今日は村長の奥さんが仕事をくれるというので親子三人で働かせてもらいに行くことにした。
「お世話になります」
「「ます」」
玄関先であいさつした。
村長さんの奥さんが俺達三人を下から上までなめるように見た。多分、事前に「汚れてもいい恰好で」と言われていたので。俺は作業服のズボンにコンプレッションインナーを着てその上にTシャツ。
コンプレッションインナーは肌にピタッとするやつって分かるかな? サッカー選手とかがユニフォームの下に着てるやつ。建設現場の作業の人とかも。
娘達はそれぞれ高校と中学校のジャージ。全員準備OKだ。
「ふんっ、こっちにおいで」
そう言って、家の前に案内された。家の前の作業かな? ……と、思ったら軽トラの荷台に「乗」せられた。いや、「載」せられた!
荷物があったら一人は荷物押さえで合法って聞いたことあるけど、荷物とかほとんどないから違法!? いや、この道自体私有地かも。もう、訳がわからん。でも、娘達は超楽しそう。
少し走ると鶏舎に着いた。結構大きい。大きさを考えるとたまごを出荷して収入を得ているのが簡単に分かった。
「鶏舎内の掃除を頼むよ」
「はいっ!」
お姉ちゃん楽しそう。こういうの大好きそうだし。妹ちゃんは明らかに嫌そう。こういうの嫌いそうだし。
俺達は掃除のやり方を習って作業を始めた。田舎なので平屋で広い鶏舎内を鶏が走り回ってる。当然地面には餌やら糞やらが所狭しと落ちている。それをほうきとちりとりで掃除するのが今回の仕事らしい。
水を得た魚のように掃除を始めるお姉ちゃん。通常運転の俺。やや嫌がる妹ちゃん。それでもお金をもらうので三人ともちゃんと掃除をした。
1時間ほどやったところだった。まあまあやったし、言われたことは終わった感じ。多分、人手が足りないんだろうな。しばらく掃除ができていないように見えた。
「お父さん、こことかまだもう少しきれいになる」
妹、智絵里の言葉だった。この子はやり始めたらいい加減な仕事は許さない職人みたいな子。言われてみれば、隅の方とか掃除が雑なとこがあった。
「よし、やるからにはしっかりやろう!」
「うん!」
「分かった」
俺らはもう少し掃除レベルを上げた。
そして、半日くらいかかって掃除が終わったので村長さんの家に戻る。行きは軽トラだったから、帰りの歩きはしんどいな。俺が痩せちゃったらどうするんだよ。
「この村にいたらお父さん痩せそう」
「うるさい。この身体にいくらかかってると思ってるんだ。日々の積み重ねの結果だぞ?」
「「「ははははは」」」
親子三人いれば道を歩くだけでも楽しいもんだ。
15分くらい歩いたら村長さんのうちに着いた。村長さんの奥さんが出てきたので掃除が終わったと言ったら、「確認をする」と言われ、再び軽トラの荷台に乗せられた。
電話持っていけばよかった……。
「………」
鶏舎に着いたら村長の奥さんの口が開いてた。
「また随分きれいにしてくれたねー!」
「元は掃除屋だったので……」
村長の奥さんが鶏舎内を確認していく。
「はー……。もう、うちのは腰が弱ってるから掃除ができないのよー」
「そうなんですねー」
「孫も鶏舎とか流行らんって言って手伝わんし……」
「普通はそうかもですね……」
キョロキョロ見て、隅々まで回ってた。かなり感心してくれていた。
「そうだ、鶏糞と餌のゴミはどうしたね?」
「あ、鶏舎裏に溜めてることがあったみたいだったんで、そっちに入れさせてもらいましたー」
「あんたたちゃ、よーわかったね! 先に言っとかんかったからもっかい連れてきたんにー」
どうやら最後の作業が残ってると思っていたらしい。
「入れ物付近は汚かったろー。娘さんは嫌がったんじゃないんかねー?」
「あ、その辺は娘がやりました」
村長の奥さんが二人の娘達の手を見た。娘達は汚れて真っ黒になった軍手を見せて、グーパーグーパーして見せてた。
「はーーーっ、うちの孫も鶏糞とか触らんのにーーー。都会から来たあんたらがそこまでできるとか思わんかった!」
「あ、ども……」
とりあえず、褒められているらしい。
「他にもやらないかん仕事がたくさんあったい! 今度から色々うちで仕事せんね?」
時給もそんなに悪くない。色々あるならそれもありがたい。娘達も学校は転校しないと通学は難しいと思ってた。お金もかかるし、やらない理由が見つからない。
「分かりました! ぜひ、やらしてください!」
「学校が休みの日は私も手伝いたい!」
「……私も」
俺は働かないといけないけど、娘達までバイトするっていいだしたよ!
