「糸より村」が受け入れた2組目は落ち着いた老夫婦だった。1組目が華やかなピンク頭のYoutuberだったので、堅実にいきたいと考えたことと推察できる。全ては村長の独断と偏見で決められるので、その本意は本人しか分からないのだ。
老夫婦の名前は桑木野夫妻。もらった家は大そう喜んでいた。夢のマイホーム。福岡市内ならば、中古でも一戸建ては3000万円台後半、そろそろ平均価格でも4000万円に届きそうな状態。
東京都だと5000万円から8000万円くらいが相場らしく、それよりは安いと言える。しかし、ずっと福岡で働いていた桑木野夫妻としては、それでも手が出ない価格だった。
その為、早期退職を機に今回の募集に申し込んだ。初めての畑仕事、毎日手にマメを作って夫婦で近くの畑を耕した。本来ならば、庭で家庭菜園をしようと思っていた程度だったのだが、お隣の親切な老夫婦が「それでは足りない」と教えてくれた。
「うちは年寄り二人なので、それほど食べないから野菜はほどほどしか作る必要が無い」と答えるも、「必ず近所からお裾分けがある。そのときに返さないと礼儀知らずと思われて村八分になる」と教えられた。
都会でのしがらみが嫌で田舎に引っ込んできたつもりだったのに、田舎には田舎のしがらみがあることを知り、絶望する桑木野夫妻。むしろ、田舎の方がしがらみが多いことを知るのにはもう少し後になる。
〇●〇 善福熊五郎の場合
庭の草を刈った。セイタカアワダチソウはこんなに背が高くなるんだなぁ。
エンジン式の草刈機を稼働させ、庭の草を刈っていった。草刈機は電動とエンジン式の2種類がある。どっちかっていると、電動の方が静かで、エンジン式の方が音が大きい。
街中で使うとしたらエンジン式の場合は割とうるさいので時間や場所によってはクレームが来る。だから、俺としてもエンジン式は楽しい限り。
「右から左、右から左……」
こうしないと刃に石とか色々当たって、跳ね返るから危険なんだ。刃の回転は常に反時計回りなので、回転方向を考えたら道理が分かる。
一応、ゴーグルをして目を守っているのもある。それというのも、俺は、草の根っこ近いところまで刈るのが好きなのだ。ときどき石が飛ぶから。
そして、仕上げに除草剤を撒くことでいい具合に草が無くなるんだ。
一通り草刈りを終えたけど、今日の作業はここまで。刈った草を集めた方が庭はきれいになるけれど、刈ったばかりの草は水分が多くて重たい上にかさばる。だから、数日から1週間程度放置で刈れるのを待つのだ。
俺は村長さんの家から持ってきた草も庭に撒いて乾燥させることにした。
まあ、今日の作業は草刈機を返して終わりなのだが……。俺は庭に問題を発見した。大きな切り株があったのだ。
木は既に切り倒している。膝くらいまでの高さの切り株が残っていた。これは邪魔だ。掃除をするにも邪魔だし、エクステリアとしてもあまり映えない。
すごく面倒だけど、俺は掘り返して切り株を捨てることにした。かといって、スコップとかで掘っていたら何か月もかかる。俺はマイコレクションから電動ドリルを持ってきて、その先にオーガを取り付けた。
オーガってねじねじになっているドリルみたいな道具で、穴を掘るのに使うのね。
シャベルやスコップだと障害物が無い時は掘りやすいのだけど、切り株は邪魔になる。鍬とかだと強いんだけど、やっぱり障害物には向いていない。
その点では、オーガはきまった大きさの穴しか掘れないけど、比較的簡単に深く掘れる。切り株の周囲を囲むみたいにオーガでほぐしながら掘り進めていく。掘り起こした土はやわらかいので、スコップでどけるのも簡単だ。
半日かけて掘り進めるとかなり大きな切り株が庭に「こんにちは」した。草刈りよりよっぽど重労働だった……。
しかも、掘っていると、石とか岩とかゴロゴロ出てきた。そのうちの一つ、一番大きな岩のことが気になった。
庭には井戸があったので、そこから水を汲み岩にかけてみる。
固くなった泥の部分が流れて何かの形が見えてきた。
もっと水をかけて、きれいにしていくと、それはお地蔵さんみたいな石像だった。もしかしたら、掘り起こしたらいけないものを掘り起こしてしまったのかもしれない。
