「新しいお父さんって、ほとんどうちにいない」
「お母さんは、うちでずっと一人って感じ」
なんだそりゃ。娘たち二人は嫁の再婚相手にくっついて家を出て行ったと思った。もっとも、嫁はまだ離婚して6か月経ってない。再婚は法律上できない。しかし、一緒に住んでいるのだから「事実婚」と言っていいだろう。
そう言った意味では新婚ならば、ベタベタしていそうなのに。俺を捨てて離婚して家を出て行ったくらいだ。浮気男のことが好きなんだろうし、嫁の分までまとめて慰謝料を払ったくらいだから、浮気男も嫁のことが……元嫁のことが好きなんだろう。
それなのに家にいないって、意味が分からない。
元嫁との離婚の話はグダグダになってしまった。白黒つけることができたらスッキリするのだけど、ドラマのようにはうまく決着はつかない。俺の場合は弁護士との打ち合わせもそこそこに見切り発車で嫁に浮気のことを聞いてしまったのがよくなかった。嫁は開き直り、娘を連れて家を出てしまったのだから。離婚届は書いたし、離婚は成立した。慰謝料もこちらの希望を伝える前に向こうから振り込まれた。もっと高額を請求しようと思っていたけど、離婚のダメージが思った以上に大きかった。
弁護士は追加請求ができると言ってくれたけど、正直お金が手に入ってもむなしいものだと感じていた。もちろん、お金はたくさんあったら嬉しいけど、俺の心はもうお金をもらってもなんとも思わない。
その絶望の中心は娘達がいなくなったことだった。その娘達からのSOSの電話。新しいお父さんの家から逃げてきたのだという。俺にとっては優先順位が1番の事象。人は計画的に動くのが効率的で良いのだろうけど、今の俺は目の前の事象を1つずつやっつけていくことしか考えられないでいた。
俺の軽自動車は、糸より村の俺の家に向かっている。嫁の許可を取っていないので、ある意味「誘拐」と言える。それでも、世の中のお父さんは娘のためなら犯罪の一つや二つは犯すのだ! ……まあ、ダメだろうけど。
「それに、最近ではお母さんのこと殴ってた」
「はあ~~~!?」
元嫁のことなどどうでもいいのだが、殴られていると聞いたらあんまり気分は良くない。
「あとあの人、私達がお風呂に入る時とか洗面所の辺りをうろうろしたりして……ねー?」
「そう! キモい!」
高校生と中学生の着替えをのぞこうなんざ、ロリコンか! 嫁だけじゃなく、娘まで!
俺の怒りは脳天をぶち抜いたので、娘たちは俺の家に連れて行くことにした。
「この間は、寝てる間に私の部屋に入って来てた! カギをかけていたのにこっそり開けたんだと思う」
室内のカギの場合、安全上比較的簡単に開く構造になっている。トイレや風呂がいい例だ。コイン1枚で開けることができるのだ。娘達はそのことを知っているので、余計に怖かっただろう。
「大丈夫だったのか、それ……!?」
「カギを強固なものに交換しといた。あの人レベルじゃ開けられないヤツ」
手際良いな……。
「普段は家事とかも一切しないのに、洗濯だけはするとか言って私達の下着を洗濯物の中から探してみたり……」
普通にアウトだろそれ。嫁はそんな男がよかったのか!? 頭がおかしくなりそうだった。
「「もう無理!! あんなヤツとは一緒に住めない!!」」
ここで娘達の声がハモった。
「そうか。分かった。とりあえず、お母さんには……清美さんには連絡しておくから。単にいないとなったら、警察に捜索願出されて余計にややこしくなるから」
「うん、分かった」
簡単な事情は分かった。しかし、住むところがない! あるのはあの田舎のぼろい家だけ(しかも2階はボヤも起こしている)。
娘達はあの家を見たらなんていうかなぁ。かといって、今までの家はもう解約手続きをしてしまったので、来週にも出ていかないといけないのに……。
「ここなんだけど……」
まずは、娘達に俺の家を見せた。
「「おおーーー!」」
その「おおー」はどっちの「おおー」なんだ!?
「ぼっろ! お父さん、ロックだね!」
妹ちゃん、辛辣! それは褒め言葉じゃないからな!?
「お前の家、おばけやーしきっ!」
お姉ちゃん、中途半端なジブリネタ! そんなの分かる人はほとんどいないからね!?
