねぇ? 何処から手を付けたものか……)
「(そうね……分かりました、説明します。簡単に言うと、我々神族に敵対する魔族の手により、この世界に魔王が誕生しました。その魔王によって危機に瀕している世界を救う役目を仰せつかったのが私で、その手伝いをするのが貴方の使命です)」
(成程、と言う事は……俺はまさかの……勇者様?)
「(それは貴方の此れからの活躍次第です。この世界で初めての魔王誕生なので、当然勇者の降臨などは無いはずよ)」
(そうなんだ……ではもう一つ、限定神とか限定解除とは?)
「(限定神とは特定の事柄のみを担当できる神のことね)」
(えーと、武の神とか智慧の神とかトイレのカミとかですか?)
「(なんか最後のは意味が違って無いかしら? まあいいわ、大体合ってます。その限定を解除して一つの世界を司る様になる為に限定解除試験が有ります)」
(では最後に、もしも、もしも、この世界を救えずに滅んでしまったら、"俺は"如何なりますか?)
「(この世界と一緒に滅んじゃうわね)」
(へ?)
「(当たり前でしょ? 貴方が世界を救えずに滅んでしまうんだから、貴方も滅ぶわよ。そんな如何でもいいことは気にせず、私のスキルでど〜んと行けばいいのよ、ど〜んと!)」
(イエス……マム)
「(良いわね?くれぐれも失敗しない様に。その為のスキルなんだから。後、当分は相手出来ないけど頑張る様に、じゃあまたね)」
「マジか、マジ……か。伝説の勇者でウハウハムーブ出来んやんけー」
「ヨ、ヨシダ殿? 突然如何なされました、伝説の勇者とかウハウハムーブなどと口走ってましたぞ? 大丈夫ですかな?」
(当たり前だが、俺以外には女神様の声は届いて無いのか)
「あ、大丈夫です。チョット嫌な現実を直視しただけですので」
(やばいな、ただでさえ筋肉ゴリラの対処で頭が痛いのに、此処に来て女神の使命が重過ぎる。失敗したら即GAME OVER、しかもコンティニューも無しと来たもんだ。全く、あのブラック女神様は
「ヨシダ殿? 何処か調子でも悪いのですかな?」
「いえ大丈夫です。折角トーマスさんが俺の実力を買ってくれてるんですから、それに応えなきゃ漢が廃るってもんでしょ? ど〜ん!と一発、行ってきますよ」
「ほお……ぶつぶつ独り言を始めたかと思ったら、いきなり奇声を発したり、ダンマリキメたりと、何やってんだと思ったが、なんか顔付きが変わったな? 面白くなってきたわ! さあ、訓練場はこっちだ。キサマの実力、元冒険者ランクS-のハルク・ブルーガーが直々に確かめてやろうではないか!」
ギルドマスターは豪快に笑いながら、訓練場に向けて顎をしゃくり、ついて来いと言わんばかりに歩き出す。
「AC版のロケテと思えば、ぶっつけ本番上等、乗るしかねぇだろ? このムーブ!」
俺のシューティング脳はアドレナリン全開だぜ!!