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第22話:リフォーム完了

 2階のリフォームは比較的簡単だった。一番の敵はニオイだと思っていた。昔のボヤのときのススのニオイがこびりついていた。


 でも、お姉ちゃんの働きでススのニオイはだいぶ緩和していた。完全かと言われたら分からないけど、俺ではほぼニオイが分からないレベルにはニオイは解消されていたのだ。


 そうなると、やることはほぼ一階と同じ。柱と壁の隙間をコーキングで埋めていき、壁には小さな柱を固定していった。そこに断熱材を貼り付けた。1階はグラスウールを貼ったんだけど、2階は発泡ウレタンにしてみた。理由は「やってみたかった」から。


 グラスウールってのは……、その前に、断熱効果が高いものって何か分かるかな? それは意外にも「空気」なんだ。水とかは熱が伝わりやすい。それに対して空気は温まりにくく、冷めにくい。


 魔法瓶はボトル内に空間が設けられている。つまり、外と中の間に「空気」が入っている。だから、熱い液体を入れたら冷めにくいし、冷たい液体は温まりにくい。


「グラスウール」はガラスの細い糸の集まり、繊維となっている。簡単に言うと「綿」。その中にはたくさん「空気」が入っていて、外気の暑さや寒さを室内に持ち込まない。


「発泡ウレタン」も似ている。簡単に言うと「泡」だ。泡は泡のままで固まる。つまり、吹きかけたときにはスプレーか塗料みたいに吹き付けることができるんだけど、その塗料部分が泡となって膨らんで固まる。そして、発泡スチロールにたいになる。その発泡スチロールには多く空気が含まれているので外気の温度を室内に持ち込まない。


「グラスウール」と「発泡ウレタン」。どっちが断熱効果が高いのか……。それは試してみないと分からない。俺の予想では発泡ウレタンかな。隙間なく埋められるから。


(ピンポーン)


 1週間くらいかけて2階のリフォームが終わった頃、誰かがうちに来た。この村に移り住んで初めてのことだった。


「はーい、どなたですか?」


 俺は玄関に向かった。作業を手伝ってくれていた娘達二人には作業の休憩を言って、お茶を注いでいてほしいと伝えていた。


 カラカラカラと、玄関ドアを開けるとそこには村長さんとその奥さんがいた。


「あ、いらっしゃいませ。……その何か問題でも……?」


 近所の家から騒音があったとか、ゴミが適切じゃなかったとか……? 俺は割と焦っていた。


「いんや、いんや。この家はボヤもあったけん、娘さん達は困っろりゃーせんか気になって見に来たんよー。不便なら、新しい家を手配しようかと……」


 にこやかな村長さんの奥さん。俺に仕事をくれたり、気にかけてくれたり良い人だな。


「ありがとうございます。でも、新しい家は遠慮させていただきます」

「……それはどうしてじゃ?」


 村長さんが心配そうに訊ねた。


「えーっと……」


 俺がなんて言ったら伝わるか考えていたら村長の奥さんが重ねて質問してきた。


「なぜじゃい? あんたもこの村を出ていくんか!?」

「いえ、出ていきませんけど……。え? そういう話ですか!?」


 ダダダダダ。そこに娘が二人玄関に走ってきた。


「ちょっと待ってください!」

「中に入ってこの家を見てください! 見てから言ってください!」


 お姉ちゃんと智恵理が玄関先でいつになく真剣だった。


「そういう話じゃないんじゃ……」

「いいから上がってください!」


 村長さんの奥さんが話を続けようとしたが、お姉ちゃんと智恵理が半ば強引に村長さんとその奥さんの手を引いて家に招き入れた。


「こ、これは……」


 村長さんとその奥さんは我が家の1階を見てしばらく言葉を失っていた。


「……この村にはこんなリフォームをできる業者はおらんと思ったが……。知り合いの業者か?」

「いえ、この家のリフォームはお父さんがしました。私と妹も手伝いなした」


 村長さんの疑問はお姉ちゃんが答えてくれだ。


「専門的なこともあるじゃろう……。例えば、電気とかどうした?」

「お父さんは電気の資格も持ってます。作業自体は私達でもできるので作業は手伝って、確認は有資格者のお父さんに見てもらっています」


 電気工事は、第二種電気工事士以上の資格が必要となる。有資格者がいたら作業の手伝いは許可されている。もちろん、確認は有資格者が行う必要があるし、責任もその有資格者が持つことになるのだが……。


 お姉ちゃんも智恵理もこの方面には明るくて、作業自体は俺よりも上手だ。知識もあるので試験を受ければ合格できると思う。あとはタイミングの問題だった。


「壁を貼るのも……?」

「三人でやりました」


 村長さんの質問にお姉ちゃんが答えた。


「フローリングも……?」

「三人で協力して」


 村長さんの奥さんの質問には智恵理が答えた。


「2階のボヤももう分からない状態です。ニオイはお姉ちゃんが消してくれました。外観はこれから手をつける予定です」


 聞かれてないけど、俺も答えた。


 村長さんも奥さんも断りを言って2階を見てくれた。


「この家は、あんたに……あんた達にやったもんだ。ずっと住んで欲しい。できれば……死ぬまで住んで欲しい」

「「「……え!?」」」


 俺達は肩透かしというか、拍子抜けというか、力が抜けた。


 てっきり何らかのクレームなどがあり、俺達はこの村から排除されると思ってたから。


「来週、孫たちの中学と高校で合同の文化祭がある。そこに孫たちの活躍を見に行ってやっておくれ」

「え……? はい」


 返事の前にお姉ちゃんと智恵理の方をみたら、二人とも無言で頷いていたので俺は肯定の返事を返した。そうか……あの子たちの転校の手続き……できてなかったな。近くには他に学校もない。そこに入れるように手続きするか。


 そう考えたら、娘達だけではなく、俺もその学校の学園祭に行きたいと思ったのだった。



 □□□ 善福清美のぼやき


 意地悪してやるつもりだったのに、あの人にあの子達の親権を渡してしまった。私のわがままじゃあの人を縛れない。だって、私のわがままで飛び出してしまって、こうなってしまったのだから……。あの子達の未来も……私の下では十分に羽ばたけない。


 あの子達の才能を伸ばしてやれるのは、私じゃない。彼でもない。多分、あの人だけ……。中卒ってバカにしてごめんなさい。高卒の私の方がバカだなんて冗談でも笑えない……。


 あの人の声が聞きたい。

 あの人に会いたい。

 あの人と暮らしたい。


 こんな本音が隠れていたなんて自分でも気付かなかった……。分からなかった。


 そういえば、冷蔵庫の上の方は私じゃ手が届かないって言ったら私の背の高さに合わせた踏み台をすぐに作ってくれたっけなぁ。優しかったなぁ。お姉ちゃんの手が器用なのはあの人に似たんだろうなぁ。あの人は娘達に色々言わなかったけど、自分の背中を見せて色々伝えていたのかも。だから娘達はあの人に付いていったのかなぁ。


 今になって気付くなんて。

 こうなってから気付くなんて。

 戻れなくなってから気付くなんて。


 これが本当に私の人生なのか、信じられなかった。映画やドラマの主人公は失敗したとき、時間が戻らないかと後悔する。私はそんな姿を見てバカらしいと思っていた。時間は誰にも戻せないのだから。


 それでも、私は今、時間が戻って欲しいと思っている。そんなこと起こる訳ないのにね。


 何で彼は帰ってこないのかな。私、どうしたらいいんだろう。お金もあるし、時間もあるし、何も不満なんてないはずなのに。



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