「5年間住んだらもらえるんだよ、この家。その間、リフォームも自由で」
「「ええっ♪」」
なぜ、娘達二人は目が爛々とし始めたのか!?
「1階は壁紙がボロボロで」
「「ふんふん!」」
なぜか二人とも前のめりで聞く。何があるの!?
「2階とかボヤがあったみたいで、壁とかコゲてるから、リフォーム要るし」
「「ふんふん!!」」
益々興味津々の二人。
「昔の作りだから、断熱とかやり直さないといけないし。周囲に誰もいないし。業者さん少ないから頼むときは村の外にお願いしないといけないし」
「「ふんふんふん!!!」」
いや、怖いから。オレがのけ反るほど娘二人が俺に近づいてきてる。
「材料は!?」
「村長さんから木材とかは余ってるのを使っていいって。その他はホームセンターとかに買いにいかないとね」
「お金は!?」
「一応、離婚のときの慰謝料が残ってるからそれで……」
そこまで言ったときだった。
「「住む! ここに住む!」」
いや、住むんかーい!
なぜか、このポロボロの家を二人とも気に入ったみたいだから、ここに住むことになった。布団を二人分、ホームセンターに買いにいかないと……。
ああ、その前に草刈機を村長さんに返して、ついでに娘達も住みますって連絡しとくか。
○●○
「そんなわけで、娘達も住みたいんですが問題ないでしょうか?」
村長さんも奥さんも驚いていた。
「あのボロ屋に!? こんな若い女が!?」
「はあ、色々と事情がありまして……。ぜひ、許していただきたいのですが……」
奥さんのほうが娘達を下から上までなめ回すように見てニヤリと微笑んだ。
村長さんのほうは心配そうに大丈夫なのか聞いてきてくれた。
「あんた、いいんじゃないか? どうせもう善福さんの家なんだし」
「そうじゃな。あんなとこで申し訳ないが、新しい家が出たら……」
そこまで言いかけたところでお姉ちゃんが遮った。
「いえ! 十分です! よろしくお願いします!」
そこで俺は思いついたんだ。
「あのー……、私もそんなわけで急に仕事を探さないといけなくなってしまいまして……。何か紹介していただけたら……」
「しょうがないね。うちの裏の草刈りがあるから。手が空いたら連絡してきな」
奥さんから仕事をもらった。家のリフォームと同時進行で進めていくか。
□□□ 母の近況
病院から電話があり、父親が病院食が貧相だと文句を言って大騒ぎしたとのこと。「食事計画を出せ」とか「栄養表を出せ」とか大騒ぎしたらしい。ついでに、ボイスレコーダーを持って、看護師に「録音しているぞ! 訴えるぞ!」とか脅していたらしい。
ダメだ。あいつはもう頭がおかしい。歳をとると頭がおかしくなるのか!?
俺は病院に謝罪して、明日以降は面会させないようにお願いした。病院との契約も俺なので、病院は父親に食事計画やそんなものを出す義務はない。介護計画などについては俺がもらっているので、父親のみ面会禁止という処置にした。
病院もかなり困っていたらしく、医師や看護師、受付まで名前と顔写真の情報を共有して病院に来ても母に会わせないようにした。
病院の人には「息子さんの許可なく面会できません」と言ってもらうことにした。内容について聞かれても「息子さんに報告していますので、息子さん以外にはお知らせすることができません」と強く断ってもらうことにしたのだった。
もう、あいつダメだ……。色々忙しいのに、ホントに頭が痛い。
■■■善福清美(手続きが面倒で旧姓に戻さなかった)の嘆き
大きな家に広い庭。車も5台もある。家族の数より多いなんて。庭にプールがあるなんてアメリカの映画スターのお宅みたい。
それが今の私の家。だけど、家の中には誰もいない。
家事は2日に一回お手伝いさんが来て掃除をしていく。さすがプロ。2時間ほどでピカピカ。私のする場所なんか残ってない。トイレのトイレットペーパーを三角に折るのまでやっていく。
料理は作っても私しか食べない。最初は楽しくて毎日お料理してたけど、彼は帰ってこない。多分、夜のお店に行ってる。接待とか言ってたけど。
娘達は私が騙して連れてきたのを怒ってる。あんまり話してくれないし、自分達の部屋から出てこない。
いつの間にか家族はバラバラになってしまっていた。いつから? いつから私の家族はバラバラだったの!?
一人で寂しい……。