村の中は割と盛り上がっているらしい。ピンク髪のYouTuber岡里セシル(推定20歳)通称「せしるん」が村について配信を始めているらしく、村での生活が話題になっているようだった。
世の中的にも村に人を呼び込もうという動きは好意的に受け入れられていて、「せしるん」は売名行為などとひどいことはほとんど言われず、好調にアクセス数と登録者数を伸ばしているようだった。
残念ながら、60代の桑木野夫妻は田舎生活をリタイヤしてしまったらしい。また福岡市内に戻るのだとか。引っ越し前に話を聞いてみたら「村の生活は合わなかった。土いじりはしたかったけれど、こんなにガッツリ農業的に取り組まないといけないと思わなかった。周囲の干渉も多くて気が休まらなかった。思った田舎暮らしとは違った……」と話してくれた。
そして、我が家はというと……。
「お姉ちゃん、畑はどうなった?」
ある日の我が家のリビングでの朝食時の会話。
「うーん、しばらく放置されていたみたいで土が弱ってたみたいだった」
そんな状態だったら、お姉ちゃんなら喜んで肥料を買いに行きたいとか言いそうなのに、どこか不満そうにパンを食べていた。
「何か気になることがある?」
「村長の家の孫三人が来て畑を耕したり、肥料を撒いたりしてくれた」
してもらったのだから、喜んでも良いところ、益々不満そうだ。お姉ちゃんは自分で好きにしていい畑を手に入れたと思って、大喜びしていたのだ。それが、点数稼ぎの男の子三人が耕したり、肥料をやったりしていたので、お姉ちゃんにとっての「美味しいところ」を持っていかれて不満らしいのだ。
村長の家のお孫さん三人は、上から風雅(ふうが)(18)、日向(ひなた)(16)、豪希(ごうき)(13)の三人だと分かったのだけれど、しょっちゅううちに顔を出すようになった。娘はお姉ちゃん16歳、智恵理14歳だから、お姉ちゃんだけが孫三人の真ん中、日向と同学年となる見込み。
転校したら、その学年に知り合いがいた方が心強いのではないかと思ったけど、あまり乗り気には見えなかった。
「村長さんとこのお孫さんはあんまりお好みではない?」
「うーん……好みがどうこうというより、男の子がちょっと苦手……。あの新しいお父さんにもDVされたり、洗濯物を盗まれそうになったりしたのがちょっとトラウマで……」
そうだった。彼女たちは一旦元嫁の家で暮らしていたんだった。
「俺から村長さんにそれとなく言っておこうか?」
「んー……大丈夫。それとなくあしらっとくから。今はまだお父さん以外の男の人はちょっといいや……」
そうかそうか。そう言われると何か嬉しい気がするから不思議だ。この子は人を嬉しくさせる言葉を持っている。それが無意識に出るから村長のところの孫三人は舞い上がってるんだろうなぁ。頼まれてもいない畑仕事を手伝ってくれたり……。この間はじゃがいもの種芋とか、野菜の苗とか分けに来てくれたりしてたし、お姉ちゃんに「植え方教えてやろうか」みたいに言ってたし……。
「智恵理はどうだ?」
「うざい」
ああ……俺、ついに娘にうざいと言われるようになったよ……。ちょっと涙目。
「……お父さんじゃなくて、じゃがいも頭3人のこと」
少しバツが悪そうに智恵理が言葉を足した。俺のことじゃなくて、よかったけど、村長さんのところの孫三人を「じゃがいも」と表現するのは……。まあ、坊主頭だからそう表現したのか。それとも、三人してじゃがいもの種芋を持ってきてくれたからそう呼んでいるのか……。智恵理の方がドライな感じだった。
「それでも、今日の文化祭っての、顔を出すんだろ?」
「んーーー………行く」
今日は予てから招待されていたこの村の中学と高校の共同での文化祭らしい。俺は中学までしか出てないからよく分からないけど、高校とかになるとそんなイベントがあるのが普通なのだろうか。
普段の勉強の成果や調べたことを発表しているのだとか。高校生にもなると難しいことをしているものだと俺は感心していた。
○●○
その文化祭に参加するため学校に行って驚いた。今どき木造の校舎だったのだ。しかも2階建て。建物は細長く、小学校、中学校、高校が併設されているのだとか。そりゃ合同でやるはずだ。
生徒も1学年10人以下で小・中・高、合わせた全校でも100人に満たないのだとか。確かに、村の人口約2000人というのを考えるとそれくらいになるのだと改めて実感させられた。その割に参加者が多いのは村の連帯感だろうか。
2000人とは言わないけれど、主に父兄たちが生徒たちの倍以上は参加していて割と賑わっていた。
校内を一通り見せてもらったのだけど、「ザザ虫の研究」、「かぼちゃの成長記録」、「じゃがいもの種芋の大きさと成長への影響」など割と生活に密着した(?)テーマが多く、感心していた半面、「コスプレ」、「メイド喫茶」、「迷路」などこれは「文化」祭なのかと俺の理解を超えていた。
それよりも俺の後ろを娘達二人が付いてくるのだけど、周囲からめちゃくちゃ注目を浴びているのはなぜだろう。
俺はお出かけ用に珍しく帽子をかぶったくらい。つば広の大きめのやつ。お姉ちゃんと智恵理は初めてそれぞれが転校するかもしれない学校に行くのだから、いつものジャージではなく、キリッキリにかわいい服を着ていた。
お姉ちゃんはふわーっとしたワンピースで「ティアードがかわいいでしょ?」とか言ってたけど、俺には何が「ティアード」なのか分からないので笑顔で頷くにとどまった。
一方、智恵理はゴスロリって言うのか、白と黒が基調のフリルが多い服を着ていた。二人とも細いから恐ろしいほど服が似合っていた。
「お姉ちゃん、智恵理、なんか俺達注目されてないか……?」
「お父さん、怖い。手をつないでて」
「わ、分かった」
俺の後ろからお姉ちゃんが俺の手を取った。
「わ、私も……」
反対側の手を智恵理が取った。彼女も怖いのだろう。
廊下を歩いていたら、人ごみはモーゼのように分かれ、俺的には歩きやすいのだけど、すごく居心地は悪い。もしかして、俺達浮いているのか!? やっぱり、昨日今日村に来たよそ者って分かってるのか!?とにかく、居心地は悪かった。
一通り回って帰ろうと思っていた頃、校内放送で体育館に集まるように案内された。演奏があるらしい。それは割と気になるので、最後に見に行くことにした。木琴とか鉄琴とかちょっと懐かしいし。
後で考えてみれば、ここで帰っておくべきだったと俺は後悔することになる。