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第14話:秘密兵器「まさお」

 とりあえず、仕事をもらったので村長さんの家の裏の土地の草刈りを始めることにした。「裏」って言っても「田舎の裏」なのでめちゃくちゃ遠かった。裏の方にあるってだけで、車の距離だったから!


「ここなんじゃが……」


 野球場ができそうなほど広い土地がそこにはあった。


「ここですか……」


 草刈機って草を刈るためのものだよね!? 目の前のこれは藪っていうか、もはやジャングルだよ!


「まあ、草刈機はこれしかないから、ゆっくりで良いよ」


 例の草刈機が2台だけあった。娘も連れてきたからこっちは3人。既に道具が足りない。買うか? どこかから借りるか? そんなことを考えていたら、村長さんの奥さんが話しかけてきた。


「3人で大丈夫かい?」


 彼女はニヤニヤしてる。


「お父さん」


 お姉ちゃんが話しかけてきた。少しこそこそ話的に話してきたので、俺も頭を下げて聞いた。ちなみに、俺と娘は身長差がすごいんだ。


「どした?」

「私が先に草刈り始めてるから、お父さんは……」


 なるほどな。確かにさっきアレを見た。


 娘はサクサクと草刈機に混合燃料を入れて、チョークをオン、スイッチをオン、スターターのワイヤーを勢いよく引いてエンジンを1発始動。チョークを戻した。


「あんたなんでエンジンかけられるのさっ!」


 村長の奥さん勢い良く訊いた。まあ、目の前でエンジン音がしてるから声は大きかったけど。


 娘は余裕でゴーグルを付けながら答えていた。


「私、こういうの好きなんです」


 そのときの笑顔はすごく気持ちのいい笑顔だった。


 村長さんの奥さんの口が開いてしばらくフリーズしてた。娘は村長の奥さんが危なくないように離れたところから草刈りを始めていた。


 できるだけ端っこの方、端っこの方を狙って。


 俺と妹の智絵里は車に乗って出かけた。お姉ちゃんのアイデアを採用したのだ。アレを調達するために一旦現場を離れた。


 ○●○


 1時間ほどして村の草刈りスポットに戻ってきた。村長とその奥さんは暇なのか、面倒見がいいのか、お姉ちゃんが草刈りをしてるのを座ってみていた。


 お姉ちゃんは予定通り端から草刈りをしていて、土地の中央部には一切手を付けてない。


「お前、それ……」


 俺と智恵理の到着を見て村長さんが訊いた。


「『まさお』です。ホームセンターのデモ機を借りてきました!」


 俺は行きとは違い、ホームセンターで借りた軽トラで戻ってきた。そして、その荷台には「まさお」が載ってた。


「まさおっちゃあ……?」


 俺と智絵里は荷台からソレを降ろしてエンジンをかけた。


 ソレとは、バギータイプの草刈機。乗って走るだけで草刈りができる優れもの。その名を「草刈機まさお」だ。シャレや冗談じゃなく、実在する商品。


 ホームセンターでデモ機を貸し出していたんだ。1台100万円以上する高級品だから、衝動買いできる人はお金持ちくらいだ。


 そんなのもあって、無料貸出をしてたんだ。ちゃんと正直にテスト運転をしたいって言ったんだけど、ホームセンターの人は「そういうときこそ能力を見てもらうチャンスです! ぜひ、存分に使ってください!」って言ってた。あれは良い営業さんだと思う。


 妹の智絵里は草刈機を使って細かなところの草を刈ったりする器用さはない。その代わりに、バギータイプの草刈機を操縦したりするのはすごく得意だ。


 もちろん、運転免許なんて持ってない。どこで身につけているのか。


 智絵里はお姉ちゃんが残していた草を刈り始めた。中央は草というより、もはや「藪」だったが、バギータイプの草刈機は有能でバリバリ刈っていく。


 またまた村長とその奥さんは口が開いたままだった。


 智恵理がバギータイプの草刈機でバリバリと草を刈っていく最中、先行していたお姉ちゃんの作業は終わっていた。そしたら、次は同様にホームセンターから借りてきた電動チェーンソーで草刈機ではどうにもできない木を切り倒していく。


 チェーンソーも使っていないと分からないコツみたいなものがある。最初に「受け口」って切り目を入れて、逆から「追口」を入れることで狙った方向に木を倒すことができる。細い木なら素人でも倒せそうとか思っても意外と難しいのだ。