祟りとか怖いので、その石像を「不動明王様」と名付け、家の中に入れた。
家の中で一番高いところは、キッチンの食器棚の上だ。そこに簡易的な祭壇を作り、「不動明王様」を置いた。ついでに祟らないようにお願いした。
キッチンに来たので、仕事は一段落。喉が渇いたので冷蔵庫から麦茶を出した。さっき、村長さんの家でもらった麦茶がうまかったからそのイメージだったかも。
「不動明王様」にお参りしてから何だか気分が軽くなったような気がする。切り株を掘り起こすという偉業を成した後だからかもしれない。まぁ、気のせいだろうけど。
「麦茶―♪ 麦茶ーーー♪ むっ、ぎっ、ちゃー♪」※作詞作曲、俺。麦茶の歌。
(ルルルルルル)ごくごくと麦茶を飲んだタイミングで俺のスマホが鳴った。母が手術を受けたばかりだし、入院しているので嫌な予感がしつつ、電話に出るとそれは長女智子からだった。
「お姉ちゃん? どうした?」
娘二人は嫁と一緒に浮気男と出て行った。気付けばあれから2か月は経過している。
「お父さん! この家出たい! お父さんと一緒に住みたい!」
後では、妹の智恵理の声も聞こえている。娘からのSOSだ。とにかく緊急事態だ。俺は道具もそのままに、戸締りもそこそこに電話をしながら車の鍵を見つけ出し、車に乗ってエンジンをかけた。
スマホはスピーカーフォンにして安全を確保しつつ、娘たちの話を聞きながら福岡市内に車を飛ばした。
〇●〇
娘たちと合流したのは福岡市内のチェーン店のファミレス。
彼女たちは俺よりも早く着いていた。事前にOK出していたので、ケーキセットを食べながら一息ついた頃みたいだった。
「あ、お父さん!」
「お父さん!」
娘たちの無事な姿を見て俺は少し安心した。外は既に少し暗くなっていた。
「どうした、二人とも」
俺はとりあえず、椅子に腰かけたが、そのまま伝票を持って会計を済ませることにした。二人の声から大変なことが起きていると察したからだ。
会計を済ませた後、二人を車に乗せ俺は車を出した。目的地は特になく、国道をひたすら走りながら二人に話を聞くことにした。
「どうしたんだ? 新しいお父さんの家に行ったんじゃないのか?」
「お父さんが行けって言ったんでしょ?」
「そうだよ!」
んーーーーー? 娘の反応がおかしいような。
「朝起きたら、お母さんと一緒に家を出てたんだろ。お父さんよりも新しいお父さんの方がよかったんじゃないのか?」
「そんな訳ない! お母さんが言ってたの。私達はお母さんの方に付いていくことに決まったって!」
そんな訳はない。ろくに話し合いもできずに、突然嫁はいなくなったのだから。そのときに娘たち二人も連れて行ってしまったのだから。
「お父さん、正直言って、離婚のことがショックすぎてお母さんとその辺のことちゃんと話し合えてなくて……。お母さんから娘たちもお母さんに一緒に付いていくって言ってるって聞いてだいぶショックだったんだけど……」
「あの女……」
妹ちゃんが苦々しく言った。
「とにかく、うちに帰ろう! お父さん、うちに行って!」
お姉ちゃんの依頼だったが、それを実現するのは少し難しい。
「実は、お父さん引っ越してしまっていて……。全部じゃないけど、一部家財も新しい方に持って行ってるんだよ」
「そうなの? どこ?」
説明が難しい。自分の家は無くなっていて、全然知らない田舎に引っ越したとか聞いたら娘は何ていうか……。最悪、やっぱり新しいお父さんの家に帰るなんて言い出さないだろうか……。しかし、言わないのは誠実じゃない。しかも、元の家は姉妹の部屋は空っぽだし、俺の荷物もほとんどない。
「実は……糸より村……」
「はぁ!? 村!?」
「村ーーーーー!?」
二人とも引いてる……。
「ネットつながるの!?」
「電気来てるの!?」
二人ともそこ!?
「一応、ネットも電気も来てるよ」
「じゃあ、問題ない。そこ行こう! そこ!」
「詳しい事情は移動しながら!」
お姉ちゃんも妹ちゃんも意気投合していた。なぜか、俺が住む糸より村に行くことになった。