「頼もうかね。ジェニの話もしとこうかね」
多分、「ジェニ」は、「銭」のことだな。
○●○
再び村長さんのうちに戻ったときは、また軽トラで運んでもらった。なんだかドナドナされてる気分だな。
「ばっちゃん、仕事や?」
村長さんちの前にはちょうど男の子が玄関前にいた。制服であることから学校帰りってとこか。村長の奥さんが言ってた孫なのかもしれない。
「お前、またこんな時間に帰って来て! サボりか!」
「やから、テストやって言っとろーが!」
なるほど、テスト期間中なので帰りが早いのか。
「これからこの子達が昼飯食べるけん、お前は部屋におれ! 後でお前の分は持ってっちゃーけんが」
んん!? いつの間にか俺達が昼飯をいただくことになってる!?
「いえいえ、申し訳ないですよ。俺達帰りますから」
俺と娘達は軽トラの荷台から飛び降りて言った。
「こいつは孫の日向(ひなた)やし。いいんですよー。まずは手ば洗いんさい。その後、昼メシつくっちゃるけん、食べていかんね」
答えに困っていると、孫、日向が娘達の近くによってきた。
「珍しか。お客さんね」
「あ、俺達この村に引っ越してきたんだ」
俺が言うと日向は「ちはー」と挨拶した。いい子じゃないか。
「こ、こ、こここここ……」
日向は娘達を見たら変な感じになった。ここにも鶏か?
「こんにちは、今度引っ越してきたんだ善福智子です」
「智絵里」
二人は俺に隠れて、顔だけ出すみたいにして日向に挨拶した。
「こっ、こここここ!」
真っ赤になってるし、明らかにうちの娘達に好意があるみたいだ。うちの子は二人ともかわいいからな。若いな。いいな。
「いっ、いつまでおるとや?」
ついさっき、娘が引っ越してきたって言ったろ。もう忘れたのか? 鳥なのは頭もだったか。
「今度うちの高校で文化祭があるけん来んや? 俺、ギター弾くっつぇ」
この子はギターを弾くのか。珍しく妹の智絵里の方が興味を持ったみたいだ。文化祭ってのにおじゃましてみるか。
この「孫」っていう日向って子、うちの娘達にぞっこんみたい。娘達はかわいいから理解できるが、父親としては少し複雑だ。
「俺、ギターやってるから週末はよく市内まで行くんよ。今度連れてってやろうか?」
まあ、俺達はその市内から来たんだけどな。色々面白い子だった。
□□□ 村長の妻、久根崎十糸子のつぶやき
ずーーーっといい加減になってた鶏舎の掃除はあの親子も嫌がるだろう! 私が嫁に来たころ挫折しそうになった大変な仕事の一つ。
これをやらされたらけつまくって逃げるに違いない!
○●○
なんだい、この子達は! 孫とそんなに歳も違わないだろ! なんで鶏糞の臭いが大丈夫なんだい!? 汚いだろ!
息子も孫もうちの仕事は手伝いもしない!
それに対して、あの豚の娘達はどうだい! 草刈機使えて、鶏舎掃除して、鶏糞にも臆さない。
かわいらしくて、器量よし。こんな子達はこの村にもいない。それどころか、村には年頃の娘なんていない。
あのピンク頭のおねーちゃんももうすぐこの村から逃げていくやろ。もう何人も逃げていったから分かる。
田舎の厳しさを思い知らせてやろうの思ってたけど、この子達は逃したらダメ!
どうしたら、この子達をこの村に残らせられる!?