 その点、お姉ちゃんは上手に切り倒していく。その後に薪にするとしても困らない様な切り方だった。我が娘ながら安心感がある。草刈機バギーで草を刈る部分と木を切り倒す部分も場所的に被らないように作業を進めているのも素晴らしい。


 俺も当面邪魔になりそうな草を集めたりして、バギーの作業を円滑に進められるようにしたり、お姉ちゃんが倒そうとしている木の周囲で邪魔になりそうなものを予めどけたりしていた。


 当然、俺達は打ち合わせなんてしていない。互いの視線とか空気みたいなものだけで言葉を交わさなくてもお互いの意図をくみ取って作業を進めた。


 なかなか広い土地だったけど、見事1日で草刈りを終えた。これも、先にバギータイプでは刈れないような細かなところをお姉ちゃんが先行で刈ってくれていたから。


 俺も途中から手持ち式の草刈機で参入したから三人の仕事だったと言える。


 割といいお給金をいただき、刈った草や木々はある程度枯れてから集めることとなった。(それも別料金いただけるそうな)


「あんた……。あんたら三人……。明日も仕事があるから来なさい」


 どうやら村長さんの奥さんが別の仕事をくれるそうだ。今は家も直したいけど、正直お金も要る。


 仕事をくれると言うなら、そっちを優先することにした。


 しょうがない。1階のリビングに布団を3つ並べて寝るしかない。家の中なのにキャンプみたいな生活。これが冬なら凍死していたかもしれない。


「じゃあ、帰るか」

「帰りはホームセンターにまさおを返しに行くんでしょ? 私も行きたい!」


 お姉ちゃん、ほんとにホームセンター好きだなぁ。


「私も欲しいものある」

「智絵里は何がほしいの?」

「光回線とWi-Fi!」


 なぜ、Wi-Fi!? そんなに優先順位高い!? 壁に隙間があるレベルなんだから、もっと先に必要なものあるよね!?


「ところで、智恵理。バギーの運転上手だったね。どこで覚えたの?」


 俺は軽トラを運転しながら智恵理に訊いてみた。うちにバイクはないし、四輪とは言えバギータイプの乗り物をそんなに乗りこなすのは合点がいかなかったから。


「えっと、マリカー」


 マリカ? お友達かな?


「あ、お父さん。ちぃちゃんの言う、『マリカー』はマリオカートね。ゲームの」


 ちなみに、お姉ちゃんは荷物の見張りとして荷台に乗ってる。窓を開けてるから会話もギリできる感じ。


 マリオカートくらいは俺でも知ってる。それを「マリカー」って略すのは一般的なのか!? 確かに、ゲーセンに行けば筐体もあるし、それくらいできるようになるのかな?? 


 ……うちの娘なら、ヘアピンカーブでドリフトだけじゃなくて、溝落としくらいまではできる様な気がする。


 □□□ 村長の妻、久根崎十糸子(58)のつぶやき


 なんであの都会からの娘達が普通に2ストの燃料選べるのよ!? ワタシが田舎に嫁いてきたときは草刈り機も知らんかったんに!


 しかも、エンジンを簡単にかけて草刈始めるし! あんくらいの娘がなんでチョークとか知っとるん!?


 しかも、あの豚の娘!? あり得ない! アイドルか女優かって顔が整ってる!


 どっかからさらってきたんじゃないんか!?


 だいたい、あの豚! どっからあんな草刈機借りてきよった! ゆうに1ヶ月はかかると思ってた草刈りを1日で終わらせよった! しかも、邪魔になる木まで伐採しよった。思っていたものの数段きれいな仕事やった。


 めちゃくちゃじゃ! 次はどんな意地悪をしてやろうか!


 ■■■ 善福 清美(離婚済、手続きが面倒で旧姓には戻していない)のぼやき


 家に帰ったら娘達がいない! ここのところ、あの子達、部屋に引きこもっていたから気付かなかった。机の上には手紙が置かれていた。


『私はあの人とは親子になれません。お父さんのところに行きます』


 智子、何が気に入らないっていうの!? 彼は大学院卒だし、お金持ちじゃない! こんな広いお屋敷に住んでいるのに何が不満だっていうの!?


『本当のお父さんと住みます』


 智恵理! あなたこそお父さんとあんまり交流してなかったでしょう! なんで彼じゃダメなの!? いっぱい話しかけてくれていたじゃない!


 彼もあまり家に帰ってこない。娘達もいなくなった……。私の人生って何なの!?


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